第1章 病棟へダッシュ!
1 SpO2低下に対応しよう①
呼吸不全のキホンのキ!
1はじめに
最初のテーマは皆が苦手なSpO2低下です.緊急性が高いため,落ち着いてマニュアルを確認したり,上級医と相談をしてから動き出すのは難しいと思います.頭も体も働かせながらSpO2に対応するためには,まずは初期対応と呼吸不全の基本を抑えておくことが重要です.さっそくチーフレジデント(CR)と研修をはじめたばかりの研修医1年目の先生(J1)の振り返り風景を見ていきましょう!
当直明けのJ1が内科医局CR席へやってくる
- J1
- :CR先生,お疲れさまです.いやー,昨日も寝られずでした….
- CR
- :お疲れさま.当直内容を確認していたけどハードそうだったね.振り返りをしてすぐに帰宅しよう.何か疑問点などはあるかな?
- J1
- :あります! 病棟からSpO2低下でコールがあったんですけど,自分の対応がよかったのか自信がなくて.じつはSpO2低下を経験するのもはじめてで,とにかく病室に急いだんですが何から対応してよいのかわからず上級医に言われるがまま血液検査とX線写真を撮影して,抗菌薬を投与しました.
- CR
- :SpO2低下,いわゆる「サット低下」はとても緊張するコールだよね.振り返りを通して,貴重な経験を今後に活かしていこう!
85歳女性,Alzheimer型認知症と陳旧性脳梗塞の既往歴があり施設入所中であった.3週間前に複雑性尿路感染症に伴う敗血症性ショックで当院内科へ入院となっていた.すでに敗血症性ショックは離脱し,尿路感染症ならびにEscherichia coli菌血症に対する14日間の抗菌薬治療を終了したばかりであった.もともとは施設では流動食を食べていたが,今回の入院を契機に嚥下能力もさらに低下したため,経鼻胃管を留置して消化態栄養剤を300 mLずつ間欠投与しつつ,言語聴覚士による直接嚥下訓練を行っていた.
昨晩の22時頃,看護師がバイタル測定のため訪室した際に頻呼吸とSpO2低下を認め,当直コールとなった.その際のバイタルサインは以下の通り.
体温 38.8℃,血圧 148/68 mmHg,脈拍数 120回/分,整,呼吸数 28回/分,SpO2 80%(室内気)
2SpO2低下の初期対応
SpO2低下に限らず,バイタルサインの異常は緊急事態ですので,ギアを上げてすみやかに対応しましょう.「後で行きますね」は通用しませんよ.SpO2低下のコールを受けたら図1の順番で初期対応をします.
モニター装着,救急カートの準備,酸素療法の開始
これはコールを受けたときに電話口で行う指示ですね.モニターが付いていない患者であれば必ず装着し,救急カートも準備しておいてもらいましょう.使いたい酸素デバイスや蘇生器具が病室にない場合が多いので,忘れないように準備が必要です.
酸素療法をすみやかに開始することはとても大切です.患者を低酸素の状態から一刻も早く離脱させなければなりません.その重要な根拠として,図2の酸素供給量の式をぜひ覚えておきましょう.
バイタルサイン異常への対応というのは究極的にはこのDO2を上げる作業にほかなりません.この式からは,SaO22がDO2に及ぼす影響がいかに大きいかがわかります.酸素療法をすみやかに開始して,SaO2を上げることは患者の生命予後の改善に直結するのです.通常,パルスオキシメーターで測定したSpO2は70~100%の範囲であればSaO2と2~3%の解離に収まるとされます.SaO2を持続的にモニタリングすることは難しいので,SpO2で代用するのです.
J1からこんな質問が…
- J1
- :CO2が貯留している患者さんではCO2ナルコーシスを起こす可能性があると習いました.それでもすぐに酸素療法を開始してよいのでしょうか?
CO2ナルコーシス
CO2貯留がある場合,低酸素による刺激が呼吸を刺激する唯一の因子となっています.そのため,酸素療法で低酸素が解除されると,換気停止とCO2のさらなる貯留が起こり,この病態をCO2ナルコーシスとよびます.これを恐れて酸素療法を開始しきれない研修医をよく見かけます.確かに国家試験においても頻出のテーマなので,研修医の先生方の認知度も高く,不安があるかもしれません.しかし,低酸素による臓器障害の方がじつはもっと恐ろしいことであると,認識を変えてください.CO2貯留は酸素デバイスの変更によって是正することができる病態であり,かつ可逆的です.低酸素血症による臓器障害は不可逆的ですので,初期対応ではCO2ナルコーシスを恐れずに酸素療法を開始しましょう.
SpO2の目標としては,COPD(chronic obstructive pulmonary disease:慢性閉塞性肺疾患)や結核後遺症,神経筋疾患,薬物中毒などCO2貯留のリスクが高い症例では88~92%を維持しましょう.リスクがない,詳細な病歴が不明な場合は94~98%を維持するのがよいでしょう1).またはSpO2が88%前後で維持できているならば,後の血液ガスの検査結果を待つのもよいです.
AirwayとBreathingの評価
SpO2低下の評価として病室に到着してまず行うべきは,ABCの評価です.なかでもAirwayとBreathingの評価は最初に行います.理由は対応が遅れると即座に致命的となるからです.特にAirwayの異常は秒~分を争う対応が必要です.最も遭遇するAirwayの異常である痰詰まりは一般病棟でも頻繁に生じて,それによる低酸素血症から心肺停止(cardiopulmonary arrest:CPA)に至ることも珍しくはありません.また低酸素血症によるCPAは中枢神経予後も不良ですので,まずAirwayの異常を除外しましょう.
Airwayの評価として気道が開通しているか,が重要です.Airwayの評価は発語があるか,上気道狭窄音(stridor)が聴取されるかなどで行います.Breathingの評価としては適切な呼吸努力をしているかが重要となります.「SpO2低下なのに頻呼吸じゃない」「意識障害があり,除呼吸である」「努力呼吸はしているが,十分ではない」などです.それぞれの対応に関して表1にまとめておきます.アナフィラキシー反応に関しては喘鳴(wheezes)の聴取(Airwayが開通していないとそもそも聴取困難)や蕁麻疹,顔面の腫脹などの傍証を探すことも重要ですが,目立たないこともあるので注意が必要です.直前に使用した薬剤や摂取した食事なども確認しましょう.
内科医局CR席にて
- J1
- :酸素療法はためらう方が危険なんですね.いつも考えてしまって,酸素療法開始まで時間がかかっていた気がします.でもAirwayの評価が大切だってことはちゃんと覚えていました!
- CR
- :それは素晴らしい! どう対応したのかな?
- J1
- :喉元でstridorを聴取したことと,日中から痰の吸引が頻回だったので,痰詰まりの可能性があると判断して吸引を行いました.不慣れだったので看護師さんに手伝ってもらって(汗).多量の痰が引けてきて,最初は鼻カニューラ(2 L/分)で酸素療法を開始してSpO2は86%程度までしか上がりませんでしたが,吸痰後には90%程度まで上昇してきました.
- CR
- :よい対応だね.酸素療法を電話時点で適切に指示できるように次は頑張ろう.その後はどうしたかな?
- J1
- :痰がとれたことはよかったんですが,まだSpO2は低いままで酸素療法を中止できなかったんです.普段は室内気で90%後半はあった患者さんなので.その段階で思考停止しちゃって,次のアクションを悩んでいるうちに上級医が来て,華麗な手さばきで対応されてしまって….
- CR
- :あるあるだね.私もJ1のときはそうだったよ.でも,一つひとつの症例を丁寧に振り返って頭を働かせながら,ルーチンの診察や検査の必要性や意義を解釈していけるように訓練すれば,自信をもって対応できるようになるから安心してね!
引用文献
- O’Driscoll BR, et al:BTS guideline for oxygen use in adults in healthcare and emergency settings. Thorax, 72:ii1-ii90, 2017(PMID:28507176)
↑ 現時点で最新の酸素療法ガイドライン.感覚でやっているSpO2目標値の設定など根拠をもって決められるようになります.