本書のp110-116「column」に誤りがございました。訂正箇所につきましては、正誤表をご参照ください。
慎んでお詫び申し上げますとともに、訂正後の記事を掲載いたします。皆さまの診療活動にお役立ていただけましたら幸いです。
column
研修医のための感染症診療自己学習ツール
野木真将
(亀田総合病院 総合内科)
Point
- レファレンス型のアプリは,ベッドサイド教育に有用な語呂合わせを紹介するアプリ,診断基準やリスク評価を支援する計算アプリ,地域特性を考慮して鑑別診断をあげてくれるアプリまで幅広くある
- 生涯学習に役立つものは,無料で閲覧できる良質な英語サイト,ポッドキャスト,日本のメーリングリスト,などがある
- 系統だって勉強した後には,Xのアカウントなどから小規模なマイクロラーニングを積み上げていくspaced learningがお勧め
はじめに
感染症診療の重要性,特に急速に進化する知識を追い続けることの重要性は,2020年のパンデミック診療に携わった医療従事者には深く認識されたことだろう.日本では,国民当たりの感染症専門医の数が他国に比べて少ないため,どの診療科を選んだとしても,感染症診療,熱源の特定,抗菌薬の選択,外科的介入を含むソースコントロールにかかわる機会は多いと思われる.基本を学んだ後,最新の医学情報に追随するためのいくつかのツールを紹介したい.
本稿では,1.ベッドサイドで役立つアプリ,2.生涯学習に役立つアプリ,の2つに分けて解説する.英語のアプリや有料のものもあるが,筆者が米国での経験から信頼できる作成者だと判断したものに厳選して紹介する(2024年7月時点の情報).
1. ベッドサイドで役立つアプリ
本項では,ベッドサイドで役に立つアプリを紹介する.たくさんの医学知識にすばやくアクセスできるレファレンス型のものと,エビデンスに基づいたアルゴリズムや計算式にアクセスできる臨床判断支援型のものに分けて解説したいと思う.
1膨大な知識にすばやくアクセス! レファレンス型アプリ編(図1)
研修中,医学生や研修医の指導中に,人名を冠した症候群の名前が思い出せず困ったことはないだろうか? 感染性心内膜炎の症状を覚えるための語呂合わせを教えたいと思っても,内容を忘れてしまった経験はないだろうか? そうしたときに役立つのが「Eponyms」と「Med Mnemonics」だ.これらは低価格で,すぐに役立つ情報へアクセスできるアプリである.
1)Eponyms
「Eponyms」の開発者,Andrew Yee医師はスタンフォード大学の腫瘍内科医だ.彼が学生時代から集めてきた情報のコレクションは現在,1,800項目にもおよび,圧巻である.例えば,syphilis(梅毒)と検索すると,Argyll Robertson pupils, Biette’s collarette, Clutton’s joint, Donath-Landsteiner antibody, Hinton test, Hutchinson’s teeth, Jarisch-Herxheimer reaction, Ollendorf’s sign, Tullio’s phenomenon, Wimberger signなどの臨床徴候が,それぞれ簡単な説明とともに列挙される.
2)Med Mnemonics
「Med Mnemonics」の開発者であるEvan Schoenberg医師はヴァンデルビルト大学の眼科医だ.医学部入学前にコンピュータ科学を専攻し,医学生の教育に役立つアプリを開発している.豊富な語呂合わせを含み,キーワード検索機能も備えているため,ベッドサイド教育にも非常に有用である.
3)Johns Hopkins Antibiotic Guide
感染症の分野では,最新の広範な知識が必要である.長年にわたり抗菌薬選択の頼れるリソースとして「Sanford Guide」が存在したが,同じ価格帯であれば「Johns Hopkins Antibiotic Guide」をお勧めしたい.このアプリは,世界的に有名な医療機関ジョンズ・ホプキンス大学の感染症専門医たちが作成した,抗菌薬使用に関する権威のあるガイドである.抗菌薬選択だけでなく,疾患や病原体に関する詳細な解説や最新の研究論文も紹介されており,秀逸な内容だ.「参考資料+教科書」として,筆者も愛用している.30日間の無料トライアル期間中は全機能を無制限に利用できる.トライアル終了後は,年間のサブスクリプション加入で,内容が継続的に更新される.2024年夏頃に予定されている日本語版のアップデートには,日本語の音声ガイドや日本語のQ&Aが含まれる予定である.
4)IDdx
さらに旅行医学を考慮するなら,症状とキーワードから,感染症関連の鑑別診断をアルゴリズムに沿って絞ってくれる“IDdx”も素晴らしい.IDdxの主な特徴は以下の通り.
- 入力ツール:患者の症状や流行データを入力することで,感染症の鑑別診断を組立て,限定することができる.
- 詳細な感染症の記述:各感染症についての詳細な記述があり,参照文献が提供されている.
- 結果の並べ替え機能:結果を全世界的,米国内,アルファベット順に並べ替えることができる.
- 検索の感度調整:検索の感度を高から低まで調整して,症状に合わせることが可能.
このツールは,感染症のマニュアルやテキストブックとしても使え,治療に関連する薬剤情報へのリンクも提供しているものの,薬剤投与ガイドとしては意図されていない.IDdxは最新の「Control of Communicable Diseases Manual(CCDM)」や「Principles and Practice of Infectious Diseases(PPID)」,CDCやJohns Hopkins ABX Guideなど,多くの信頼できる情報源を使用している.
5)グラム染色アトラス
日本の感染症アプリとしては,太田西ノ内病院の有名なグラム染色セミナーをアプリ化した「グラム染色アトラス」が非常に実用的である.このアプリには,菌名検索機能や染色パターン別・疾患別などのカテゴリー分類機能が備わっている.起動するとさまざまな「目次」が表示され,染色パターンの分類や観察される菌の詳細を学べる.アプリ内では,菌名検索も可能だ.
2臨床判断をサポート! 臨床判断支援型アプリ編
このセクションでは,エビデンスに基づき臨床判断を迅速にサポートするアプリについて紹介したい.
臨床判断において,検査の事前確率の計算,入院または外来治療の決定における重症度の計算,手術前の合併症リスクの計算,予後予測などに役立つ「Clinical Decision Rules(CDR)」と呼ばれる多くのスコアリングシステムが存在する(表1).
もっとも最新のデータに基づいた新しいスコアリングシステムが続々と導入されるなかで,それらをすべて記憶するのは困難だろう.筆者のお気に入りの医療計算アプリ「Calculate by QxMD」(図2)は,その点で特に便利である.このアプリの特長には,無料であること,頻繁な更新,質問に回答していく「クエスチョンフロー方式」の採用,そして充実した解説があげられる.ただし,欠点としては,カナダで開発されたアプリであるため,推奨事項やガイドラインがカナダの基準に影響を受けていることがある.
2. 生涯学習に役立つアプリ
医学情報の日々の更新に追いつくのは非常に労力が必要である.筆者が以前ハーバード大学でのセミナーでNeil Mehta医師から学んだことによると,医学情報収集には主に2つのパターンがあるという.1つは「偶然に出会う情報収集(incidental finding)」,もう1つは「意図的に探しにいく情報収集(intentional search)」である.この2つの視点で考えると,理解が深まる(図3).
「偶然に出会う情報収集」には,ウェブサーフィン,メーリングリスト,SNSなどで出会う情報が含まれる.このタイプの情報収集には,「Spark」のような人工知能を活用したメールクライアントアプリの使用が効率的だ.
「意図的に探しにいく」過程には,2つのアプローチがある.1つは,特定の雑誌,分野,キーワードを設定して積極的に情報をスキャンする(proactive scanning)方法,もう1つは,日常の臨床や研究中に生じる疑問に対応して情報を探しにいく(reactive search)方法である.
1海外の医療学習サイト
本稿では,proactive scanningに該当する学習方法として,米国の感染症フェローに人気の自己学習支援サイトやポッドキャストを6つ紹介したいと思う.
1)Febrile Podcast
エモリー大学で移植感染症医として働くSara Dong医師によって立ち上げられた,Notionベースのウェブサイトだ.このポッドキャストでは,感染症教育者たちがおもしろい鑑別診断,診断へのアプローチ,および感染症コンサルタントが日常的に直面する複雑なケース管理について議論がされる.各エピソードの重要なトピックに関する包括的な要約を含む「Consult Notes」も提供されている.さらに,ID infographic libraryなどの読みやすい資料が豊富に含まれ,高い人気を誇っている.
2)Dr. Fungus
Mycoses Study Group Education and Research Consortium(MSGERC)は,真菌感染症に関する教育と研究を行う非営利団体で,その教育リソースは薬剤,経験的治療,環境評価,真菌メディア,真菌に関する説明,真菌症,質問と回答,同義語,分類と命名法,実験室技術,マイコロジーリンクなどを含んでいる.毎月の症例紹介では,特定の真菌感染症の症例とその詳細や治療過程を紹介している.また,MSGERCのYou Tubeチャンネルでは,年に2回のミーティングのプレゼンテーション,バーチャル協力プレゼンテーション,真菌感染症に関する事例インタビューなどが提供されている.
3)Infectious Disease images by MGH
マサチューセッツ総合病院の感染症科部門により運営されるこのウェブサイトは,植物病原性菌や人畜寄生性菌を含む5,000種類以上の微生物の高解像度画像を提供しており,これらには学名,分類情報,症状に関する画像なども含まれている.これらの画像は主に光学顕微鏡を使用して撮影され,拡大写真により菌の形態的特徴を詳細に捉えている.EBSCO Healthの教育助成金とハーバード大学エイズ研究センターからの資金によりサポートされているため,この画像データベースは自由にアクセス可能で,教育,学習,出版,プレゼンテーションなどさまざまな目的での微生物の同定や分類研究に役立つ視覚情報を提供している.IDWeekのFellows Dayで採択されたケースプレゼンテーションも毎年このサイトに掲載される.
4)National HIV curriculum
ワシントン大学とNIHが共同で運営する,HIVに関する無料のオンライン教材である.この教材では,医療従事者,研究者,教育者を対象に,HIVに関する広範囲な情報が無料で提供されている.教材の内容には,以下のトピックが含まれている.
- HIVの基本:HIVの定義,種類,感染経路,症状,診断方法に関する基本情報.
- HIVの治療:包括的な治療法,抗レトロウイルス薬(ART),抗HIV薬,免疫療法などに関する最新情報.
- HIV予防:包括的予防方法,コンドームの使用,感染リスクの低減方法に関する情報.
5)Gompf’s ID Pearls
南フロリダ大学(USF)Health Division of Infectious Disease and International MedicineのSandra Gonzalez Gompf医師によって開発された教育プロジェクトとして,このサイトは多くの教育ハンドブックを無料で提供している.これらのハンドブックは難易度が高く,中級レベルの利用者を対象としている.
2国内の医療学習サイト
以上はすべて英語学習のリソースであるが,日本語での学習がよいという研修医には以下のリソースを紹介する.
1)IDATEN(Infectious Diseases Association for Teaching and Education in Nippon)
IDATEN(日本感染症教育研究会)は,日本の感染症の診療と教育を推進し,普及させることを目的とした団体だ.この団体に関連する主なリソースは以下の通りである.
- ウェブサイト:IDATENの公式ウェブサイトでは,団体の活動概要や関連情報が提供されている.
- セミナー:IDATENは定期的に感染症に関するセミナーや研修会を主催しており,これらの情報は公式ウェブサイトで確認できる.
- メーリングリスト:このリストを通じて,感染症に関する勉強会の情報をメールで受けとることができ,また,日常の感染診療での疑問を投稿し,専門家から直接アドバイスを得ることが可能.
2)ブログ:感染症診療の原則
日本の感染症教育のパイオニアである青木眞先生の発信するブログサイト.彼の著書「レジデントのための感染症診療マニュアル(第4版)」2)と併せて読みたいリソースである.
3)感染症のマイクロラーニングを支援するX(旧Twitter)の有名アカウント
- @1min_idconsult
定期的に感染症に関するワンポイントレッスンを配信しており,これはいわゆるmicro-learningの手法によるものである.この方法は,忙しい研修医にとって非常に有益だろう.このプロジェクトを運営しているのは,日米で活躍する感染症専門医である人物である(@TakaMatsuo_ID).彼は近い将来,日本語版の配信も計画しているそうだ.
- @kameda_id 「亀田総合病院感染症内科」
日々のカンファレンスでの学びを発信している.時折発信されるレアな感染症とそのグラム染色像は必見で,教科書では学べない実践知が豊富である.
- @black_kghp 「新米ID」
最新の感染症データアップデートをわかりやすい1枚スライドにまとめて日本語で配信している.
- @jaidsenmoni 「日本感染症学会 専門医育成・教育部会」
このアカウントは,感染症領域の専門医取得に関連する研修情報や教育イベントの告知,過去の学術講演の概要など,専攻医や指導医にとって有益な情報を豊富に提供している.例えば,専攻医向けの感染症診療セミナーや講習会の開催情報が頻繁に更新され,最新の学習機会を逃すことなく把握できる.さらに,学会が作成した感染症診療の指針や手引き,eラーニングなどの教育コンテンツの情報もこのアカウントから入手でき,自律的な学習をサポートする貴重なリソースとなっている.
まとめ
この記事では,誌面の制約により,厳選したリソースを紹介しているが,それらはベッドサイドでの参照に便利なものや生涯学習を支援するサイトとして分類されている.感染症分野は覚えるべき事項が多いが,これらのリソースを効果的に利用することで,暗記の負担を減らすことが可能だ.具体的な学習方法として,青木眞氏の「レジデントのための感染症診療マニュアル 第4版」や岩田健太郎氏の「抗菌薬の考え方,使い方 ver5」3)を一通り読んだ後,紹介されたXアカウントのマイクロラーニングを通じて知識を積み重ねることを推奨する.
最後に,情報提供者であり,医学教育者の友人である,米国テキサス州MDアンダーソン病院で移植感染症フェローを務める松尾貴公医師に感謝の意を表します.
文献
- Mehta NB, et al:Information management for clinicians. Cleve Clin J Med, 83:589-595, 2016(PMID:27505880)
- 「レジデントのための感染症診療マニュアル 第4版」(青木 眞/著),医学書院,2020
- 「抗菌薬の考え方,使い方 ver.5」(岩田健太郎/著),中外医学社,2022
著者プロフィール
野木真将(Masayuki Nogi)
亀田総合病院 総合内科
兵庫県生まれ,米国オハイオ州育ち.2006年京都府立医科大学医学部卒業.宇治徳洲会病院にて救急総合診療科の初期/後期研修修了.2014年ハワイ大学内科レジデント修了.2015年同科チーフレジデントおよび医学教育フェローシップ修了.2015年よりハワイ州クイーンズメディカルセンター ホスピタリストとして,総合内科レジデントの教育指導やホスピタリストグループの副ディレクターとして管理職業務も行っている.2022年にはFAIMER-Keele医学教育修士課程(MHPE)修了.2023年より亀田総合病院の総合内科部長も兼任し,久しぶりの日本での研修医教育を楽しんでいる.