本書は，病理医である金井弥栄氏および内科医である鈴木秀和氏監修，病理医である藏本純子氏著による病理解剖症例の解説を臨床病理検討会（CPC）形式で記した医学書です．

昨今，全国的に病理解剖数は減少傾向にはあるものの病理解剖症例について臨床事項を交えながらCPCによって死因，病変の進行度，治療効果の検証などの詳細な検討を行うことは医学教育はもちろんのこと，臨床医学の発展へも多大な貢献をしてきました．このことは過去から現在まで不変であり，さらに今後も新興感染症などの新たな疾患の出現時にもその果たす役割は極めて大きいものと思われます．

単に病理解剖症例を解説するような書籍は過去にもありましたが，病理医のみによって執筆されていたものが多く，本書は内科医も監修に参画していることが一歩抜きん出た点と思われます．このことにより臨床経過や血液検査などの検査データの解釈とその説明を踏まえたうえで病理解剖による肉眼所見，顕微鏡所見の対比が円滑に行われ，病態をよりよく理解できるような工夫がなされています．

具体的には個々の症例についてCPC形式に沿って臨床経過の説明，主治医からの鑑別疾患および死に至る病態に関する臨床的考察と希望検索事項の提示，病理レジデントと病理指導医の対話による病理所見と病態の解説，最後に総括として各所見のまとめを病理解剖診断報告書形式で実際に提示し，シェーマを用いた病態を含めた解説という流れになっています．症例の末尾には当該症例でのおさえるべきポイントとキーワードが明瞭に提示してあります．

本書は，約200頁，15症例のCPCで構成されており，症例は長い歴史のある慶應義塾大学医学部病理学教室に蓄積された膨大な病理解剖症例のなかから厳選されたもので，炎症，感染症，変性疾患，腫瘍などさまざまな領域の代表的な疾患が取り扱われています．さらには個々の症例タイトルに書いてあるような具体的なテーマが設けられており，その症例を通して学習してもらうべき所見や病態が明確に記載されています．病理学の基本的な考え方からはじまり，各臓器系における疾患の病理学的特徴や分類，さらには病理学的所見から疾患の治療や予後についての考え方に至るまでを詳細に解説しています．肉眼写真や顕微鏡写真についても病理学の初学者でも理解しやすいように注目すべき部位が矢印などで懇切丁寧に示してあります．さらにシェーマを用いてその読みとるべき所見が解説してあり，理解しやすくなるような工夫がなされています．特に顕微鏡写真については過去の医師国家試験に出題されたような重要な病変の組織像が多く，意図的に選択して掲載されています．各症例の最後には死亡にいたるまでの，各臓器の病変の相関関係がシェーマ形式で図示してあり，単なる病変や所見の羅列だけでなく，体系的に病態全体を理解できるような工夫もしてあります．このシェーマ図式は病理専門医試験の病理解剖問題においても受験生が試験問題症例における病態を総合的にどの程度理解しているかを評価するためにその記載が求められます．

これらの特徴や工夫により本書は病理学だけでなく，臨床医学における診断の重要性や，診断における病理学的所見の意義についても詳しく解説されています．特に，病理学的所見を正しく解釈し，臨床診断に反映することが，正確な診断や治療につながることを強調されています．

このように，本書は，病理学の基本的な知識を基にして実際のCPCの形式によって，各臓器系の病態，病理学的所見の正しい読み方とその解釈，臨床診断における病理学的所見の意義まで，病理学を総合的に学ぶためにも重要な書籍となっています．病理解剖は病理学の基本であり，また亡くなられた方の個々の病態を明らかにしてゆくCPCは，ゲノム医療の時代といえども他の検査や解析法に代替されるものではないと思います．従って本書は医学生や臨床医だけでなく，医療従事者全般にとって病理学の知識を理解するための重要な手引きとなることを確信しています．さらには病理専門医をめざす専攻医にとっては必携の書といえると思います．