chapter1 不眠(せん妄ハイリスクの場合)
1自信をもって使える精神科の薬を増やそう!
研修医研修をはじめてから気がついたのですが,内科や外科をローテートしていても,精神科の薬を使う機会はとても多いんですね.
井上そのとおりです.患者さんが「眠れない」「せん妄をきたす」「元気が出なくて食欲もなくなる」など,精神科の薬が必要となる場面はたくさんあります.
研修医でも,いざとなったら,井上先生のような精神科の先生に診てもらえばよいんですよね?
井上もちろんそのとおりなのですが,なかなかそううまくはいきません.一般病院のうち,常勤の精神科医がいる割合って,どのくらいと思いますか?
研修医えっと…6割くらいでしょうか?
井上とんでもない.1割程度です.
研修医えーーーーーーー!!
井上驚くのも無理はありません(苦笑).精神科医の多くは精神科病院で働いていて,私のように一般病院に勤務している先生はきわめて少ないのが現状です.実際のところ,一般病院における精神科医のニーズは,とても高いんですが….
研修医すぐに相談できる精神科の先生が,院内にいるのといないのとでは,とても大きな差がありますよね.もし院内に精神科の先生がいない場合,どうすればよいのでしょうか?
井上そのようなときに備えて,入院患者さんによくみられる精神症状については,自信をもって精神科の薬が使えるようになっておきましょう.この本では,精神科医でなくても最低限知っておきたい精神科の薬について,具体的に解説していきたいと思います.今回は,せん妄ハイリスクの患者さんの不眠に対する薬物治療がテーマです.
研修医よろしくお願いします!
2不眠の患者さんがせん妄を発症してしまった症例
井上「人の振り見てわが振り直せ」ということわざがあるように,自分の過ちには案外気がつかないものです.ここからは,対応を誤ったことで残念な結果を招いてしまった失敗例から,多くのことを学んでいきたいと思います.
研修医「しくじり先生になるな!!」ということですね(笑).
井上そのとおりです(笑).では,症例をみていきましょう.
せん妄から長期入院,そして施設へ…
73歳男性.肺炎で入院.入院当日の夜に不眠を認め,夜勤の看護師が当直医に相談.当直医の指示にて,病棟常備薬からブロチゾラム(レンドルミン®)が投与された.その後,点滴を自己抜去するなどせん妄を認め,徘徊中に転倒して骨折.肺炎の治療に並行して整形外科で手術が行われるなど,長期入院となった.徐々にADLが低下し,もともと自宅で生活できていたにもかかわらず,自宅への退院が困難となり,結果的に施設入所となってしまった.
3どこが “しくじり” だったのか?
研修医経過を読んだだけでも,なんだかとてもつらい気持ちになってしまいました….
井上この患者さんは施設入所となってしまいましたが,元はと言えば,肺炎で入院しただけだったんですよね.残念ながら,これは実際によくおこりうる症例です.このような結末を回避して,骨折することなく肺炎がよくなり,自宅に退院してもらうためには,どこをどうすればよかったのかを考えてみましょう.
研修医ブロチゾラム(レンドルミン®)がよくなかったのでしょうか?
井上まずは,そこですね.ブロチゾラムのようなベンゾジアゼピン受容体作動薬は,せん妄を惹起することが知られています.筋弛緩作用が強いので,転倒のしやすさも問題になりますね.この患者さんは73歳と高齢のため,せん妄の発症リスクが高いと考えられます.したがって,ブロチゾラムの投与を避けることが大切です.
- ベンゾジアゼピン受容体作動薬はせん妄を惹起するため,せん妄の発症リスクが高い患者には原則として使わない!(ただし,アルコール離脱せん妄などを除く)
研修医では,当直の先生が “しくじり先生” だった,ということですね.
井上いえ,それはどうでしょうか.この場合,当直医のことはあまり責められないかもしれません.夜中に起こされて,不眠をみとめる患者さんに対して,病棟常備薬から睡眠薬を選択するのはよくあることです.
研修医確かに….私も看護師さんがわざわざ薬を取りに行かなくてもよいように,病棟常備薬から選択したことがあります.
井上そうなりますよね.実は,この症例でのしくじり先生は,主治医なんです.
研修医えっ? 主治医の先生がですか?? 特に,何もしていないような….
井上それがまずかったのです.主治医は,この患者さんが入院した際,せん妄ハイリスクと評価したうえで,あらかじめそれを考慮した不眠時・不穏時指示を出しておく必要がありました.
研修医なるほど! そうすれば,当直医の先生は起こされずにすんだし,ブロチゾラムの投与も避けることができたわけですね.
井上そうなりますね.もう1つ,病棟常備薬の見直しも必要です.不眠の際に使われる病棟常備薬として,ブロチゾラムやゾルピデム(マイスリー®)など,ベンゾジアゼピン受容体作動薬しか準備されていないことはよくあります.
研修医もしかすると,うちの病棟もそうかもしれません….この後,看護師さんに確認してみます!
-
主治医は次のことを行う.
① 患者が入院した際,せん妄の発症リスクを評価する
② リスクが高い場合,あらかじめ不眠時・不穏時指示を出しておく
③ 不眠時・不穏時指示として,ベンゾジアゼピン受容体作動薬の使用を避ける
4せん妄の発症リスクを考慮した不眠症治療薬とは?
研修医私も “しくじり先生” にならないよう,せん妄の発症リスクが高い患者さんには,あらかじめベンゾジアゼピン受容体作動薬以外の薬で不眠時指示を出すように心がけます.
井上とても大切なことですね.ただし,例えばブロチゾラムが毎回せん妄を引き起こすようであれば,「これはマズイ!」と考えて処方を改めるようになると思うのですが,実際にはそうでもありません.深く考えず,せん妄ハイリスクの患者さんにベンゾジアゼピン受容体作動薬を出してしまったにもかかわらず,結果的にうまくいく症例もそれなりにあるんですよね.
研修医なるほど.でもだからといって,ベンゾジアゼピン受容体作動薬を使ってもよいということにはならないですよね.では,どのような薬を使えばよいのでしょうか?
井上せん妄の発症リスクが高い患者さんには,オレキシン受容体拮抗薬のスボレキサント(ベルソムラ®)やレンボレキサント(デエビゴ®),または鎮静系抗うつ薬のトラゾドン(レスリン®/デジレル®)のいずれかを使うようにしましょう.
研修医それぞれの薬の特徴や使い分けについて,教えてください.
1 スボレキサント(ベルソムラ®)
井上まず,オレキシン受容体拮抗薬のなかで最初に発売されたスボレキサント(ベルソムラ®)ですが,RCT(無作為化比較試験)でせん妄の予防効果が実証されています1).
研修医せん妄ハイリスクの患者さんに対して,自信をもって使えそうですね.
井上そのほかにも筋弛緩作用が少ないので,転倒のリスクを避けることができます.患者さんによっては翌日に過眠を認めることもありますが,裏を返せば,効果の持続が期待できるということです.
研修医なるほど.中途覚醒や早朝覚醒の症例に有用そうですね.
井上注意点は,高齢者への使用の上限が1回15 mg 1日1回となっており,用量幅が狭いことです.また,入院患者さんに比較的よく用いられる抗菌薬のイトラコナゾール(イトリゾール®)やクラリスロマイシン(クラリス®)などとの併用が禁忌になっているので,事前の確認が必要です(chapter 14参照).そのほか,簡易懸濁や粉末化,一包化ができません.
不眠時処方は段階的に3回分を指示しておく
① スボレキサント(ベルソムラ®)1回15 mg
② トラゾドン(レスリン®)1回25 mg
③ トラゾドン 1回25 mg
*①〜③はそれぞれ30分以上間隔をあけること
<好適症例>
・高齢者 → 認知機能低下や転倒が避けられるため
・中途・早朝覚醒の患者 → 効果の持続時間が比較的長いため
・せん妄ハイリスク患者 → せん妄を惹起するリスクが少ないため
イトラコナゾール,クラリスロマイシンなどとの併用(CYP3A)
ベルソムラ®の上限が15 mgなので,2回目以降は別の薬にする
2 レンボレキサント(デエビゴ®)
研修医レンボレキサント(デエビゴ®)についてはどうでしょうか?
井上レンボレキサントも,スボレキサントと同じくオレキシン受容体拮抗薬なので,せん妄を惹起するリスクはきわめて少ないと考えられます.また,筋弛緩作用が少ないので,転倒のリスクを避けることができます.
研修医では,スボレキサントとほぼ同じ,ということでしょうか?
井上決してそういう訳ではありません.スボレキサントと違って,オレキシン受容体への結合や解離がすみやかなため,入眠作用が速く,もち越しが少ないと考えられます.また,用量として2.5 mg,5 mg,7.5 mg,10 mgの4段階があり,調整の幅が広いため,単剤で用量設定がしやすいのも大きなメリットで,個人的には最もオススメです.
研修医頓服でも使いやすそうですね.
井上そのとおりです.そのほか,簡易懸濁や粉末化,一包化も可能です.
研修医なるほど.これらの点から考えると,確かにスボレキサントより使いやすいのかもしれませんね.禁忌薬はありますか?
井上禁忌薬はないのですが,イトラコナゾールやクラリスロマイシン,ベラパミル(ワソラン®)などとの併用では,レンボレキサントの血中濃度が上昇して副作用が強まるおそれがあるため,2.5 mgに設定する必要があります.また,重度肝機能障害には禁忌となっているので,その点には十分注意しておきましょう.
研修医スボレキサントとレンボレキサントは,使い分けがポイントになりそうですね.
不眠時処方は段階的に3回分を指示しておく
① レンボレキサント(デエビゴ®)1回5 mg
② レンボレキサント 1回2.5 mg
③ レンボレキサント 1回2.5 mg
*①〜③はそれぞれ30分以上間隔をあけること
<好適症例>
・高齢者 → 認知機能低下や転倒が避けられるため
・入眠困難・中途覚醒の患者 → 入眠作用が比較的速いため
・せん妄ハイリスク患者 → せん妄を惹起するリスクが少ないため
・経鼻胃管などからの注入となる患者 → 簡易懸濁や粉末化が可能なため
重度肝機能障害
3 トラゾドン(レスリン®/デジレル®)
研修医トラゾドン(レスリン®/デジレル®)についてはどうでしょうか?
井上トラゾドンは抗うつ薬ですが,不思議な薬で抗うつ効果はほとんどなく, “鎮静系抗うつ薬” として不眠に対してよく用いられます.半減期が短いためもち越しが少なく,翌日まで眠気が残ることはほとんどありません.また,筋弛緩作用がほぼないため,転倒のリスクも少ないなど,きわめて有用な薬です.
研修医とても使いやすそうな薬ですね.
井上1回25 mgまたは50 mgを開始用量として,150 mg程度まで増量できるなど,調整の幅が広いため単剤で調整しやすい薬です.そのほか,効果が出るのが速いため頓服で使えるうえ,簡易懸濁や粉末化が可能となっており,入院患者さんにメリットが多いと言えるでしょう.
研修医欠点はどのあたりでしょうか?
井上トラゾドンは副作用が少なく,用量幅も広くて使いやすいので,これといった欠点はありません.あえてデメリットをあげるなら,不眠症への保険適用がないことでしょうか.
研修医保険適用がないのに,不眠症に対して使ってもいいのですか?
井上睡眠薬がベンゾジアゼピン受容体作動薬しかなかった時代は,せん妄の発症リスクを考慮して,保険適用のないトラゾドンを使うこともある意味許容範囲内だったように思います.ただし,近年になって不眠症への保険適用をもち,かつせん妄を惹起するリスクの少ないオレキシン受容体拮抗薬が使えるようになりました.今後,スボレキサントやレンボレキサントが主流になっていくのは間違いないでしょう.
不眠時処方は段階的に3回分を指示しておく
① トラゾドン(レスリン®またはデジレル®)1回25 mg
② トラゾドン 1回25 mg
③ トラゾドン 1回25mg
*①〜③はそれぞれ30分以上間隔をあけること
<好適症例>
・高齢者 → 認知機能低下や転倒が避けられるため
・熟眠困難の患者 → 睡眠深度を増強する作用があるため
・せん妄ハイリスク患者 → せん妄を惹起するリスクが少ないため
研修医せん妄の発症リスクが高い患者さんの場合,スボレキサント・レンボレキサント・トラゾドンの3つの薬のなかから,不眠時指示を出すようにすればよいのですね.
井上そのとおりです.ベテランの先生のなかには,今でもブロチゾラムやゾルピデムなどを“マイ・レシピ”としている方がいるかもしれません.確かにそれらは強い睡眠作用を発揮する薬ですが,せん妄の発症リスクが高い患者さんに使うと,せん妄を引き起こしてしまう可能性があります.ぜひ研修医のうちに,これら3つの薬を頭にたたき込んでおきましょう.今回紹介できなかった薬を含めて表にそれぞれの薬の特徴をまとめたので,ぜひ確認しておいてください.
研修医わかりました! 引き続きよろしくお願いします!
処 方 例 集
68歳男性.肺炎のため入院中に,不眠をみとめた.どのような薬剤を処方するべきか?
A.「せん妄ハイリスク」と評価される場合
B.Aの薬剤が無効だった場合(翌日以降)
C.「せん妄ハイリスク」かつ不安がきわめて強い場合
<薬剤選択のポイント>
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入院患者では,まず入院時にせん妄のリスクを評価する(せん妄ハイリスク患者ケア加算).
□ 70歳以上/□ 脳器質的障害/□ 認知症/□ アルコール多飲/□ せん妄の既往/□ リスクとなる薬剤(特にベンゾジアゼピン受容体作動薬)/□ 全身麻酔を要する手術後またはその予定があること - 上記の7項目のうち1つでも該当すればせん妄ハイリスク患者であり,せん妄を起こしやすいベンゾジアゼピン受容体作動薬の使用を避け,オレキシン受容体拮抗薬(レンボレキサント/スボレキサント)または鎮静系抗うつ薬(トラゾドン)のいずれかを選択する.
- せん妄ハイリスク患者の場合,不眠を放置してしまうと,ほどなくしてせん妄に移行する可能性がある.したがって,不眠が出現してから薬剤を検討するのではなく,入院時にあらかじめ不眠時指示を出しておく.その際,せん妄を発症した場合を想定し,念のため不穏時指示も併せて出しておくのがよい.
- オレキシン受容体拮抗薬や鎮静系抗うつ薬が無効な場合でも,ベンゾジアゼピン受容体作動薬は選択せず,鎮静作用の強い抗精神病薬(クエチアピン)を用いる.
- 不安がきわめて強い場合は,ベンゾジアゼピン受容体作動薬のなかでも比較的せん妄を起こしにくいエスゾピクロンを用いる.
A.「せん妄ハイリスク」と評価される場合
<不眠時>
① レンボレキサント(デエビゴ®) 1回5 mg
② レンボレキサント 1回2.5 mg
③ レンボレキサント 1回2.5 mg
*①〜③はそれぞれ30分以上間隔をあけること
<不穏時>
【糖尿病がない場合】
クエチアピン(セロクエル®) 1回25 mg
*30分以上あけて計3回までOK
【糖尿病がある場合】
リスペリドン(リスパダール®)液 1回0.5 mL
*30分以上あけて計3回までOK
<薬剤の特徴>
○レンボレキサント[オレキシン受容体拮抗薬]
◉ 効果発現が速いため,頓服として有用である.
◉ 初期用量は5 mgであるが,2.5 mgで有効な症例もある.また,年齢にかかわらず10 mgまで増量できるなど用量幅が広いため,単剤で調整しやすい.
◉ 簡易懸濁や粉末化が可能である.
◉ 一包化が可能である.
重度肝機能障害
フルコナゾール(ジフルカン®),エリスロマイシン(エリスロシン®),ベラパミル(ワソラン®),イトラコナゾール(イトリゾール®),クラリスロマイシン(クラリス®/クラリシッド®)などと併用する際には2.5 mgにする必要がある.
○クエチアピン[抗精神病薬]
◉ 抗幻覚・妄想作用はほとんどなく,鎮静作用が強い.
◉ 初期用量を12.5~25 mgとして,150 mgまで増量できるなど用量幅が広いため,単剤で調整しやすい.
◉ 半減期が短いため,翌日へのもち越しは少ない.
◉ パーキンソン症状がきわめて少ないため,パーキンソン病やレビー小体型認知症の患者にも有用である.
糖尿病
抗精神病薬であり,本来は不眠症やせん妄に保険適用がない(レセプトでは,「統合失調症」や「幻覚妄想状態」などの病名が必要となる).
○リスペリドン[抗精神病薬]
◉ 抗幻覚・妄想作用が強い.
◉ 初期用量を0.5 mgとして,3 mgまで増量できるなど用量幅が広いため,単剤で調整しやすい.
◉ 内用液は効果発現が速いため,頓服として有用である.
鎮静作用は軽度から中等度のため,場合によっては副作用に注意しながら増量する必要がある.
拒薬の場合には水に混ぜることもできるが,お茶に混ぜると効果が減弱する.
腎機能障害をみとめる場合,排泄が遅れて翌日へ効果をもち越すことがあるため,少量から開始する.
クエチアピンに比べると,アカシジアやパーキンソン症状などがみられやすい.
抗精神病薬であり,本来は不眠症やせん妄に保険適用がない(レセプトでは,「統合失調症」や「幻覚妄想状態」などの病名が必要となる).
<不眠時>
トラゾドン(レスリン®またはデジレル®) 1回25 mg
*30分以上あけて計3回までOK
<不穏時>
【糖尿病がない場合】
クエチアピン(セロクエル®) 1回25 mg
*30分以上あけて計3回までOK
【糖尿病がある場合】
リスペリドン(リスパダール®)液 1回0.5 mL
*30分以上あけて計3回までOK
<薬剤の特徴>
○トラゾドン[鎮静系抗うつ薬]
◉ 抗うつ作用はほとんどない.
◉ 初期用量を25 mgとして,150 mgまで増量できるなど用量幅が広いため,単剤で調整しやすい.
◉ 半減期が短いため,翌日へのもち越しは少ない.
◉ 筋弛緩作用が弱いため,転倒のリスクは少ない.
鎮静作用は軽度から中等度のため,場合によっては副作用に注意しながら増量する必要がある.
抗うつ薬であり,本来は不眠症やせん妄に保険適用がない(レセプトでは,「うつ病」や「うつ状態」などの病名が必要となる).
<不眠時>
① スボレキサント(ベルソムラ®) 1回15 mgまたは20 mg
② トラゾドン(レスリン®またはデジレル®) 1回25 mg
③ トラゾドン 1回25 mg
*①〜③はそれぞれ30分以上間隔をあけること
<不穏時>
【糖尿病がない場合】
クエチアピン(セロクエル®) 1回25 mg
*30分以上あけて計3回までOK
【糖尿病がある場合】
リスペリドン(リスパダール®)液 1回0.5 mL
*30分以上あけて計3回までOK
<薬剤の特徴>
○スボレキサント[オレキシン受容体拮抗薬]
◉ レンボレキサントに比べると,効果発現はやや遅いが,効果の持続が期待できる.
◉ 初期用量は15 mgであり,20 mgまで増量できるが,高齢者の上限が15 mgとなっているため用量幅は狭い.
イトラコナゾール,ポサコナゾール(ノクサフィル®),ボリコナゾール(ブイフェンド®),クラリスロマイシン,リトナビル(ノービア®),ネルフィナビル(ビラセプト®)などとの併用
簡易懸濁や粉末化は不可である.
一包化は不可である.
スボレキサントを不眠時①とした場合,同系統の薬剤であるレンボレキサントを②③とするのではなく,薬理作用の異なるトラゾドンを選択するのがよい.
B.Aの薬剤が無効だった場合(翌日以降)
<不眠・不穏時>
クエチアピン(セロクエル®) 1回25 mg
*30分以上あけて計3回までOK
<不眠・不穏時>
リスペリドン(リスパダール®)液 1回0.5 mL
*30分以上あけて計3回までOK
C.「せん妄ハイリスク」かつ不安がきわめて強い場合
<不眠時>
① エスゾピクロン(ルネスタ®) 1回2 mg
② トラゾドン(レスリン®またはデジレル®) 1回25 mg
③ トラゾドン 1回25 mg
*①〜③はそれぞれ30分以上間隔をあけること
<不穏時>
【糖尿病がない場合】
クエチアピン(セロクエル®) 1回25 mg
*30分以上あけて計3回までOK
【糖尿病がある場合】
リスペリドン(リスパダール®)液 1回0.5 mL
*30分以上あけて計3回までOK
<薬剤の特徴>
○エスゾピクロン[ベンゾジアゼピン受容体作動薬]
◉ 効果発現が速いため,頓服として有用である.
◉ 抗不安作用がある.
◉ ベンゾジアゼピン受容体のなかでは,せん妄を惹起するリスクは比較的少ない.
◉ 初期用量は1~2 mgであり,3 mgまで増量できるが,高齢者の上限が2 mgとなっているため用量幅は狭い.
起床時に苦みを感じることがある(患者さんに要確認).
参考文献
- Hatta K, et al:Preventive Effects of Suvorexant on Delirium: A Randomized Placebo-Controlled Trial. J Clin Psychiatry, 78:e970-e979, 2017(PMID:28767209)
- 「せん妄診療実践マニュアル 改訂新版」(井上真一郎/著),羊土社,2022
私がふだんの臨床で大切にしていること①〜「そうなんです」を引き出す
リエゾン精神科医である私が,患者さんとのコミュニケーションで重視していることの1つに,『患者さんから多くの「そうなんです」を引き出す』というものがあります.医療コミュニケーションでは特に「共感」が重要とされていますが,共感とはまさに「そうなんです」という患者さんからの言葉であると考えています.
診察は,まず患者さんの訴えを十分聴くことからはじまります.“聴く”と“聞く”とでは,字面だけでなく,そのニュアンスが大きく異なります.“聞く”という漢字には“耳”しか入っていませんが,“聴く”には“耳”だけでなく“目”と“心”が含まれています.すなわち,患者さんの訴えを“聴く”とは,耳を傾けるだけでなく,目で患者さんの表情や仕草を見ながら,心でその気持ちを想像することです.このように,全身を総動員して訴えを聴くことで,患者さんの気持ちを懸命に理解しようとする姿勢が相手に伝わります.こうして,患者さんと医療者の気持ちがつながったとき,患者さんは「そうなんです」という言葉を発するのではないでしょうか.
ここで,適切な医療コミュニケーションの一例をお示ししましょう.卵巣がんの治療を受けていた42歳の女性が,主治医から「抗がん剤が効いていない」との説明を受けました.その後から思い悩んでいる様子があり,ある日こうつぶやきました.「先生から,抗がん剤が効いていないと言われました.あんなに頑張ったのに….私,もう治らないのでしょうか…?」このような場合,どう対応すればよいでしょうか?
ともすれば,つい「私,もう治らないのでしょうか?」に対する回答が必要と感じてしまいます.ただし,患者さんからのこの問いかけは,クローズド・クエスチョンの形式ではあるものの,決してすぐにYes/Noで答えるべきではありません.患者さんは,治るか治らないのかを尋ねているのではなく(もちろんその場合もありますが),その問いかけによって自分の感情を吐露している可能性があります.
では,それはどのような感情でしょうか.すでに述べたように,耳だけでなく,目や心をつかって“聴く”ことで,その感情をキャッチすることができます.患者さんが発した言葉だけでなく,口調,表情,仕草,これまでの経過,今置かれている状況,性格,価値観などの非言語的メッセージも含めて,あらゆる角度からとらえてみましょう.例えば“不安”という感情を吐露していると考えた場合,その“不安”にチャンネルを合わせて,『ここまで,よく頑張ってこられましたね.でも,今は「もう治らないのではないか?」と,不安に感じておられるのですね?』といった声かけを行います.そして,その後も患者さんの感情を探りながら,真摯に対話を続けるのです.結果的に,適切な医療コミュニケーションが行われた場合,振り返ると患者さんから「そうなんです」という言葉が多く聞かれていたことに気づくでしょう.以上,参考にしていただければ幸いです.(井上真一郎)