書 評
松田能宣
(国立病院機構近畿中央呼吸器センター 心療内科)
本書を執筆された井上真一郎先生は私が尊敬する精神科医の一人である.尊敬している点をあげればきりがないが,精神疾患・精神症状という非専門家からすればつかみどころのないものを,とてもわかりやすく伝えるのがとんでもなくうまい!学会でご一緒することも多いが,井上先生が発表されるときには会場はいつも多職種の医療者で満員である.
そんな井上先生が執筆された「しくじり症例から学ぶ精神科の薬」がおもしろくないわけがない.本書の読みどころをいくつか紹介したい.
1つ目はあるある「しくじり症例」である.どの症例も日常臨床でよく経験する身近な症例が提示されている.当たり前だと思っていた対応のなかに,実は小さなしくじりが隠れていることを教えてくれる絶妙な症例ばかりである.
2つ目は代表的な精神疾患・精神症状についての解説である.不眠症と不眠の違い,低活動型せん妄とうつ病の鑑別のしかたなど,非専門家の皆さんにぜひとも知っておいてもらいたいポイントが症例にひもづけて紹介されている.
3つ目は薬の具体的な使い方がしっかりと記載されている点である.どんなときに,どんな量で,どんな方法で,定期は,頓用は,と実際に自分が処方し,診療録に記載するのに必要な情報が網羅されている.本書を読めばその日から精神疾患・精神症状への処方および指示はばっちりだろう.
4つ目はその薬を選択する理由がしっかり記載されている点である.精神科の薬といってもさまざまな種類があり,どう使い分けてよいかわからないことが多いのではないだろうか.本書では臨床研究で得られた知見や,井上先生の豊富な臨床経験に基づいた思考過程があますことなく紹介されている.
最後に,研修医と井上先生の会話のやりとりにも注目していただきたい.研修医の先生の発言に対して井上先生は毎回共感的に回答し,研修医の先生の自己効力感が高まるようなかかわり方をしている.精神科の薬を学ぶだけではなく,コミュニケーションを学ぶうえでもとても有用な一冊である.