事前講義 細胞培養の基礎知識を学ぼう!
講義4 培養室の見学
一通り,細胞培養に関する基礎知識を学んだところで,今度は細胞培養が実際にどのように行われているのか,培養室を見学してみよう(24ページの図参照)
- 培養は専門の無菌室で行うことが望ましい
- 見学するときは,培養室へ勝手に入らないこと
- 勝手に触ってはいけないものもある
1培養室の意義
細胞培養で一番気を使うことは,雑菌の混入である.動物細胞等を培養中に,余計な雑菌(バクテリアやカビの類)が入り込んで増殖することをコンタミネーション(contamination:通称コンタミ ⓐ)といって,これが起きないように注意する必要がある.動物細胞は増殖するときに多くの栄養素に加えて増殖因子を必要とし,増殖速度が遅い.それに対してコンタミする雑菌は増殖因子を必要とせず,細胞培養の培地のように栄養豊富な環境に飛び込むと,激しい勢いで増殖し,多くの場合,大切な細胞を死滅させる.ひとたび雑菌がコンタミすれば,雑菌を除去することはほとんどの場合,不可能である.
一般に,欧米に比べて日本は湿度が高く,空気中の雑菌が多いためにコンタミが起きやすい.また,以前に比べて格段によくなったとはいえ,大学の通常の研究室では廊下や実験室にもホコリが多く,雑菌の大部分はホコリとともに侵入する.無菌箱の時代からクリーンベンチの時代になって,無菌操作中のコンタミは格段に減少したが,培養中に,空気を通じて培養器にコンタミすることを避けるためにも,専用の培養無菌室(完全に無菌にすることは不必要であるが,一般実験室に比べて雑菌が少ない部屋)を設け,その中で行うことが望ましい ⓑ.
空気(ホコリ)以外のコンタミのルート
コンタミは,空気(ホコリ)によって運ばれるルートが大半であるが,その他に滅菌不十分な器具や試薬と,ヒトを通じたルートがある.ヒトの手はどんなに洗浄消毒しても,雑菌をゼロにはできない.無菌の手袋をしても,操作中に無菌状態でない部分に触れることが避けられない.手袋をして安心してか,顔を触ったりする人がいるが,手袋をした意味がない.また,ヒトの唾液には多くの雑菌がいる.しゃべらなくても,口を開け閉めするだけでも,微細な飛沫が口から飛び出すものである.この飛沫が培養器に飛び込めば,細胞に感染する.
なかでも,多くのヒトに不顕性感染しているマイコプラズマは,培養細胞に感染しても細胞を殺さずに共存して増殖することも多いため,他の雑菌に比べてコンタミを発見しにくいうえに,実験結果を大きく狂わせることがあり,細胞培養にとって大きな脅威である.培養細胞への感染調査をはじめた1980年代には,日本で培養している培養細胞の60〜70%(あるいはそれ以上)にヒト由来を含めたマイコプラズマの汚染が認められて,大騒動になった.
クリーンベンチの普及と,ピペットを口で吸わずにピペッターを使うことによって,マイコプラズマの汚染は大きく改善されたが,新たな感染がないわけではない.定期的に培養細胞のマイコプラズマ汚染をチェックすることは不可欠である(特別実習4-3「マイコプラズマの検出」を参照).研究室同士で細胞をやりとすることも多いが,欧米の研究所や大学では1980年代以降,組織的にマイコプラズマの感染をチェックし,感染した細胞は受け入れない(廃棄する)ようにシステム化されているところが多い.
2培養室へ入る前の注意
- 重要なことは雑菌を持ち込まないこと
- 雑菌は衣服やホコリとともに持ち込まれる
→ 一般に,欧米に比べて日本は湿度が高いため,空気中の雑菌が多い
→ たいていの大学の廊下や実験室はホコリも多い
雑菌やホコリを持ち込まない!
- 体がホコリっぽくはないか? 少なくとも,ホコリのついた白衣は脱ぐ
- 昼休みにグラウンドでサッカーをやって,そのまま培養室へ直行する,などということでは皆に嫌われる
- 動物室で実験した後は,動物の毛や餌や排泄物が体についているかもしれない.そんなときは,下宿へ帰ってシャワーを浴びてからでないと培養室へ入らない学生がいた.そのくらいの気遣いはほしい
- 家でペットを飼っている場合も要注意.動物(人間もだが)には,マイコプラズマがあり,培養細胞がマイコプラズマに感染する危険がある.マイコプラズマ感染は,見た目ではわからない場合が多いが,実験の結果に大きな影響を及ぼす
- パン屋さんで朝アルバイトをしている大学生は,シャワーを浴びてから登校していた.酵母のコンタミは多いので気をつけたい.生ビールを飲んで無菌室へ入るのは別の意味でも問題だ
メモあるいは実験ノートくらいは持って,気付いたことは書きとめておこう
先輩は,一度注意したことは覚えているものと思う(期待する)だろう.「さっき注意したじゃないか」とか「昨日ちゃんと注意しただろう」と言われないように.優しい先輩でも同じ注意を3回もすると「コイツは覚える気がない」と思うかもしれない.
3まず前室へ入る
前室の必要性
無菌操作の準備をするための場所として,また,廊下の空気が直接に無菌室へ入らないようにするため,無菌室の手前に前室をおくことが望ましい.
前室への入室〜培養室入室の準備
1)前室へ入る
廊下側の扉と前室から無菌室に入る扉が同時に開いた状態にならないように注意してドアを開く.具体的には無菌室の扉が開いていないことを前室の扉のガラス越しに確認してから前室の扉を開く.
また履き終ったスリッパは整理して収納する.
2)白衣(実験衣)などを清潔なものに替える(研究室によってルールがあるだろう)
- 普段白衣を着ないで実験しているなら,培養室では専用の白衣を着る(体側から細胞側へ,細胞側から体側への雑菌の移動を防ぐ)
- 汚い白衣では,着替えても意味がない.定期的に洗濯したきれいな白衣を使う
- 長い髪はまとめておく
- 毛糸などを使ったセーターはぬぐ
3)手をよく洗う
培養室へ入って,何にも触らないということはありえないのだから,入る前には以下の手順で必ず手を洗う.
① 石けんで手をよく洗う(★1)
無菌室では,手はもちろんのこと腕についても石けんできれいに洗う.長袖の場合も,腕をまくって実験を行うため,クリーンベンチに入る部分まできれいにする必要がある.昔は,手も腕も殺菌力の強いクレゾール石けんで洗っていたが,頻繁に使用すると手が荒れやすいために,通常の家庭用の消毒石けんなどを用いて洗う.
② 殺菌用の液に手をつける(腕の部分までしっかりと殺菌しよう)
クレゾール石けん液を50〜100倍希釈したもの,あるいはヒビテン液(5%グルコン酸クロロヘキシジン)を50〜100倍希釈したものなど.長時間つけなくてよく,浸せばよい.見学だけなら70%アルコールあるいはオスバン(0.2%塩化ベンザルコニウムの70%アルコール液)などを手に噴霧してもよい(次ページの写真を参照).
③ 殺菌用の液につけてある手拭きを絞ってよく拭く(次ページの写真を参照)
④ 手袋をはめる
昔は素手で細胞実験を行っていたが,細胞への雑菌のコンタミ防止には,手袋着用が望ましい ⓐ.
ここでの手袋は,自分の身を守るための手袋というよりは,自分自身の雑菌などから細胞を守る目的が主であり,無菌的に扱うためであることを念頭に入れておく.
クレゾール石けん液の廃液について
クレゾールは,クレゾール石けん消毒液として使用するなどきわめて薄い場合は,排水として流しに流してもよいが,細胞培養液を吸引する際の廃液トラップの防腐剤として用いる場合は,フェノール系廃液としてタンクに貯蔵する必要がある.貯蔵したタンクは,廃液処理日に廃液処理機関に提出して処理してもらう.なお,クレゾール液をアスピレーターの廃液トラップに入れておかないと,一晩でバクテリアが増えて,無菌室が異臭だらけになり無菌室として機能しなくなるので注意が必要である.
廃液処理の手間を考え,クレゾールの使用を避けたい場合は,使用するたびにトラップにたまった細胞培養液を破棄してきれいに洗浄して使用することも可能である.これなら廃液の心配をしなくていい.いずれにしても,研究室で統一したルールを作ることが大事である.
どんな機器があるか,先輩の説明を聞こう
1)冷凍庫,冷蔵庫
共通用冷凍庫の扉にはトリプシン/EDTA(細胞を継代するときに使うトリプシンとEDTAを含む溶液),血清の使用状況を記録するリストを貼っておくと扉を開けなくても,あと何本残っているかわかる.ビンを出す前にチェックすること.
ちょっと開けて中を見せてもらう
- 冷凍庫には,普段よく使うトリプシン/EDTAや増殖因子,その他の試薬が入っている
- 容器には,物の名前,所有者の名前,日付が必ず記入されている
- 冷蔵庫には,培地や試薬が入っている
重要なことは,共通で使用する物と個人で使用する物を置くスペースをきっちりと分けることである.冷蔵保存する培地に関しても,血清や抗生物質を含まない物のスペースと,血清や抗生物質を含む物のスペースを分けること.
培地を保存した共通用冷蔵庫では,自分用に培地を取り出すたびに本数を記録すること(あと何本残っているか,開けなくてもわかる).
培地を自分たちで作製する場合は,必ず作製日などで培地のロットを管理すること.09-12-24-1〜 09-12-24-12(2009年の12月24日に作製した12本の培地に番号付けをした例)など番号をふって管理するとよい.
誰がどのロットの培地を使用したかわかるように冷蔵庫にこれらのロットを記入した培地使用リストを作成し,貼っておくとよい.
閉めたつもりが閉まっていないと,中の物がダメになる.増殖因子など高価な物や貴重な物がダメになるのはつらい.自動ドアや,手を離せば自然に閉まるドアが普及しているために,開けた後はキチンと閉めるという当り前の確認ができない人がいる.閉めたつもりではなく,「ドアを手で押さえて閉め,閉まったことを確認する」までを習慣づける.
2)水浴(ウォーターバス)
- トリプシン/EDTAや培地を温めるためや凍結した細胞を溶かすのにも使う
- 水浴に入れる水は水道水でよい.掃除はできれば毎日やる方がよい
- 小さいビン,中身の少なくなったビンが倒れないように,試験管立てを入れておく
水浴の水は,毎日交換する.水に防腐剤を入れておくとバクテリアの繁殖を防ぐことができる.防腐剤がないと1〜2日もすれば,水が濁ってくるが,防腐剤を入れておくと濁ったりはしない.防腐剤としては,クリアーバス(Spectrum Laboratories, Inc)などを使用する.CO2インキュベータには用いないこと.
3)炭酸ガスボンベ
CO2インキュベーターに供給するCO2は,炭酸ガスボンベから供給する.
施設によって供給方法が異なるが,多くは写真のような炭酸ガスボンベを用いて行っているところが多い.
- ゲージの見方や取りつけ方は,後で先輩に聞こう(特別実習1-3を参照)
- バルブの開け方,閉め方も,取り替える際によく聞いておこう
労働安全衛生法によりガスボンベは,必ず下部と上部の2カ所をチェーンで止めなければいけない.
炭酸ガスがなくなると細胞は死んでしまう.通常,最低でも予備を1本は置いておく.交換したら,すぐに新しいものを発注しておくこと.
4無菌室へ入る
- 廊下から前室へ入るドアと,前室から無菌室へ入るドアを同時に開けないこと
→ 同時に開けると,外の風が無菌室まで吹き込む(25ページ「前室の必要性」を参照). - 床はピカピカ(古くても)で,ホコリ1つ落ちていないくらいに清潔にすること(特別実習1-1を参照)
→ 毎日掃除し,1週間に1度は水拭きする.もちろん水が残っていてはいけない.
→ 掃除機は基本的に使わない.モップや,いわゆる化学ぞうきんを用いよう.机の上,棚などはハンディモップを使い,極力ホコリがない状態にしよう.
無菌室の特徴
通常の培養室では,無菌室と称しても,無菌操作をする部屋という程度であって,部屋として無菌状態を保てるわけではない.普通の実験室より浮遊する雑菌が少ないだけである ⓐ.
どんな機器があるか,先輩の説明を聞こう
1)CO2インキュベーター
CO2インキュベーターは細胞培養器で庫内の温度,湿度,および,培地のpHを一定に保つための機器である.
通常,温度37℃,湿度100%,CO2濃度5%である.O2濃度は通常20%だが,N2で置換しO2濃度をコントロールできるものもある.
温度表示
哺乳類細胞は通常37℃で培養する.温度感受性の変異株などは32℃,あるいは34℃や39℃,あるいは40℃で培養することもある.
たいてい,温度設定のための表示と,実際の庫内温度の表示が別々にあるが,同じ窓に表示される場合もある.
機械というものは必ず壊れるものである.表示された数字を頭から信じる,という態度はいけない.扉を開けたときの体感温度がいつもと違う,ということで表示の故障に気付いた学生がいた.エライと思う.
炭酸ガス濃度表示
最近の機種は,炭酸ガス濃度をモニターし,濃度が下がったときだけ炭酸ガスを注入するようになっている.センサーにはいくつかの方式があるので,先輩に聞くか,仕様書を後で読んでおくことにする.
培地のpHは重炭酸バッファーで緩衝されている.体内のpHも主に重炭酸イオンで緩衝されている.他の緩衝液に比べて細胞に対する毒性が小さい.通常の培地は,95%空気,5%炭酸ガスの気相のとき,培地のpHが7.4に保たれる.細胞によっては炭酸ガス濃度が3〜10%の間で変更される場合もある.空気中の炭酸ガス濃度はほとんど0%に近く,そのままでは培地から炭酸ガスが逃げて培地のpHはアルカリ性に傾く.
その他の表示
その他,庫内の湿度や酸素濃度が表示される機種も多い.
電源について
CO2インキュベーターの電源は,天井からラインをもってくると管理しやすい.
- 扉を開けると,中にガラスの扉がある.これも開ける.扉が保温されていないタイプでは,ガラスの内側に水滴がつくことがある.カビを培養するもとになるので,アルコール綿をきつく絞って拭く
- 中に金属のトレイがあって,その上に培養ディッシュなどが並んでいる
- 一番下に,湿度を保つための水を入れたバットがある.水が足りなくならないように気をつけ,蒸留水あるいはMilli-Q水(ミリポア社の超純水製造装置で作った水)を補給する.水の中には防腐剤として,デヒドロ酢酸ナトリウム一水和物を1g/Lの濃度で溶かしておく
- 長くながめていると炭酸ガス濃度が低下し,温度と湿度が下がるので,早めに扉を閉めよう.扉の解放中は炭酸ガス濃度が下がっても炭酸ガスは注入されない
- CO2インキュベーターは非常に重い.これはウォータージャケットといって,外壁の中に37℃の水が入っているからである.比熱の大きい水で満たすことによって庫内温度の変動を小さく抑えるためである.もちろん,ウォータージャケット用のヒーター,温度センサーがあり,必要に応じて設定を変えられる.この水も少しずつ蒸発するのでときどき補給すること
- ガラス扉のノブをきちんと閉めないと,機械は扉解放と認識し,炭酸ガスの導入をしない.きちんと閉めることでセンサーが働き,炭酸ガスをフラッシュ注入して5%にまで戻す.センサーは,外扉についているタイプとガラスドアのノブにある場合があるので,自分の研究室のセンサーを確認しておこう.ただし,センサーが付いておらず炭酸ガスを流し放しの機種もある
- ガラス扉をキチンと閉めずに帰り,炭酸ガスの補給がなかったために,翌日には培地が紫色(アルカリ性)になっていて,細胞が全滅したことがある
- 外の扉も閉める.振動を与えないように,静かに閉める
2)クリーンベンチ
クリーンベンチ内は無菌状態に保たれる
- 操作中は,上または奥の壁から手前に向かって無菌空気が吹き出し(ブローアウト型),無菌作業をする空間をつくる.無菌空気がエアーカーテンで手前から吸い込まれ,作業者側に風が吹き出さないバイオハザード対応のタイプもある
- いずれのタイプも空気は0.22 μmのフィルターを通して除菌されており,フィルターはときどき交換しなければならない(差圧計のメーターをチェックする)
- 足元の給気プレフィルターは1週間に1度掃除する方がよい
- 原則として,クリーンベンチ内には余計な物を入れておかない.物があると,影になったところは殺菌灯が効かない
やむを得ずクリーンベンチ内に入れておく物,例えばチップなどのプラスチック製品はUVで劣化するので,入れるなら必ずアルミホイルなどUVを通さないカバーをかける(カバーの下は殺菌されない) - 殺菌灯や蛍光灯が切れたら,すぐ取り換える.クリーンベンチの外に保管してある新品にはたいていホコリがついている.きつく絞ったアルコール綿でよく拭き,十分に乾いてから取り付ける
- 前面パネルには,殺菌灯,蛍光灯,ブロアーなどのスイッチ,風量計などが並んでいる
3)クリーンベンチのまわり(★1)
廃液トラップと吸引ポンプ(アスピレーター)
- 培地を吸い取るときに使う.吸引ポンプは,排気中に油が出ないものがよい.油のミストが培養室中に排出されると,油が培養器や器具について,細胞が生えなくなる原因になる.廃液のトラップは少なくとも(使う度でなくてもよいが)毎日空にして,洗浄しておく
ガスの元栓
- ガスの元栓は閉めておき,使用時に開く(使用していないときは,壁または床の元栓も閉める)
小机および小型ボックス
- クリーンベンチで使うものが置いてある
- 菌ピペットの缶:ちゃんとフタが閉まっている
- 引き出しには,ピンセット,駒込ピペットのキャップ,ビニールテープ,ハサミ,使いかけのディッシュなどが入っている.小物をむきだしで置いておくとホコリをかぶるので,必ず缶に入れるか引き出しにしまうこと.
動かしやすい小型ボックス(プラスチックラックなど)にディッシュ,ピペット,ピンセットなどの小物を入れると便利.床を掃除するときも,動かしやすいのでいつも清潔に保てる.上段の小さな引き出しは,ピンセット,ピペットマン,ビニールテープ,マジックなどよく使うものを入れる.中段は,ディッシュ,フラスコ,プレートなどを入れておく.開封済み(使用中)のディッシュなどは,開封口をしっかりテープやクリップで留めておくこと.大きなピペット管は,最下段の引き出しか,使用頻度が高ければ上部に置いておく.ただし,クリーンベンチに入れるときは,エタノールできれいに拭いてから入れること.
使用済みのピペットを入れるバケツ
- ピペットが十分に浸かるようなものを用いる
4)倒立位相差顕微鏡
- 細胞の観察に必須.倒立でかつ位相差のシステムが培養細胞観察の標準である
- 倒立型とは,上写真:右のように対物レンズが上向きになっている顕微鏡である.通常の顕微鏡は,下から光をあて,観察する物を通った光を,上側にある対物レンズで受けるが,倒立顕微鏡は上から光をあて,観察する物を通った光を,下側にある対物レンズで受ける.こうすることでレンズと細胞との距離を近づけている.フタのついたディッシュなどの厚みがあるようなサンプルの場合,下部にレンズを設置しないとピントが合わず観察することができない
- 培地の中に生えている細胞は透明で,普通の顕微鏡ではほとんど見えない.位相差顕微鏡は透明なものでも屈折率の違いがあるとコントラストがつくため,細胞がよく見える.先輩に細胞をちょっと見せてもらえるとよい
- 顕微鏡には,簡易型の観察専用の顕微鏡( 前ページ写真:左 )と,カメラやビデオなどを設置できるポートがある顕微鏡がある. 前ページ写真:中央 のように,上部にCCDカメラを設けてモニターに映すことができる.顕微鏡にCCDカメラをつけておくと,モニターで細胞の観察ができ,複数の人数で細胞の観察ができる.また,細胞の画像を電子記録することができ,観察記録として保存できる.
5)蛍光顕微鏡
いつ,どのような目的で使用するのか?
無菌室にどうして蛍光顕微鏡が置いてあるのか,不思議に思うかもしれない.今日では,さまざまなタンパク質の遺伝子に蛍光タンパク質 ⓑの遺伝子をつなげて細胞に導入し,実験が行われている.これによってタンパク質が細胞内で生産される様子や,生産されたタンパク質が環境変化に応じて細胞内で局在を変化させたり移動する様子を,生きた細胞のままで観察できるようになった.蛍光標識したタンパク質を生きたままの細胞で観察するために,無菌室に蛍光顕微鏡が置いてある.
構造と原理
蛍光顕微鏡には,標本の上部にある対物レンズを通じて紫外線を照射する落射型蛍光顕微鏡と,標本の下部にある対物レンズを通じて紫外線を照射する倒立型蛍光顕微鏡とがあるが,ディッシュ等に生えている生きた細胞を観察するには,倒立型蛍光顕微鏡を用いる.落射型では,標本の上部にある対物レンズを通して紫外線が照射され,発する蛍光像を対物レンズを通して観察するので,ディッシュのフタと培地とによって対物レンズが標本(細胞)に近づけないために焦点が合わないことに加えて,ディッシュのフタと培地とによって紫外線が遮られて,十分な紫外線が細胞に到達せず蛍光を発しないからである.倒立型でもディッシュの底から紫外線を照射するので紫外線の減弱は起きるが,落射型に比べれば減弱は少なくて済む.
蛍光顕微鏡の維持と操作には熟練が必要なので,ここでは操作を先輩に任せて,いくつかの例を見せてもらうだけにしよう(蛍光タンパク質を発現させた細胞の様子については巻頭カラー図4参照).使いこなすためには別の本 ⓒを参考にしながら,先輩からの手ほどきを受けてもらいたい.
6)実験台の引き出し
- 培養室で使うさまざまな道具が入っている
- 使用頻度の高い道具をすぐに取り出せるように工夫して収納するとよい
- 引き出しの第一段目は,その机で使用する頻度が高いものを入れる
- 細胞をカウントする顕微鏡の置かれた台の引き出しには,ピペットマン,血球計算盤などを入れておく
7)戸棚
- 培地ビン,トリプシン/EDTA用のビン,ピペット缶などの滅菌した器具が収めてある.戸棚の扉はちゃんと閉まっている
8)水浴(27ページと同様)
- 無菌室で培地を保温しながら使いたいときに用いる
9)遠心機
- 細胞を遠心するのに使う.3,000回転くらいまでの低速遠心機でよい
- マイクロ遠心機は培養室での実験用の細胞の回収などに用いる
- 培地がこぼれたところにカビが生え,回転中に胞子をまき散らすようではおおごとである
- ローターもローター室(ローターが回転する場所)も清潔に保つこと
10)その他
幹細胞研究などを行う研究室では,セルソーターなどを無菌室あるいは隣の部屋に入れている場合もある.また,細胞へDNAを注入するエレクトロポレーション装置や顕微注射(マイクロインジェクション)装置などが置かれている場合もある.
ハイ,お疲れさまでした
講義の部分も無菌室への出入りも一通り復習しておいてもらうとして,実際にものに触れてみないと実感がわかないのは当然である.それは明日からの実習に期待しよう.明日,培養室に入るに際しての注意と,実習手順については,ぜひ予習しておこう.場合によっては実地に,そうでなくても頭の中だけで,培養室の前へ行き,ドアを開けて,と言う手順をなぞってみよう.無菌室への出入りだけについても,「アレ,ここはどうだったんだっけ」と思うことが出てくれば,それは不勉強なのではなく,忠実に“注意深く”手順を頭の中で再現できている証拠である.疑問点は,後でまとめて先輩に聞いて確認しておこう.では,明日に期待.