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記事収録書籍

レジデントノート2022年4月号 Vol.24 No.1

身体診察 いざ、「型」から「実践」へ

頭から爪先まで、現場の診察手技と所見の意味を知って実臨床に活かす!

中野弘康,石井大太/編

定価:2,200円(本体2,000円+税)

身体診察

特集にあたって

身体診察のキホンをマスターする

中野弘康

4月―.長い学生生活を経て,晴れて医師国家試験に合格された皆さんは,これから医師として,さまざまな科をローテートしながら,いろいろな経験を積まれることと思います.どこの科を回ろうと,そしてどんな科の医師になろうと,この2年間で身につけていただきたい基本は,病歴聴取,バイタルサインの解釈,身体診察の習得に集約されると思います.救急医でご高名な坂本 壮先生(国保旭中央病院 救急救命科)は,2020年4月号の本誌巻頭言1)で,ERでエラーを起こさないために大切なことの1つとして,“Hi-Phy-Vi〔Hi:history(病歴聴取),Phy:physical(身体診察),Vi:vital signs(バイタルサイン)〕を重要視した検査のオーダーを!”と述べておられますが,まさに同感です.

私が医学生の頃は今ほど症候学を系統立てて学ぶ機会はありませんでした.当時は共用試験OSCE(objective structured clinical examination,客観的臨床能力試験)が導入されたころで,とりあえず実技試験に受かるためにtop to bottomで通り一辺倒の診察手技のみ暗記したものです.当然短期間で詰め込んだ知識は薄れ,実際に臨床現場に投入されて生の患者さんを診察してもその所見が正常なのか異常なのかがよくわからず,診察手技を問われても「??」という感じでした.その理由の1つは,患者さんの病歴やバイタルサインの情報が与えられず,臓器ごとに特化した診察手技を患者不在の環境でpassiveに教えられてきたからだと考えています.私が医学生だった15年前と今を比べると,卒前の身体診察の教育現場にはだいぶ変化が訪れているとは思いますが,それでもまだまだ発展途上ではないでしょうか.

本来,身体診察には病歴やバイタルサインの情報が必須です.病歴があってはじめて鑑別診断が展開でき,患者さんの全身状態やバイタルサインを病歴に加味しつつ,activeに身体所見を探しにいくものです.例えば数週間微熱と倦怠感が続く若い女性で,最近抜歯したという病歴が聴取されれば,あなたは感染性心内膜炎を疑って,手,足,目の診察や心雑音の聴取を念入りに行うでしょう.

もちろんはじめからこのような推論がすいすい行えるとは思えません.慣れないうちは診断がついた患者さんの病歴を聴取し,身体所見をしつこく確認する作業が必要です.例えば肺炎球菌性肺炎と診断がついた患者さんを受け持ったら,“悪寒戦慄や鉄さび色の痰を伴う湿性咳嗽がなかったか?”等の病歴を確認し,胸部聴診で汎吸気性雑音(holo-inspiratory crackles)を確認する.抗菌薬治療を行ってただ漫然と血液検査所見や胸部単純写真の変化に目を奪われるのではなく,日々ベッドサイドに行き,肺炎の改善に伴う副雑音の改善過程を確認する…こういった地道な作業が臨床ではとても大切です.現代はCOVID-19の影響で,keep distanceのもと,患者さんに触れる機会が減ってしまったのはとっても残念ですが,実臨床で診察のスキルを学ぶには,こうやって愚直に患者さんのもとを訪れ,他愛のない話をしながら,身体に触れて学ばせていただく謙虚さが必要です(ウイルスの曝露にはもちろん十分注意しながら…ですが).

研修医の皆さんは,救急室や内科外来で自分が経験した症例は大切に記録・保存し,印象に残った症例や興味深い訴え・症状で来院した症例は学会や研究会で発表したり,同僚や上級医とディスカッションすることで,経験を共有してほしいと思います.臨床推論の過程で判断を誤った場合は,必ず振り返りを行いましょう.これをくり返すことで,pertinent positive/negative(診断を行ううえで意味のある陽性/陰性所見)を意識した病歴聴取が行えるようになり,より特異度の高い身体所見を探しにいくことができるようになると信じています.

特に,救急室で診療に従事する場合は,トリアージシートに記載された主訴とバイタルサインから2,3の鑑別を思い浮かべてから患者さんを呼び入れてください.鑑別診断が思い浮かばないなかでただ漫然と病歴を聴取するのは非効率です.また,せっかく,看護師がバイタルサインをとってくれていてもそれが診療に生かせないのはもったいないです.ぜひ病歴とバイタルサインから鑑別診断を展開し,診断を行うために特異度の高い身体所見を探し,検査で確定させるプロセスを体得して日常診療を楽しみましょう.

今回は,日々研修医をアツく指導されている先生方に,commonな身体所見の陽性所見/陰性所見にフォーカスをあてて写真や動画・音声をご披露いただくという,非常に贅沢かつずうずうしいお願いをしてしまいました.“OSCEの一歩先”をイメージして,身体診察の“型”を実臨床に生かせるよう,工夫された内容になっています.

お忙しい時間の合間を縫って,原稿をお寄せいただいた指導医の先生方,羊土社編集部レジデントノート担当者の皆さんにこの場を借りて厚く御礼を申し上げます.また,今回一緒に編集を担当してくれた,浦添総合病院 病院総合内科の石井大太先生にも心から感謝いたします.どうもありがとう.

引用文献

1) 坂本 壮:特集にあたって 〜救急対応の合間にドリルで頭の整理を! レジデントノート,22:18-20,2020

中野弘康(Hiroyasu Nakano)
大船中央病院 内科
2008年東邦大学医学部卒業.大船中央病院,聖マリアンナ医科大学消化器・肝臓内科,川崎市立多摩病院を経て2019年より現職.最近のもっぱらの関心事は,不定愁訴患者さんの診療.國松淳和先生(南多摩病院)の著書に刺激を受けて,鎌倉の地域で“臓器に拘らない医療”を展開している.

※本サービスに記載の診断法・治療法,ならびに著者プロフィール・所属機関等の情報は,レジデントノート2022年4月号の発行時点のものとなります.引用している診療ガイドライン等の改訂については,ガイドライン発行元学会等の最新情報を確認していただく必要があります.