第6章 外傷・ケガ
1. 釣り針が刺さった
島 幸宏
(地域医療振興協会 有田市立病院)
Point
- 釣り針を抜くときは勇気をもって引っ張ること
- 針を扱うので二次損傷に注意すること
- 釣り針刺傷を専門とする医師はいない!
はじめに
釣り針刺傷は,海(河川)に接する診療所・病院に勤務すると土日,夜間(早朝)に遭遇することが多い.釣りをする人は朝夕の時間帯,仕事のない休日に訪れるからである.釣り人にとって釣り針が刺さることはよくあることである.ほとんどは浅く刺さって,あるいは一瞬刺さってすぐに自身で抜いている.病院を受診する「釣り針が刺さった」は自身で抜去するのが困難と判断するくらい深くまで刺さっているということである.
症例
休日に当直をしていると,釣り針が刺さって引っ張っても取れないと患者さんが直接来院した.図2①のように先端が埋没した状態.手やコッヘルを用いて逆行性に引っ張ってみたが抜けなかったので埋没した針周囲を深く切開して摘出した.
ということをせずに上手く釣り針を抜去する方法を紹介する.
1. (専門医を呼べるとしても)自分でやるべきこと
1抜去前に行うこと
まずは針の構造を確認する.できることなら患者さんに同じ釣り針を持参してもらう.釣り針は糸を結ぶ「チモト」から「胴」「腰曲げ」「先曲げ」を経て「ハリ先」に至る.「ハリ先」に「カエシ・モドリ(burb)」がついているものと,ついていないものがある.また,「胴」の部分にも「ケン」と呼ばれる針を抜けなくする構造物がある場合もある(図1).ルアーについていることが多いがトレブルフック(トリプルフック)と呼ばれる3本の針がひとまとまりになったものもある.
次に,刺さった針の大きさから刺入した深さを判断する.深い場合には神経・血管損傷の合併も考慮し,二次損傷を引き起こさないように抜去には細心の注意を払う.また,眼球の損傷を疑う場合,関節包の損傷を疑う場合は専門的加療を検討する.
糸・おもり・ルアー本体など釣り針以外のものを除去し,局所麻酔を行う.釣り針や皮膚が汚染されている(見た目が汚れている)場合にはまず洗浄する.その後,釣り針とともに傷病部位の消毒を行う.
医療者が第2の犠牲者にならないように感染防護(特にゴーグル)を忘れずに行うこと.
2抜去方法
釣り針の抜去方法は過去にも紹介1,2)されており,初心者でも簡単に行える方法として2つあげられる.
1)string-yank technique(図2)
この方法は「steam」法とも呼ばれ一般的に行われている.傷を増やすことなく損傷も最小限に抑えることができる.あまり大きくない釣り針に向いている.しかし,耳垂(耳たぶ)のような可動性の高い部位には向かない.
具体的には釣り針の「腰曲げ」よりも先端に近い部位に絹糸などを結ぶ(図2②).次に「チモト」の部分を押し下げておく.押し下げることにより釣り針を露出させ引っ張りやすくなる.この状態で絹糸を一気に引っ張り釣り針を抜去する(図2③).
ここがポイント
引く方向は「胴」に平行な方向!
引き抜いたときに釣り針がどこかに飛んでいかないようにしっかりと結んでおかなければならない.この方法はトレブルフックにも使用することができる.抜去後に圧迫止血を行う.
YouTubeなどの動画検索サイトで「fish hook removal」などと検索するとさまざまな動画を見ることができる.成功例だけでなく失敗しているものもあるため参考になる.
2)advance and cut technique(図3)
この方法は新しい傷をつくってしまうことが問題だが,string-yank techniqueでは対応できなかった可動性の高い部位にも使用できる.
この方法のポイントは「カエシ」の部分を除去して抜去することである.先端が皮下にある状態(図3①)で来院した場合,釣り針全体をよく消毒し局所麻酔を行ったうえで釣り針のカーブに沿ってさらに刺入し「ハリ先」を皮膚から出す(図3②).「ハリ先」が十分に露出した後に「カエシ」の部分をコッヘルなどで把持しながら「カエシ」の下で切断する(図3③).切断する際に「ハリ先」がどこかに飛んでいってしまわないように注意する.コッヘルで把持するのが困難であれば,代わりに透明のカップで覆いながら切断してもよい.切断した後に逆方向に針を戻して皮膚から抜去する(図3④).
ここがピットフォール!
釣り針の大きさ・太さ・材質によっては非常に固く,切断に苦慮することがある.
「胴」に「ケン」がついている場合は「カエシ」を切断するのではなく「胴」で切断し順行性に抜去するという方法もある.しかし「胴」は「ハリ先」に比較してさらに丈夫にできているため切断にはさらに難渋する可能性がある.
3)その他の方法
- retrograde technique
釣り針を単純に逆方向に引っ張って抜去するretrograde techniqueがある.こちらの方法は「カエシ」のない釣り針(バーブレス)で使用する方法である.「カエシ」がない釣り針が刺さったなら患者自身で抜去してしまうであろう.したがって医師がこの方法を使用することはない.
- needle cover technique
もう1つ,needle cover techniqueがある.この方法は熟練を要する方法である.18 G針を釣り針の刺入点から刺入し18 G針の内腔に「カエシ」を収納することで逆行性に抜去できるようにするものである(図4).皮下にある「カエシ」を針の内腔に収めるのであるから容易ではない.
3抜去後
針を抜去した後,刺入創が汚染されている可能性があると判断するならば留置針の外筒を創に刺し,生理食塩水で十分に洗浄する.餌が入り込んでいる場合があるので注意する.
抜去後の破傷風予防を忘れてはならない.成人で5年以内に破傷風予防接種歴がない場合は破傷風トキソイドワクチンを接種する.破傷風第1期初回免疫3回接種が完了していない場合は破傷風トキソイドワクチンを3〜8週の間隔で2回接種する.さらに今回の1回目の接種から6〜18カ月後に3回目を接種する.
刺入創は縫合せず開放創とする.抗菌薬の予防投与に関しては文献1では「免疫力が低下している,あるいは創傷治癒能力の低下した状態(糖尿病・末梢動脈疾患など),腱・軟骨・骨・関節を含む損傷でなければ必要ない」と書かれているが日本では使用されていることが多い.使用するなら嫌気性菌も考慮し3〜5日程度投与すべきである.
●処方例
アモキシシリン・クラブラン酸カリウム(オーグメンチン)1回1錠,1日3回+アモキシシリン(サワシリン®)1回1カプセル,1日3回
あとは通常の創処置に準じて対応する.
2. 専門医を呼ぶべきか,呼ぶタイミング
釣り針による刺傷の専門医はいない.しかし刺入部位が目(とその周囲)の場合には視力低下の危険があるため眼科医に相談する.また,自身で抜去できなかった場合には上級医の助けを借りることになる.
釣り針抜去後に遺残物がある(可能性がある)場合,止血が困難な場合,関節内に達していると疑う場合には外科系医師(整形外科など)の上級医に助けを求める.
3. 専門医を呼べない状況ならどうするか
眼球損傷と判断する場合は感染性眼内炎や眼球異物の可能性があるため眼科専門医のいる病院への紹介を推奨する.皮膚・皮下組織以外の損傷が懸念される場合は上記に沿って処置・処方を実施する.関節の発赤・ 疼痛・可動制限など関節炎を疑う所見が生じた場合には,整形外科を受診するように指示する.
4. こんなときは要注意
痺れや激しい痛み,感覚異常を伴い神経損傷を疑う場合,止血が困難で血管損傷を疑う場合は要注意である.また,関節内に損傷が及ぶと考えられる場合は外科系医師(整形外科など)の上級医に相談し抗菌薬を投与する.
5. 患者さんを帰す際の注意事項
後日,感染の可能性があることは患者さんに伝える.感染について伝える際には「腫れ,赤みがひどくなる」「痛みが増す」「臭い汁が出てくる」など起こりうる症状を具体的に伝えるとよい.さらに「口が開きにくい」,「首筋が張る」など破傷風症状についても説明する.上記のような症状があらわれた場合には受診するよう伝える.
おわりに
海に面した病院・診療所ではよく遭遇する「釣り針が刺さった」ですが,釣り針を専門にする医師はいないので「専門外」とお断りするのではなく一度前述の方法を試みましょう.
引用文献
- Gammons MG & Jackson E:Fishhook removal. Am Fam Physician, 63:2231-2236, 2001(PMID:11417775)
- 林 寛之:知って得する! 釣り針の瞬間抜き技.Gノート,1:147-149, 2014
著者プロフィール
島 幸宏(Yukihiro Shima)
地域医療振興協会 有田市立病院
救急・集中治療など医師になってから9年間は義務にしばられ,5年間小さな病院に勤務しました.断ることのできない当直は辛いこともありましたが得るものも多く,そのときの経験は今も生きています.「まずは診る」と覚悟を決めて,それから「どうするか考える」ようにしています.