一般病院で増えるせん妄患者
研修医の皆さんもご存知のように,近年になって一般病院の入院患者層は大きく変わりました.超高齢社会を迎えて入院患者さんは高齢化の一途を辿っており,認知症の患者さんも増えています.また,2人に1人はがんに罹患する時代となり,がん治療のために入院する患者さんも多くなる一方です.
これらの患者さんは,いずれもせん妄の発症リスクが高いと考えられます.したがって,今や一般病院では入院患者さんの大半がせん妄ハイリスクとなっています.また実際にせん妄の発症が後を絶たないことから,医療スタッフは日夜せん妄の対応に追われているといっても過言ではありません.皆さんもいろいろな科をローテートするなかで,せん妄の対応に苦慮した経験は少なからずあるでしょう.
「せん妄の患者さんは,精神科の先生に診てもらえばいい」.このような声をしばしば耳にしますが,はたしてそうなのでしょうか? 私の答えは「ノー」です.確かに,せん妄でみられる不穏や幻覚・妄想などの精神症状は,精神科医が普段から治療ターゲットとしている症状です.また,せん妄の薬物療法では抗精神病薬がよく用いられますが,精神科医はその抗精神病薬の使い方に習熟しています.そのため,せん妄の治療における精神科医への期待は,きわめて高くなっているように感じます.このことは,一精神科医として嬉しくはあるのですが,残念ながら大きな問題点が2つあります.
精神科医とせん妄
問題点の1つ目,これは精神科医の諸先輩方からのお叱りやご批判を覚悟して書きますが,研修医の皆さんが思っているほど精神科医はせん妄の対応が得意ではありません.それは,精神科医としての力量の問題ではなく,精神科病棟ではせん妄を診る機会が少ないからです.では,なぜ少ないのか? それはひとえに,せん妄の直接的な原因が身体疾患や薬剤,手術であるということに尽きます.つまり,せん妄は全身状態が悪いときや手術の後に発症するため,一般病棟やICU(集中治療室)で起こることがほとんどなのです.もちろん,精神科病棟に入院している患者さんが,経過中に何らかの身体疾患を発症することはありますが,せん妄をきたすほどの身体状況であれば多くは一般病棟に転棟となるため,実質的なせん妄の対応は一般病棟の医療スタッフに委ねられます.したがって,身体科の医療スタッフとの連携を行うリエゾン精神医学や精神腫瘍学(サイコオンコロジー)などを専門としていない限り,一般的な精神科医は必ずしもせん妄に対する知識やスキルに長けているわけではないのです.
2つ目は,そのようなリエゾン精神医学や精神腫瘍学を専門としている精神科医自体が,かなり少ないということです.入口として,最初から「リエゾン精神科医になりたい!」と志して精神科医になる人はきわめて珍しく,統合失調症や気分障害,認知症などの病態やその治療に興味をもって精神科医になることがほとんどです.そして,精神科医としての研鑽を積むなかでリエゾン精神医学や精神腫瘍学という分野に触れ,興味・関心をもった一部の精神科医がそれを自らのサブスペシャリティとし,アウェイである一般病棟をフィールドに孤軍奮闘しているのです.そのため,一般病院の1割程度にしか常勤の精神科医が配置されていないという厳しい現実があり,精神科医が不在の病院が大半となっています.そして,残念ながらこの傾向は当面続く可能性があり,個人的には由々しき事態と考えています.
せん妄対策の主役は研修医の皆さん!
このように,精神科医は必ずしもせん妄に明るくないこと,そして一般病院にそもそも精神科医が少ないことを考えると,せん妄に遭遇する機会が最も多い身体科医こそ,せん妄について十分な知識やスキルを身につけておく必要があります.さらにいうと,研修医という多くの知識をスポンジのように吸収できるフレッシュな時期に,せん妄に対する適切なアプローチを理解しておくことは,実はとても重要ではないかと考えています.
これらを踏まえ,本特集では「明日からの臨床現場ですぐに使える,せん妄の実践的知識やスキルを身につける」をコンセプトとして,臨床の第一線で活躍中の先生方にご執筆いただきました.思い切って「病態生理」や「疫学」などは省き,実践的な知識やスキルをメインに扱うことにしました.また,図表や症例呈示なども豊富に取り入れたので,研修医の皆さんにとってイメージしやすい内容になったのではないかと自負しています.
せん妄は一見するとつかみどころがなく,大変なように思えますが,本特集を参考にしていただくことでそのアプローチに自信をもっていただければ幸いです.皆さん,これを機に,ぜひ前向きにせん妄対策に取り組んでください!
井上真一郎(Shinichiro Inoue)
岡山大学病院 精神科神経科
詳細は「せん妄の診断と鑑別」参照.