第2章 病態・疾患ごとの輸液の処方・調整・終了
14. 慢性腎臓病および末期腎不全患者への輸液
工藤祐樹,座間味 亮
(琉球大学病院 第三内科)
Point
- 輸液を行う前に体液量,電解質異常の有無を評価する
- 至適な輸液の種類と投与量を考える
- 輸液を開始する場合は中止するタイミングを考慮して開始し,体液量・電解質を定期的にモニタリングすることで過剰な輸液を避ける
はじめに
慢性腎臓病(chronic kidney disease:CKD)および末期腎不全患者では,糸球体濾過量低下や尿細管機能障害のため,不適切な輸液により容易にうっ血性心不全をきたすうえに電解質異常も起こりやすく,細心の注意が必要である.本稿では輸液の基本的な考え方および,腎機能障害を伴う場合どのように調節していくかを概説する.
慢性腎臓病および末期腎不全患者の輸液の考え方
英国国立医療技術評価機構(NICE)の成人入院患者に対する輸液療法のガイドライン1)では,輸液療法はあくまで経口または経腸投与ができない患者に提供され,可能な限り早期に中止することを推奨している.そのため,まず本当に輸液が必要かどうか考え,どのタイミングで終了するかを想定したうえで開始することが重要である.
5つのR
上記ガイドラインでは,輸液を開始する際に意識することとして “5つのR” があげられている.次頁に,NICEガイドラインに示されている輸液療法のアルゴリズムを簡略化した図を記載する.
まず呼吸状態や循環動態,意識レベルおよび体液量などの評価を行い,fluid Resuscitation(蘇生輸液)が必要かを評価し,バイタルの安定化をめざして細胞外液の補充を行う.蘇生輸液が不要な場合,まずは経口・経腸投与による補充の可否を検討し,十分な水分量や電解質が補充できない場合にはじめてRoutine maintenance(維持輸液)を開始する.維持輸液量は,腎臓からの溶質除去に必要な最低500 mL/日の尿量に加え,排便に含まれる100〜200 mL/日,呼吸器・皮膚から喪失する不感蒸散量12〜15 mL/kgから計算する1),また,現在のNa濃度やK濃度などの電解質バランスを考慮して,適切な輸液製剤を選択する.さらに,下痢や嘔吐など,補正が必要な現在進行中の体液喪失や電解質喪失がある場合,維持輸液に加えて病態に応じたReplacement and Redistribution(体液量・電解質の補充と分布異常の補正)が必要となる.そして,最も重要なRはReassessment(再評価)である.患者は年齢,心機能,腎機能,背景にある病態の違いなどから輸液に対する反応が異なるため,常に再評価し続け,その都度調整を行う必要があることを忘れてはならない.そして可能な限り輸液を早期に終了することを検討し,漫然と輸液を継続しないことが重要である.
NICEガイドラインでは,維持輸液は25〜30 mL/kg/日の水分とそれぞれ1 mmol/kg/日のNa,K,Cl,50〜100 g/日のグルコースの補充を推奨している1).しかし,先述した通りCKD患者では尿量低下や尿濃縮/希釈障害を伴い,その程度には個人差があるため,維持輸液の量や電解質の内容に関して明確な基準を示すことは困難である.そのため,尿量,血圧,体重の推移,電解質の推移をモニタリングし,輸液開始後は細かく微調整することが非常に重要となる.
症例1.CKD 患者における輸液
1輸液方針の決定
症例1
76歳男性.腹痛を主訴に救急外来を受診した.60歳から腎硬化症によるCKDのため当院かかりつけの患者で,最近ではCKD G4まで腎機能悪化を認めていた.以前から結腸全域に多発憩室を指摘されており,受診時の腹部単純CTで上行結腸の憩室周囲の脂肪織混濁が認められたため,憩室炎の診断で抗菌薬投与および絶食・輸液投与の方針で入院となった.
入院時のバイタルサインに異常はなく,体重は60 kgで普段と変わりなかった.胸部X線にて心胸郭比は48%,肋骨横隔膜角は鋭角であった.血液検査・尿検査の結果は下記の通りであった.
●輸液の処方例(体重60 kg の場合)
ソルデム®1 1,500 mL/ 日 60 mL/ 時で投与
【処方のポイント・注意点】
・CKD 患者ではカリウム排泄能が低下していることが想定されるため,まずはカリウムフリーの輸液製剤を選択することが望ましい
NICEガイドライン1)に則って輸液を検討する.図にあるように,血行動態は安定しているため蘇生輸液は不要である.絶食のため維持輸液を考慮する必要があるが,下痢などの現在進行している体液喪失はなく,体液分布異常をきたす病歴もないため維持輸液のみでよい.維持輸液量の目安は前述の通り25〜30 mL/kg/日であるが,高齢者やCKDが背景疾患にある場合は20〜25 mL/kg/日への減量を考慮することが推奨されている.そのため本患者に適した輸液量は1,200〜1,500 mL/日程度であり,憩室炎による不感蒸散増加を考慮し1,500 mL/日で投与開始する方針とした.また,CKDによるカリウム排泄障害が疑われるため,カリウムフリーである1号液を選択した.
ここがピットフォール
CKD 患者では排泄障害により,カリウムが上昇しやすい.
ここがポイント
本患者は高齢かつCKD が背景疾患にあるため,輸液量は通常よりも少なめでカリウムフリーの製剤を選択!
2カリウム補充における注意点
症例1 の経過:24 時間後
24時間後にフォローしたデータでは体重増加はなく,尿量は800 mL/日程度認められた.下腿浮腫の出現はなく,エコーでは下大静脈の呼吸性変動を認めた.腎機能・電解質ともに変動は認められなかったため,ソルデム®1を1,500 mL/日で継続する方針とした.
●輸液の調整例(体重60 kg の場合)
ソルデム®1 1,500 mL/ 日 60 mL/ 時で投与
【調整のポイント・注意点】
・体重やエコーによる下大静脈径,腎機能,バイタルサイン,身体所見などで総合的に体液量をモニタリングする.電解質もフォローを要する
体液量,電解質ともに変動は認められなかったため,同様の輸液を継続する方針とした.
絶食中にカリウムフリーの製剤を投与し続けると低カリウム血症になる可能性があるため,進行したCKDがあったとしても,カリウム低下時にはカリウムを補充する必要がある.NICEガイドラインで,維持輸液において1 mEq/kg/日(60 kgで60 mEq/日)のカリウム補充が推奨されているが,CKD患者では1日あたり塩化カリウム注 20~40 mEq/日程度から開始する方が無難である.末梢から投与する場合は,500 mLの輸液に対し塩化カリウムは20 mEqまでとし,40 mEq/L以上の濃度にならないように注意する.カリウム濃度は適宜フォローし調整するよう心がける.
3輸液終了のタイミング
症例1 の経過:5 日後
第3病日に腹部症状は改善したため基本食が開始となり,食事摂取は良好であったものの輸液の継続についての再評価が行われず,維持輸液は継続されていた.第5病日夜間に呼吸困難で当直医が呼ばれ,酸素飽和度は90%(room air),呼吸数は25回/分,収縮期血圧は160 mmHgであった.起坐呼吸ならびに聴診上両肺にびまん性の湿性ラ音とⅢ音を認め,胸部X線では心拡大と血管陰影の増強を認めた.POCUSでは明らかな左心収縮能低下はなかったが,下大静脈径は20 mmで呼吸性変動は消失しており,うっ血性心不全の診断で利尿薬の経静脈投与が開始された.
●輸液終了のタイミング
十分量の食事摂取が可能となったら終了
【終了のポイント・注意点】
・漫然と投与し続けると心不全をきたす!
本症例は,減塩やカリウム制限が考慮された食事内容ではなく,かつ輸液も漫然と投与され続けた結果,うっ血性心不全をきたした一例である.NICEガイドラインで推奨されている通り,あくまで輸液は経口・経腸投与が困難なときに考えられる手段であり,経口・経腸投与が可能な場合などには,不要な輸液は早急に終了する必要がある.特にCKDを伴う場合は容易にうっ血性心不全・電解質異常をきたすため,より注意深い観察が重要である.
症例2.末期腎不全患者(維持透析中)における輸液
1維持透析患者への輸液方針
症例2
80歳女性.黒色便と心窩部痛を主訴に,早朝に救急外来を受診した.IgA腎症による末期腎不全のため25年前より近医で維持血液透析中の患者で,1週間前から膝の疼痛で整形外科を受診し,NSAIDsが処方されていた.来院時に血圧低下や頻脈は認められず,NSAIDsは中止し絶食・輸液投与かつ同日上部消化管内視鏡検査の方針となった.現在無尿であり,最終透析は2日前で来院日が透析予定日であった.心電図で異常所見は認めなかった.入院時の体重はドライウェイトから1.2 kg増加していた.
●輸液の処方例(体重40 kg の場合)
ソルデム®1 500 mL/ 日 40 mL/ 時で投与開始
【処方のポイント・注意点】
・維持透析期間が長く,無尿であることに注意する
維持透析中の患者のなかには,残腎機能により無尿な患者もいれば尿量が維持されている患者もいる.そのため,輸液量に関しては個別に判断しなければならない.本症例ではバイタルサインに異常所見は認められず蘇生輸液は不要だが,絶食の方針のため維持輸液が必要であり,無尿患者であることを考慮しカリウムフリーの製剤であるソルデム®1を少量から開始することを選択した.
透析患者では,最大透析間隔日の体重増加を6%未満にすることが推奨されており2),輸液量も透析間体重増加を考慮しながら調整する必要がある.本症例では下痢や発熱などの不感蒸散を増悪させる要因はなく,まずは皮膚・呼気から喪失することが予想される不感蒸散12〜15 mL/kgと,便からの喪失100〜200 mLを考慮した量3)から少し減量して開始した.
2体重増加を意識した輸液
症例2 の経過:24 時間後
入院日の上部消化管内視鏡検査では活動性の出血は認められず,再出血の可能性も低リスクと判断された.内視鏡後に維持透析を行い,ドライウェイトまで除水した.心窩部痛も軽快し,黒色便も認めずに経過した.24時間後の体重はドライウェイトから−0.3 kgと減少傾向であったため,輸液量を1,000 mL/日に増量する方針とした.
●輸液の調整例(体重40 kg の場合)
ソルデム®1 1,000 mL/ 日
【処方のポイント・注意点】
・透析間体重増加を意識して輸液量を調整する
24時間の経過で体重はマイナスバランスであったため,輸液量を増量する方針とした.ここで注意しなければならないのは,絶食期間中には異化亢進のためドライウェイトの下方修正も検討しつつ,透析間体重増加を考慮しなければならない点である.本症例でも異化亢進によりドライウェイトが低下した可能性はあるが,透析患者であっても中1日で3%程度の体重増加は許容されるため,輸液を1,000 mL/日へ増量する方針とした.
3輸液の終了
症例2 の経過:2 日後
2日後の体重は,ドライウェイトから0.3 kg増加していた.黒色便と心窩部痛は認められなくなり,第3病日から食事再開の方針となった.輸液は食事摂取量をみて中止する方針とした.
●輸液終了のタイミング
十分量の経口摂取が可能となったら終了
末期腎不全患者であっても基本原則は同様で,経口・経腸投与が可能となった段階で輸液は早急に中止することが前提である.本症例でも潰瘍食から開始し,食事摂取良好であったため輸液はすみやかに終了した.ドライウェイトについて絶食期間中は異化が亢進し,体重60 kgの人では1日あたり−0.3 kg程度の体重減少が想定されるため3),絶食期間が長くなればなるほどドライウェイトの下方修正を同時に行っていく必要がある.
Advanced Lecture
日本透析学会のガイドラインでは,ドライウェイトについて「透析療法によって細胞外液量が是正された時点の体重」2)とされている.その設定方法の指標として,①臨床的に浮腫などの溢水所見がない,②透析による除水操作によって最大限に体液量を減少させた時の体重,③それ以上の除水をおこなえば,低血圧,ショックが必ず起こるような体重,としている.一般的には表の通り,家庭血圧および透析時血圧,浮腫の有無,心胸郭比に加えて,POCUSによる下大静脈径とその呼吸性変動,心房性ナトリウム利尿ペプチド(hANP)値などを用いて適正なドライウェイトを決定していくが,どの検査も単独ではドライウェイトを決めることができないため,総合的に判断することが重要である.また,ドライウェイトは刻々と変化するため,状況を見てくり返し見直していくことが重要である.
おわりに
慢性腎不全患者,特に透析患者では輸液による電解質異常やうっ血性心不全が起こりやすい.そのため輸液を漫然と行うことなく,輸液を行っているときには腎機能正常患者よりも密に血液検査や体液量の再評価(Reassessment)を行い,調整していくことが重要である.
引用文献
- National Institute for Health and Care Excellence(NICE):Intravenous fluid therapy in adults in hospital.2017(2024年2月閲覧)
- 日本透析医学会:維持血液透析ガイドライン:血液透析処方.日本透析医学会雑誌,46:587-632, 2013
- 「より理解を深める! 体液電解質異常と輸液 改訂3版」(柴垣有吾/著),中外医学社,2007
↑体液電解質異常と輸液に関するノウハウが凝縮されている.
著者プロフィール
工藤祐樹(Yuki Kudo)
琉球大学病院 第三内科
腎臓内科のエキスパートになれるよう修行中です.沖縄に興味がある方はいらしてください.
座間味 亮(Ryo Zamami)
琉球大学病院 第三内科
沖縄の市中病院で初期研修・後期研修を終了後,聖マリアンナ医科大学での研修を経て現在琉球大学病院に勤務しております.電解質や酸塩基平衡,腎血行動態などに興味があります.この分野に興味がある方,そして沖縄に興味がある方はぜひ見学にいらしてください.