癌の発症・進展・薬剤耐性にかかわるmicroRNAの翻訳制御ネットワークの理解から,特異な発現プロファイルに着目した癌診断・治療応用の動向まで,microRNA研究の最新知見がわかる1冊です.
目次
特集
microRNAの制御異常と癌
癌の発症・進展に関わる分子ネットワークの理解からバイオマーカー,治療標的としての応用へ
企画/落谷孝広
概論—microRNAが制御する多彩な生命現象と癌研究の接点【落谷孝広】
内在性の低分子RNAであるmiRNA(microRNA)は,いわゆる「ファインチューナー」として,遺伝子発現をさまざまなかたちで精巧に調節することがわかってきた.さらに,miRNAによる制御システムに生じた異常は,癌を中心とするヒトの疾患の発生や進展とも大きくかかわることが次々と明らかになっている.本特集では,miRNAによる多彩な生命現象の制御機構解明が癌研究にいかに貢献するのかを中心に,最新の知見を紹介する.
microRNAの発現プロファイルと癌【間野博行】
miRNA(microRNA)は18〜25塩基からなる低分子量RNAであり,標的メッセンジャーRNAの3′非翻訳領域に結合し,タンパク質産生を制御すると考えられている.癌細胞における染色体の不安定領域にしばしばmiRNAはマップされており,各種癌細胞が固有のmiRNA発現プロファイルを有することも明らかになった.しかも各種癌患者の生命予後にリンクするプロファイルも同定され,さまざまな形でmiRNAの異常が発癌に関与していることが明らかになった.実際これら発現異常を示すmiRNAの一部は癌遺伝子あるいは癌抑制遺伝子として働くことが確認されつつある.
miR-21の発現亢進と発癌—亢進は癌の原因か,結果か? またいかに亢進を抑制するのか?【原口 健/伊庭英夫】
miR-21は,ほとんどのヒト癌において近傍の正常組織より高い発現を示すという著しい特徴があり,バイオマーカーとしての有用性から多くのmiRNA(microRNA)のなかでも特に注目を集めている.しかし,発現解析から離れるとmiR-21の亢進が癌の原因であるのか,結果であるのかといった基本的な問題の解明すら進んでいない.本稿では,この問題に対するわれわれの現時点での考え方とその根拠を示しながら,ますます蓄積する癌治療と診断におけるmiR-21の重要性を遺伝子発現ネットワークの視点から概観する.さらに,つい最近われわれが開発に成功した,特定のmiRNAを特異的にかつ長期的に抑制する強力なDecoy RNAである,TuD RNA(Tough Decoy RNA)とそのmiR-21抑制例について紹介する.
癌の薬剤耐性とmicroRNA【竹下文隆/落谷孝広】
抗癌剤による化学療法は現在の癌治療において重要な役割を担っているが,薬剤耐性の出現が問題とされ,癌細胞の薬剤耐性能の獲得の機序の解明や,抗癌剤に対する感受性の指標となるバイオマーカーの探索に関する研究が盛んに行われている.近年では,miRNA(microRNA)の発現と癌の薬剤耐性との関連について示唆する報告が出されており,新たな薬剤耐性の制御機構として注目されている.
miR-34aの細胞増殖抑制機構と大腸発癌における役割【土屋直人/中釜 斉】
Small non-coding RNAの1つであるマイクロRNA(microRNA:miRNA)は,自身の塩基配列と相補性を有するmRNAを標的として遺伝子の発現制御を行う.miRNAによる遺伝子発現制御システムは,個体の発生や分化に必須である.近年,miRNAの機能異常に起因する遺伝子発現制御機構の破綻とヒト疾患との関連が示唆されている.特に,miRNAの発現異常が複数のヒト癌で報告され,発癌とmiRNAの機能異常との関連が注目されている.miR-34a(microRNA-34a)は,われわれを含む複数のグループが同時期に報告した癌抑制的miRNAであり,癌抑制因子の代表であるp53により転写制御されることが証明されたmiRNAの第1号である.miR-34aは,細胞周期関連因子の発現抑制とp53の活性化を介して,癌細胞の増殖を強く抑制する機能を有している.
microRNAの異常と肺癌の分子病態【細野祥之/鈴木 元/高橋 隆】
肺癌は日本を含む多くの先進諸国で長年にわたり癌死亡率の第1位を占めているにもかかわらず,その治療成績に関しては大きな進歩が得られていない.近年,ノンコーディングRNAの1つであるmiRNA(microRNA)の異常が,肺癌の発生・進展に深くかかわっていることが明らかになりつつある.本稿では肺癌の発生・進展におけるmiRNAの果たす役割について最近の知見を含めて概説するとともに,miRNAを標的とした肺癌治療の臨床応用の可能性についても言及する.
癌のバイオマーカーとしてのmicroRNA【黒田雅彦/田中正視/及川恒輔/水谷隆之/大屋敷純子/大屋敷一馬】
癌の医療において早期癌の根治治療が可能になった今日,特に早期に癌を診断することの重要性が再認識されている.miRNA(microRNA)は,遺伝子の発現を調節する機能を有するncRNA(ノンコーディングRNA:タンパク質への翻訳はされないRNA)の一種である.最近の研究から,miRNAは正常なヒトの成長および発達に重要な影響を与えていることがわかってきたが,一方,癌との関連についても注目されている.本稿では,特に癌のマーカーとしてのmiRNAの重要性,特に血清中に存在するmiRNAに関してのこれまでの背景に加え,われわれの最近の知見を紹介したい.
追悼
がん遺伝子研究のパイオニア・花房秀三郎先生を偲んで【渋谷正史】
トピックス
カレントトピックス
オートファジー関連遺伝子Atg16L1はエンドトキシンによる炎症反応を制御している【齊藤達哉/藤田尚信/吉森 保/審良静男】
Notch受容体活性化の場としてのリソソーム様小器官【山田健太/山川智子/Martin Baron/松野健治】
食餌制限における低分子量GTPase Rhebの二重の役割【本城咲季子/西田栄介】
Rac1によるMR活性促進機構とその腎障害における役割【柴田 茂/長瀬美樹/藤田敏郎】
News & Hot Paper Digest
生物の体の成長と栄養状態をつなぐ分子メカニズム
ヒト細胞にはじめて見つかったRNAスイッチはVEGFAを制御する
師曰くフォースはわれらとともにあり—機械的力が化学的シグナルに変換されるメカニズム
核内構造の屋台骨
オバマ政権下のヘルスケア改革
連載
クローズアップ実験法
共焦点レーザー顕微鏡から出力される多チャンネルデータの立体再構成法【大綱英生】
研究の始め方・進め方・まとめ方【最終回】
第4回 研究をまとめる【山口雄輝】
疾患解明 Overview
グルタミン酸代謝異常疾患としての正常眼圧緑内障【相田知海/武田拓也/田中光一】
モデル生物の歴史と展望
第4回 バイオリソース・ショウジョウバエの歴史と展望—遺伝学研究の最前線を飛び続ける【山本雅敏】
ラボレポート−独立編−
夢をかたちにするために—Marie Curie Research Institute【山野博之】
関連情報