日本の感染症診療の変化
「東京楽しいよ!」と先輩に言われ九州から上京,東京で初期研修をはじめた私が病棟でまず直面したのは,(一番大事なのは社会人としての常識と教わりましたが)どの患者さんでも必要な栄養,疼痛コントロール,不眠,せん妄,電解質の解釈や補正方法などの対応でした.救急病院で勤務している私にとっては抗菌薬も実際に処方することが多くその1つでしたが,一気にたくさんの名前が登場し,使用する抗菌薬の種類や量も薬によって,患者さんによって,同じ状況でも指導医によって違うし…ということで,もう何が何だかわかりませんでした.感染症疾患のマネジメントにすごく苦労したので何とかするために教えていただき,問題解決のために学ぶなかで気づけば総合内科,感染症専門研修を終え,現在は感染症屋さんとして勤務しています.
この10年で日本の感染症診療は大きく変わりました.まだまだ不足しているとはいえ,現在は感染症医や(感染症に詳しいことの多い)総合内科医,総合診療医が増えてきており,感染症診療のスタンダードを教えていただく機会が増え,また仮にそうでなくても,現在は素晴らしい図書が多数出版されており,情報を得やすい時代となりました.医師国家試験で血液培養を何セットとるかを問うような問題も,本誌を手にとられている方々にとっては2セットというのが常識かもしれませんが,当時は1セットだったりしたものです.
抗菌薬:ほかの薬剤との違いは?
抗菌薬がほかの薬剤と決定的に違う特徴があるとすれば,それは「人体と体内に存在する微生物の両方,そして人体だけでなく環境に影響を与える」ということです.抗菌薬を使用すれば患者さんは治りますが,その一方で体内には耐性菌の出現のリスクが残り,それがほかの患者さんに伝播します.また環境中では,例えば農業や畜産業の世界では抗菌薬がたくさん使用されています.微生物の側からみれば,生き長らえるために耐性機構をもつのは当然のことで,それはヒト同様の進化の過程をたどっています.微生物との戦いにおいてヒトは,ペニシリンとそれに続く抗菌薬の開発により一時的に優位に立ちましたが,その後微生物の進化に対し新たな抗菌薬開発が手詰まりの状況となっており,現在ヒトは劣勢となっています〔この状況,映画パシフィック・リムのKAIJU(怪獣)とそれに対峙するために人類が開発するヒト型巨大ロボット:イェーガーの関係に似ています,第1世代イェーガーのチェルノ・アルファはペニシリンのようで好感がもてます.興味があればどうぞ〕.抗菌薬は「使えば使うほど使えなくなる」という特殊な薬剤であり,新たな開発も困難な状況となりつつありますので,今ある抗菌薬を大事に使うこと(使わないという判断も含めて)が全医療者に求められています.
感染症診療=抗菌薬学,微生物学だけではない.しかし非常に大事な一部分ではある
筆者の経験上,感染症に興味のある方は,私がそうであったようにまず抗菌薬や微生物を勉強してときにオタクレベルになる方々が一定数います.それは素晴らしいことなのです! しかしながら抗菌薬や微生物の特徴を熟知していることは非常に大事なのですが,診療上必須の種類はそんなに多くはありません.目の前の患者さんの背景や重症度と微生物の両方を勘案して治療することとなります.どうにかしたいのは悪さをしている微生物ではなくてヒト(患者さん)ということですね.今回は問題集形式であり,また誌面にも限りがあるため総論にはふれていませんが,あくまで治療するのは患者さんであり,患者背景を理解しどの臓器に問題があるのか(感染症? 非感染症? など鑑別診断をあげることを含めて),問題を起こしている微生物はどれなのか? など内科の基本を考えることが最も大事です(表).この特集でそのベースとなる抗菌薬や状況別の対応の知識を学んでいただければ幸いです.
この特集のねらい
この特集は臨床の最前線でスタンダードな感染症診療を実践されている先生方にご執筆いただき,初期研修医が総合内科や感染症科など感染症を扱っていることが多い診療部門を1,2カ月ローテートする間にこの辺りまではおさえてほしいという内容を,問題形式で呈示してもらう形としています.これからそれらの科をローテートする入職したての皆さんも,すでにローテート済みの皆さんも,この問題を解いてみて学習にお役立ていただけますと幸いです.
引用文献
1) 「感染症診療のロジック」(大曲貴夫/著),南山堂,2010
羽田野義郎(Yoshiro Hadano)
聖マリア病院 感染症科
2005年 宮崎大学卒業.国立国際医療センター(現:国立国際医療研究センター)初期研修,2012年 静岡県立静岡がんセンター感染症内科フェローシップ修了.研修医の頃に勉強させていただいていたレジデントノートを今回編集させていただくのは非常に感慨深いものがあります.