実践編
2章 せん妄に対する治療的介入 STEP4−② 薬物療法 ①薬剤を選択する
(中略)
内服が可能な場合
1)興奮が少ない過活動型せん妄
せん妄の薬物療法においては,内服が可能であれば,原則として内服薬を用います.
まず,興奮が少ない過活動型せん妄(ベッド上ゴソゴソ程度)では,トラゾドンが有用です.トラゾドンは,抗うつ薬ですが抗うつ作用や抗コリン作用が弱く,適度な鎮静作用をもつため,興奮の少ないせん妄に対して用いられます.また,半減期が短く,翌朝への持ち越しが少ないのもメリットです.脳器質的障害などによってせん妄をきたしている場合,半減期の長い薬を投与してしまうと,翌日の傾眠が脳内で新たなイベントが起こったためなのか,もしくは薬の効果が遷延しているためなのかがわかりにくくなるため,そのようなケースでもトラゾドンは有用です.さらに,筋弛緩作用が弱いため,転倒のリスクも少ないと考えられます.
なお,もしトラゾドンを使用しても中途覚醒や早朝覚醒がみられるなど,効果の持続時間が短いと考えられる場合では,ミアンセリンを用いるとよいでしょう.ミアンセリンも抗うつ薬ですが,ここではシンプルに,「トラゾドンと似たような薬剤であるが,トラゾドンよりも半減期が少し長く,鎮静作用もやや強いのがミアンセリン」と理解しておきましょう.
このように,興奮が少ない過活動型せん妄では,トラゾドンを中心に不眠時指示を組み立てます.トラゾドンは,用量に幅がある(25〜150 mg/日)ため,追加投与が十分可能です.したがって,単剤で調整しやすく,薬剤の効果や副作用も評価しやすいと考えられます.ただし,トラゾドンの鎮静効果は決して強くはないため,不穏時指示には向いていません.これについては,後で詳しく述べます.
標準指示
【定時薬】
- トラゾドン25 mg 夕食後
【不眠時】
- トラゾドン25 mg 30分以上あけて計3回までOK
【不穏時】
〈内服可能時〉
糖尿病がない場合
- クエチアピン25 mg 30分以上あけて計3回までOK
糖尿病がある場合
- リスペリドン液0.5 mL 30分以上あけて計3回までOK
〈内服不可時〉
- ハロペリドール注(5 mg/A)1 A+生食20 mL 側管からワンショット 30分以上あけて計3回までOK
定時薬:開始用量 25~50 mg,維持用量 25~150 mg/日
頓服薬:1回量 25 mg
トラゾドンを使用しても中途覚醒や早朝覚醒が目立つ場合
【定時薬】
- ミアンセリン20 mg 夕食後
【不眠時】
- ミアンセリン10 mg 30分以上あけて計3回までOK
【不穏時】
〈内服可能時〉
糖尿病がない場合
- クエチアピン25 mg 30分以上あけて計3回までOK
糖尿病がある場合
- リスペリドン液0.5 mL 30分以上あけて計3回までOK
〈内服不可時〉
- ハロペリドール注(5 mg/A)1 A+生食20 mL 側管からワンショット 30分以上あけて計3回までOK
定時薬:開始用量 10~20 mg,維持用量 10~60 mg/日
頓服薬:1回量 10 mg
2)興奮が強い過活動型せん妄
興奮が強い過活動型せん妄は,トラゾドンの鎮静作用ではやや弱いため,抗精神病薬を用いることになります.なかでも,クエチアピンが特に有効です.
クエチアピンは,抗幻覚妄想作用はほとんどありませんが,強力な鎮静作用をもつ薬剤です.また,半減期が短いため,翌朝への持ち越しが少ないというメリットがあります.さらに,抗精神病薬特有の副作用である,振戦や動作緩慢といったパーキンソン症状がきわめて少なく,安全性も高いと考えられます.実際,日本神経学会の「パーキンソン病治療ガイドライン2018」4)において,パーキンソン病に対するクエチアピンの投与は許容されています.
一方,リスペリドンはクエチアピンとは真逆で,抗幻覚妄想作用は強いものの,鎮静作用は比較的軽度です.したがって,興奮が強い過活動型せん妄に対する第一選択薬は,鎮静作用に優れたクエチアピンと考えられます.ただし,クエチアピンは,糖尿病患者に対する投与が禁忌とされているため,興奮が強い過活動型せん妄では,まず糖尿病の有無を確認し,糖尿病がなければクエチアピン,あればリスペリドンという順番で薬剤を選択するのがよいでしょう.
リスペリドンは,錠剤よりも内用液が有用です.リスペリドン液は,口腔内でもその一部が吸収されて効果発現が速いため,頓服として使いやすいというメリットがあります.また,錠剤の内服が難しい患者さんや,場合によっては拒薬傾向の患者さんにも投与が可能です.ただし,水やジュース(コーラ以外),汁物に混ぜるのはOKですが,茶葉抽出飲料(紅茶,ウーロン茶,日本茶など)やコーラなどと混合すると効果が減弱するため,十分注意が必要です.また,リスペリドンの活性代謝産物は腎排泄のため,腎機能が悪い患者さんに投与すると,翌日に効果を持ち越すことがあります.したがって,腎機能障害をみとめる際には,開始用量や増量幅を少なめに設定しましょう(図5).その他,パーキンソン病の患者さんには慎重に投与する必要があります.
なお,リスペリドンの鎮静作用はやや弱いため,鎮静作用を補うために,トラゾドンなどの鎮静系抗うつ薬や,オレキシン受容体拮抗薬,または半減期の短いベンゾジアゼピン受容体作動薬などと併用することがあります.ベンゾジアゼピン受容体作動薬はせん妄を惹起するリスクがあるため,本来は投与を避けるべきですが,抗精神病薬と併用することでせん妄のリスクが抑えられ,むしろ有意な鎮静作用が得られることがあります.ただし,ベンゾジアゼピン受容体作動薬のなかでも,比較的せん妄惹起のリスクが低いとされるエスゾピクロンを選択するのが無難です.
また,糖尿病がある場合はクエチアピンが使えませんし,さらに重度の腎機能障害(透析など)をみとめるケースでは,リスペリドンもなるべく避けるべきです.これらのケースでは,しばしばペロスピロンを用いることがあります.ペロスピロンは,抗幻覚妄想作用は強いものの,それに比べて鎮静作用はやや弱い抗精神病薬です.また,半減期が短く,翌日への持ち越しが少ないことから,過鎮静を避けたい場合に有用と考えられます.
その他,内服薬が使用不可能な場合は,原則として注射薬を用います.ただし,内服薬のなかでも,アセナピン(舌下錠)とオランザピン(口腔内崩壊錠)は,その剤形の利を活かして,内服困難な患者さんに使用することができます.
アセナピンについては,後で詳しく解説します.オランザピンは,強い抗幻覚妄想作用と強い鎮静作用を併せもつ抗精神病薬です.ただし,半減期が長く持ち越しが懸念されることや,糖尿病患者への投与が禁忌となっていること,そして何より抗コリン作用が比較的強いため,せん妄の惹起や悪化を招くリスクがあることなどに注意が必要です.
標準指示
糖尿病がない場合
【定時薬】
- クエチアピン25 mg 夕食後
【不眠時】
- クエチアピン25 mg 30分以上あけて計3回までOK
【不眠時】
〈内服可能時〉
- クエチアピン50 mg 30分以上あけて計3回までOK
〈内服不可時〉
- ハロペリドール注(5 mg/A)1 A+生食20 mL 側管からワンショット 30分以上あけて計3回までOK
定時薬:開始用量 25~50 mg,維持用量 25~150 mg/日
頓服薬:1回量 25 mg
糖尿病がある場合
【定時薬】
- リスペリドン液0.5 mL 夕食後
【不眠時】
- リスペリドン液0.5 mL 30分以上あけて計3回までOK
【不眠時】
〈内服可能時〉
- リスペリドン液1 mL 30分以上あけて計3回までOK
〈内服不可時〉
- ハロペリドール注(5 mg/A)1 A+生食20 mL 側管からワンショット 30分以上あけて計3回までOK
定時薬:開始用量 0.5~1 mL,維持用量 0.5~3 mL/日
頓服薬:1回量 0.5 mL
糖尿病かつ重度腎機能障害(透析など)がある場合
【定時薬】
- ペロスピロン4 mg 夕食後
【不眠時】
- ペロスピロン4 mg 30分以上あけて計3回までOK
【不穏時】
〈内服可能時〉
- ペロスピロン8 mg 30分以上あけて計3回までOK
〈内服不可時〉
- ハロペリドール注(5 mg/A)1 A+生食20 mL 側管からワンショット 30分以上あけて計3回までOK
定時薬:開始用量 4~8 mg,維持用量 4~28 mg
頓服薬:1回量 4 mg
参考文献
- 「パーキンソン病診療ガイドライン2018」(日本神経学会 「パーキンソン病診療 ガイドライン」作成委員会),pp245-249,医学書院,2018