なぜ病棟指示を学ぶのか?
病棟指示(入院時指示,有訴時指示,指示簿,約束処方などと呼び名はさまざまです)は,多くの病院で入院患者さんを担当したら初日のうちに必ず記載することになる業務の一つです.この病棟指示というのは,研修の早い段階でも「○○先生,指示簿書いてみる?」といった具合に,上級医の先生から任せてもらえる可能性のある仕事でもあります.すなわち,研修がはじまったばかりの時期から研修医の皆さんが輝くことができるチャンスの場といえます.それと同時に,自分たちの出した指示の内容次第で,患者さんにとって有益にも有害にもなりうるという,責任のある仕事でもあるのです.
一方で,病棟指示の出し方を体系的に学ぶ機会は少ないと思います.そのため,用意されているテンプレートを利用したり,救急外来や普段の診療内で学んだことを応用したりして指示を出しているかもしれません.しかし,テンプレートをそのまま流用してしまうと,特に高齢者や複数の併存疾患をもつ場合には有害な指示となってしまう項目が含まれていることもあります.また,病棟指示の出し方やその薬の使い方は,通常の外来診療とは必ずしも同じではなく,病棟での診療に特有の考え方や薬の選び方が必要となるのです.
そこで今回,病棟指示を適切に出すための考え方や頻用薬の基礎知識について,短期間で習得できる特集を企画させていただきました.
こんな病棟指示は嫌だ
各論での具体的な指示や頻用薬の解説に進む前に,日々の日常診療のなかで,しばしば遭遇するマズい病棟指示について,以下に「こんな病棟指示は嫌だ」という形で提示してみます.これらのNGケースを眺めることによって,きっと望ましい病棟指示の輪郭を捉えることができるでしょう.意外にも,一生懸命にやっているからこそ陥りがちなNGケースもある点がポイントです.
こんな病棟指示は嫌だ① 患者さんごとにテーラーメードの指示
病棟指示のコンセプトは,「入院中に生じうる出来事を予測し,あらかじめ備えること」です.経験を積んでくると,症例ごとに詳細な指示が出したくなるかもしれません.確かに病態によっては詳細な指示が必要な場面もあるのですが,入院患者さん全員の指示を個別に変えていると,病棟内で指示が十分に認知されず,せっかく組んだ指示が通らないということも生じてしまいます.
そこで,多くの場面で安全に使用できる汎用性の高い定型の指示のパターンをいくつか知っておき,基本的にはそれを用います.そして,ここぞ,という症例に限ってテーラーメードの指示を出すようにしましょう.
こんな病棟指示は嫌だ② 内容が細かすぎる指示
指示内容が複雑だと,読み落としや意図が伝わらないリスクが高まるため,できる限り簡潔な指示をめざします.この観点からは,医師向けのマニュアルのような複数のステップに沿った治療フローをそのまま転記することは望ましくないといえます(複数のステップを要する対応を病棟指示として記載してもよいかは,その対応に慣れた専門病棟かどうか,担当スタッフと状況の共有が十分にできているかなどの要素も考慮が必要です).
こんな病棟指示は嫌だ③ Dr.Callのタイミングがわからない指示
病棟指示の記載は,厳密には,観察項目・閾値を超えたときの薬剤使用指示・Dr.Call指示の3つの項目から構成されます.このうちDr.Call指示は,どのタイミングで主治医や当直医を呼んでほしいかというものです.この記載は省かれがちですが,設定しておくことで医師も看護師も(そして患者さんも)気持ちよく過ごせるはずです.何か症状があるたびにDr.Callしてもらうのはさすがに身が持たないので,新たに出現した症状の場合など医師によるアセスメントがすんでいないものに関しては病棟指示の薬剤・処置を使用するタイミングで医師に一報入れてもらうように記載しておくことなどが現実的な指示となります.
また,入院初日の時点で当該患者さんが入院後に呈しうると予測される症状を病棟スタッフと共有しておくことや,何かおかしいと思ったときや判断に迷ったときに気軽に相談してもらえる関係づくりをしておくことが大切です.
こんな病棟指示は嫌だ④ 同じ指示が入院時から出しっぱなし
病棟指示は入院時に一度記入して終わりではなく,入院後の経過に応じて,常に吟味する必要があります.入院した当初には必要だった観察項目(例えばバイタルサイン3検や心電図モニターなど)であっても,入院後の経過に応じて必要な頻度が減っていったり,不要になったりしていくはずです.入院当初の指示がずっと残ったままになっていると,人的負担はもちろん,モニター機器の不足などを招いてしまい,その指示が病棟の負担になってしまう可能性もあります.指示内容は入院経過に応じて見直し,病棟スタッフが真に観察が必要な症例に十分に力を注げるように調整しておきましょう.
病棟指示での薬の選び方
病棟指示で使用する候補となる薬剤にもいくつか条件があります.その結果として,外来での頻用薬がふさわしくなかったり,病棟ならではの薬剤を使うことになったりします.
Applicability(適用の幅広さ),fast-Acting property(即効性),Accessibility(アクセスのしやすさ)の3つのAを兼ね備えた薬剤が病棟指示で使いやすいものとなります.
Applicability(適用の幅広さ)
前述の通り,病棟指示というものは,汎用性が高く定型的であることが求められます.それに伴い,使用する薬剤も併存疾患(腎機能障害など)などによる制限が少なく,副作用も少ないものが望ましいでしょう.
fast-Acting property(即効性)
病棟指示が発動する時点で,すでに患者さんは症状に苦しんでいます.もしかすると,しばらく我慢していたけど我慢できなくなったとか,症状のために眠れなくて困っているという場面もあるかもしれません.少しでも早く症状を改善させてあげるためにも,fast-acting property(即効性)の要素も大切です.効果発現に数時間かかるような薬剤は,頓用使用で,なおかつ本人が好きなタイミングで使用できない,という病棟指示においては不向きといえます.
Accessibility(アクセスのしやすさ)
薬剤へのアクセスのしやすさは忘れられがちですが,病棟での診療においては重要な要素です.使用時にその都度,溶解や調合する必要がある薬,新たにルートを確保しないといけない薬,薬局に取りに行かないといけない薬であったら,特に人手が少ない夜間などでは提供に時間がかかってしまい,仮にfast-actingな薬剤であっても,その価値は落ちてしまいます.逆に,病棟常備薬として指定されている薬剤があるとすれば,それはaccessibilityが高く,病棟指示に使いやすい薬剤といえるでしょう.
このような要素を加味しながら,病棟指示に使う薬剤を選定します(したがって,働く施設や病棟によって,これが唯一の正解の薬剤だと言い切れないのが難しいところでもあり,おもしろいところでもあります).
ここがポイント
病棟指示に使う薬剤は,
“誰にでも 手早く使えて 早く効く!”
ものを選ぶべし
実際の病棟指示の例
以下のような症例の場合,皆さんなら病棟指示をどのように出すか,考えてみてください.
症例
80歳女性が誤嚥性肺炎で入院となった.鼻カニューレ3 L/分で酸素投与を行っている.初日は絶食で点滴加療とする方針とした.
既往歴に高血圧,パーキンソン病,便秘症,慢性腰痛症があり,アムロジピン錠1回5 mg 1日1回朝食後,レボドパ・カルビドパ水和物錠1回100 mg 1日3回毎食後,酸化マグネシウム錠1回500 mg 1日3回毎食後を内服している.
下記は,本特集で学んだ知識をもとに出した指示の一例です(図).
皆さんが想像していた指示の内容と一致していましたか? もし異なる部分があれば,なぜそうなるのかを各論を読んで確認してみてください.もちろん決まった一つの指示の出し方があるわけではありませんが,本特集を通じて,前述の事項を考慮しながらも自分なりの狙いをもって指示が出せるようになってもらえればと,著者一同願っております.
松原知康(Tomoyasu Matsubara)
広島大学 脳神経内科
研修医時代の私の心のベストテン第1位は,Mr.Childrenの「彩り」という曲でした.
“なんてことのない作業が回り回り回り回って 今 僕の目の前の人の笑い顔を作ってゆく”
ちゃんとした指示を書けるようになる,自信をもって使える薬のレパートリーを増やす,どれもなんてことのない些細なことかもしれませんが,その1つ1つが大事な医師としての土台となると私は思っています.本書が頑張る皆さんの一助になれば幸いです.