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Level★☆☆ これだけは押さえておきたい! 遭遇頻度の高い疾患
Chapter 7 強度近視眼に認められる網膜下高反射病巣
56歳女性.2週間前より右眼の中心視野がかすむ.10年前にレーシック手術を受けて最近まで特に問題は感じていなかった.RV=0.6×−1.50 D.
1スナップ診断
- 変性近視に伴う出血,滲出性変化である.このため近視性新生血管黄斑症に伴う黄斑部新生血管(macular neovascularization:MNV)を第一に考える.
- 新生血管を伴わない単純型出血,特発性MNV,点状脈絡膜内層症(punctate inner choroidopathy(PIC)が鑑別にあがる.
2スナップ診断からの 確定診断の進め方
- 眼底所見:出血や滲出性変化の有無の判定
- OCT:MNVの有無の判定
眼底所見のポイント
- 眼底所見では出血に加えて斑状萎縮〔網膜色素上皮(retinal pigment epithelium:RPE)の萎縮のため,その奥の白い強膜が透見される所見〕を認める場合や,ラッカークラック(lacquer crack:眼底に通常白色の線状の萎縮として見られる)を認める場合にはMNVの存在を強く疑って検査を行う.OCTで見る上で重要な滲出性変化であるが,Bスキャンで液体貯留として低反射として見られることもあれば,網膜下の中輝度病巣として見られることもある.網膜下の中輝度病巣は網膜外層のen face画像でやや高反射病巣として捉えることもできる.近視の度合いを推察する最も重要な所見は眼球後部の湾曲の程度と脈絡膜の菲薄化の程度である.このような所見をもとに強度近視に出血や滲出性の変化を認めた場合にはMNVを伴うものであるかどうかを判定することが大切である.
- また,特発性新生血管も鑑別疾患としてあげられる.特発性新生血管の自然経過は近視性新生血管よりも良好であり,急性の視力低下も少ない.
- そのほか点状脈絡膜内層症(PIC)に続発したMNVも鑑別としてあげられる.PICではMNVが生じる症例がおおよそ1/3と比較的多い.
- 本症例では眼底には明らかな出血は認めないように思われた.
OCTのポイント:MNVの有無の判定
-
OCTで網膜下液,網膜下の高反射病巣を認め,滲出性の変化が明らかである.OCTのen
face画像では滲出性変化や出血を捉えるには不十分であるものの,以下の情報は得られる(図1a).
- まず,中心窩の近傍にやや周囲より明るいところが見られるが,この部位は網膜下に存在する中〜高反射病巣(滲出性変化)の存在する部位に一致する.また,中心窩のやや低輝度病巣は網膜下液の存在する部位である.
- OCTAでは網膜外層の本来血管構造が見られないスラブに網目状の血管を認め,MNVの存在が疑われた(図1c).
- OCTのBスキャンでは網膜下(網膜色素上皮の上)に高輝度の病巣を認める(図1b).OCTでは,RPEのラインの不正も認めるように見えるが,MNVなのか滲出性変化か出血なのかわかりづらい.しかしながら,網膜下反射はやや出血にしては輝度が低く,境界が不鮮明であることからフィブリンと考えられる.OCTAのBスキャンを見ると同部位に血流のシグナルを認める(図1d).また,眼球の湾曲,脈絡膜の菲薄化から病的近視と判断した.
1〜3より強度近視眼にMNVが伴っている状況であり,近視性新生血管黄斑症を第一に考えた.
その他の検査結果
- MNVの全体を同定するため,セグメンテーションのラインを上下に移動させて最適の位置を検討する(図2).本症例ではsub RPEのラインのスラブをやや上方に移動することでMNVの全体像を把握することができた.
3治療経過とその後の経過
1治療
-
本症例では近視性MNVと診断し抗VEGF薬の硝子体注射を行った.1回目の注射の1週間後にはMNVの活動性は低下し滲出性の変化は改善した(図3).
- 治療前と比較して病変周囲の低輝度の縦に長いリングでの取り囲みが明らかとなっている.リング状の低輝度領域はMNVを網膜色素上皮(RPE)が取り囲んでいると考えられる像であり,MNVの活動性が抑制されていることを示唆する(図3a).
- OCTAでは,MNVの血流シグナルを示す領域は治療前と比較すると縮小している.これは,MNV自体が縮小したのに加え,抗VEGF療法直後の強いVEGF抑制のため一過性に見られるMNVへの血流低下の影響もありうる.網膜下の高反射病巣の一部分に血流シグナルを認め,線維血管性組織となっていることがわかる(図3b).
- OCT Bスキャンでは活動期に見られた滲出性の変化(網膜下液)や,網膜下の境界不明な高反射病巣は消失しており,滲出性の変化は認めないと判断する.また,網膜下の高反射病巣を認めるが,境界がすべてのスキャンにおいて境界が鮮明であることが確認された.MNVが小さな線維性瘢痕となっており,RPEによって取り囲まれていることがわかった(図3c).
- 治療1カ月後ではMNVは活動性はない.
2その後の経過
- 毎月の経過観察をOCTで行っている.再燃所見を認めずに追加治療なしでの経過観察となっている.
4本症例を振り返って
- 典型的な近視性新生血管黄斑症である.
- 短期的には本症例のように抗VEGF薬に良好に反応する例が多いが,MNVの瘢痕病巣が拡大し,数年で萎縮のため視力低下をきたす例もある.
- 診断から治療までの間隔を最小限にすることで長期的な萎縮も抑制できると考えて,早めの抗VEGF薬の投与を心がけている.
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1近視性MNVの疾患概要
- 近視性MNVは,病的近視に生じるMNVと定義される.中心窩のみならず,傍視神経乳頭萎縮(peripapillary atrophy:PPA)にもMNVは生じうる.
- 単純に近視が強い “強度近視” と近視による変性を認める “変性近視” とは分けて考える.−8(もしくは−6)ジオプター(D)より近視が強く,眼軸が26.5 mm(もしくは26 mm)以上と長い場合には強度近視であるが,これに眼軸の延長を伴った後部ぶどう腫(posterior staphyloma)が存在すると変性近視と考える.近視性新生血管黄斑症などの黄斑部病変は変性近視に生じやすい.
- 病的近視は主に後部ぶどう腫形成に伴う眼球形態異常であり,①豹紋状眼底(tesselated fundus),②びまん性網脈絡膜萎縮(diffuse chorioretinal atrophy),③斑状網脈絡膜萎縮(patchy chorioretinal atrophy),④黄斑萎縮(macular atrophy)に分類され,プラスサインはラッカークラック,黄斑部新生血管(MNV),フックス斑に分類される.プラスサインはいずれのカテゴリーでも生じうる.病的近視は,びまん性萎縮(カテゴリー2)と同等以上の重症の網脈絡膜萎縮の存在として定義されている.
- 近視性新生血管は急性発症し,急激に進行する中心暗点や歪視を主訴に来院することが多い.MNVが存在する場合には早急に治療を行った場合に長期の悪化を抑えることもできる可能性が高いため,可及的速やかに治療を開始することが望まれる.治療の有無にかかわらず,線維性瘢痕を形成することが多いが,眼底検査では色素沈着を伴いフックス斑ともよばれることがある.長期的にはMNVの活動性増加,変性近視所見の進行に注意が必要である.
2ポイントとなる臨床所見
眼底所見
- 眼底出血に加えて,灰白色のMNVを疑わせる所見を認めることもある.
FA
- MNV同定,活動性の評価が必要である場合には行うことが望ましい.
- OCTAでMNVが見られた場合にはFAを行わなくても診断することが可能であるが,そうでない場合にはFAを行う.また,単純型出血か近視性のMNVか判別困難な場合にはFAを躊躇せず行う.MNVの活動を見るにはFAが最も有効であるとされている.FAでの蛍光漏出が強い症例では線維性瘢痕を残しやすい.最も鋭敏にMNVを同定し,蛍光漏出により活動性判断が可能である.
ICGA
- 必ずしも必須の検査ではない.
- ICGAではラッカークラックなどの病的近視に伴う病変が見やすい.加齢黄斑変性と鑑別が困難であるときにはICGAを行う.しかし,ICGAでは,ほとんどのMNVは高輝度を示さないため,近視性MNVの検出またはその活動性の決定には役に立たない.
OCTのポイント
【OCT】
- 眼球の湾曲と脈絡膜の菲薄化から変性近視であることを確認する.
- MNVの活動性を見ることは可能である(図5)が,MNV同定の感度は低い.
- 網膜下の中等度反射病巣を認め,内部反射が不均一で,境界も不明である場合にMNVを疑う.活動性を有する場合には境界は不明瞭である.浅い網膜下液を認めることがあるが網膜下高反射物質のみを認める場合もある.
【OCTA】
- MNVの同定,形態などの詳細を見るのに有用である.en face画像で観察した場合には通常は網膜外層の層に認められるが,強度近視で眼球の湾曲が急峻である場合には,網膜組織の境界が正確に同定されないこともあり,MNVの全体がen face画像では明瞭に見られない場合もある.そのような際には,マニュアルでセグメンテーションのラインを上下に移動させたり,Bスキャンで網膜色素上皮の上にある組織に血流があるかを確認したりする必要がある.
- OCT Bスキャンにアンギオグラフィーのシグナル画像を重ね合わせ表示することで,近視性MNVによる構造異常と網膜傷害の関係を正確に把握することができる.血流シグナルは活動性のないMNVでも認められるので,治療後の近視性MNVの活動性の決定にはOCTAは役に立たない(図6).
【MNVの活動性評価】
- 中心窩のスキャンのみならず周囲のスキャンもくまなく観察する.MNVは傍中心窩から出現することも多く,再燃を早期に同定するためにも側中心窩や外中心窩のスキャンを必ず観察するように心がける(図7).OCTでの活動性判定にはMNVのRPEによる取り囲みが崩れているかどうかが重要である.
3鑑別すべき疾患
単純型出血
- 病的近視において近視性MNVと区別する必要がある最も重要な病変である.MNVが存在しなくても,ラッカークラックは単純型出血とよばれる網膜下出血または黄斑出血を引き起こすことがある.単純型出血は,一般的にはMNVより良好な予後を有する.ほとんどの患者で,出血は自然に吸収され,視力は改善する.しかし,特に網膜下出血が濃厚な眼では,出血が完全に解消しても視覚障害が残ることには注意が必要である.
- 診断はFAによりなされることが多い.単純型出血は蛍光ブロックとして現れ,近視性MNVがブロックされた蛍光の領域内で過蛍光を示すのと対照的である.しかしながら,近視性MNVでも活動性が非常に低い場合には,典型的な過蛍光がFA上では明らかではないこともあるので注意が必要である.ICGAの後期像は,単純型出血の周囲に存在するラッカークラックを検出するのに有用である.
- OCTによるMNVと単純型出血の鑑別は容易ではない.OCTAでは単純型出血においては,血流シグナルを伴う血管網は明らかではないが,通常近視性MNVは小型であるので,OCTAで判定困難な場合も多い.そのような場合にはFAが依然としてMNVを同定するのに最も有用である.このため,確定診断にはFAが必要になることが多い.
- なお,OCTAでもMNVがはっきりとわからない場合,OCTのBスキャン画像での単純型出血との鑑別ポイントは,①RPEラインの不正,②滲出性の変化の有無,③網膜下の病巣の反射の程度,④網膜下病巣の内部反射の均一性,である.単純型出血の場合には出血のみでRPEの不正や滲出性の変化を伴わないことが多く,網膜下病巣は高輝度で内部の輝度が均一である出血性病変のみであることが多い(図8,図9).一方で,MNVは線維性血管組織と,出血よりも輝度のやや低い滲出性の変化からなる(図8,図9).全般的に見ると網膜下病巣の内部の輝度は不均一でやや出血と比較すると輝度が低い.
- 出血は自然に吸収され視力の改善する症例が多いが,出血の吸収過程においてOCTで網膜外層の縦方向の分離部位に高輝度の病巣を認めることがあり,同部位の網膜傷害により暗点が残存することもある(図9c).
点状脈絡膜内層症(PIC)
- MNVを伴うことがあるが,その他の部位に網膜外層の萎縮が認められる.OCTでは網膜外層の引き込み像が特徴的である(Chapter 20参照).
特発性黄斑部新生血管(特発性MNV)
- 特発性のMNVを生じる状態である.MNVは脈絡毛細管板から生じ,ブルッフ(Bruch)膜を穿破し網膜色素上皮下もしくは網膜下に進行する.
- 一般的にはMNVの原因は加齢,強度近視,炎症性のもの,中心性漿液性脈絡膜網膜症,網膜色素線条,黄斑ジストロフィ,PICなどがあげられるが,このような原因が特定されないものを特発性MNVと診断する除外診断である.
- ほとんどの場合は片眼性であり,網膜色素上皮の上にMNVが生じる2型のMNVである.若年(50歳以下)の女性に多いとされ,臨床上明らかな炎症所見は欠くものの,網脈絡膜に炎症を疑わせる所見を認めることがある(図10).OCTでは滲出性変化を認め,OCTAではMNVが明らかである場合も多い.
- 自然経過でも比較的良好とされる(海外からの既報では5%の患者のみが視力低下をきたすとされている)が,ときに出血および滲出性変化による急速な視力低下をきたし,さらに放置するとMNVの拡大により視力低下が進行することがある.特にCNVが1乳頭面積以上の大型の症例では中心窩に瘢痕を残し強い視力低下をきたすので,MNVの活動性を認めた場合には治療を行う.
- 近視性脈絡膜萎縮が観察されない場合, 鑑別が必要である.一般に,特発性MNVを有する眼では病的近視の特徴的な眼底所見は観察されない.
4治療と次の一手
-
近視性MNVの自然経過は,以下の3つの段階に分類される.いずれの時期にも視力低下をきたしうる.
- 活動期:出血および/または網膜下液を特徴とする
- 瘢痕期:線維性瘢痕の発症を伴う(場合によっては色素沈着し「フックス斑」として知られている病巣を伴う)
- 萎縮期:退行したMNVの周りの黄斑の網脈絡膜萎縮(近視性MNV関連黄斑萎縮症)の発症を伴う.この黄斑萎縮は,既存の近視性網脈絡膜萎縮の進行ではなく,むしろ近視性MNVの発症後に特異的に起こる.
- 治療は活動期の抗VEGF薬の硝子体注射が中心となる.初回の投与は診断がつき次第,遅くとも1週間以内には投与を行うことが推奨される.基本は初回1回投与した後に再発時投与である.光線力学療法が行われることもあるが,治療成績は抗VEGF薬の硝子体注射に劣るため第一選択として使用することはない.
- 長期的な視力予後が悪い症例は,年齢が高い,近視の程度が強い,大きなMNVが中心窩に存在し治療前の視力が悪い,などの因子をもつ.また,網脈絡膜萎縮が生じた症例は視力が悪いことがわかっているので,網脈絡膜萎縮が生じる前になるべく早めに治療を開始することが望ましい.
- 再治療は画像検査と自覚症状をもとに行う.自覚症状の悪化,新たな症状の出現,OCTでの滲出液の増加,もしくは,MNVのRPEによる取り囲みが崩れた所見などをもとに行う.典型的な症例では治療回数は年に2〜3回と滲出型加齢黄斑変性などと比較して少ない.このため,まずは毎月観察の上,必要に応じての追加治療(pro re nata:PRN治療)を行う.なお,稀ではあるが,活動性の高いMNVで頻回投与が必要である場合にはtreat and extend療法に変更が好ましい場合もある.
5コンサルテーション
- 鑑別診断が行えない場合や,抗VEGF療法を行えない場合は速やかに造影検査を含めて評価のできる網膜専門の眼科医に紹介するのが望ましい.
6患者説明のポイント
- なるべく早期の治療が好ましいこと,治療を行っても通常は中心暗点や歪視は残存し完治することが難しいことを説明する.
- また,視力を維持するためには長期の経過観察と治療が必要なことを説明する.
- 長期的には診療間隔が3カ月に1回程度まで延長できることを適宜説明する.
説明の例
「強度の近視のために,眼球の形が前後に伸びています.このため光を感じる薄い網膜の後ろの壁も引き伸ばされて,薄くなっています.この薄くなったところに正常の方には見られない非常に脆い血管が生えてきています.この血管は急激に伸びてきたために血管の細胞が十分に成熟することができず未熟なため,出血しやすく血液の中身の成分も染み出しやすいです」
「この病気ではVEGFとよばれる血管を増殖させる因子が病状を悪化させていることがわかっており,その作用を中和するような薬剤を眼の中に注射する治療が行われています.注射により新生血管の活動性を抑制して,なるべく見え方をよくすることを目標にします.注射をしても完全にもとの通りに見えるようにはならないのですが,若干改善する可能性が高いです.放置してしまうと真ん中の見えづらい症状は徐々に悪化して,視力も下がったまま固定してしまいますのでなるべく早めに治療なさることをお勧めします」
「長期的にも再発することがあり,その都度注射の治療が必要となります.安定するまでは毎月の診察が必要です」