明かされゆくがん免疫応答の分子メカニズム.免疫抑制環境の改善と,がんワクチン・アジュバント・細胞移入による免疫増強の統合的アプローチで,がんの免疫制御はどこまで可能となるか?!研究の最前線に迫ります.
目次
特集
解明から制御へ向かう
がん免疫応答の分子機構
免疫抑制的がん微小環境の理解からがんワクチン・細胞療法の開発まで
企画/河上 裕
概論—がん細胞と免疫系の相互作用の分子機構とその制御—がんの免疫制御はどこまで可能か【河上 裕】
がんに対する免疫応答を考える場合,がんの遺伝子不安定性や,発がん・進展に伴うがん細胞亜集団の存在を基本として,がん細胞と多様な間質細胞群や免疫細胞群との相互作用を,発がんから増殖・転移まで経時的に,かつ,がん組織や所属リンパ節さらに骨髄などにおいて解剖学的に,分子・細胞レベルで理解することが重要である.がん免疫研究の目的の1つは,がんの免疫制御の可能性の追究であるが,効果的な免疫療法の開発のためには,これらの細胞群の相互作用の理解に基づいた総合的な免疫操作技術の開発が重要である.
CD8+細胞傷害性T細胞の制御による抗腫瘍免疫増強—養子免疫療法・タンパク質ワクチン【池田裕明/珠玖 洋】
CD8+T細胞は抗原特異性と腫瘍破壊能力をもち,抗腫瘍免疫応答に中心的役割を果たす.しかしながら,がん抗原に対する免疫応答の制限の機序や,担がん生体における免疫抑制機構が明らかとなるにつれ,効果的ながんの制御には腫瘍特異的CD8+T細胞の誘導をめざした単純な治療だけでは不十分であり,免疫抑制機構の解除や他の細胞群の活性化などを組合わせた複合的アプローチが必須と考えられるようになっている.本稿では,これらの理解のもと,がんワクチンやT細胞移入療法の現状と未来について解説する.また,がんの免疫制御をめざしたわれわれの取り組みとして,驚異的ともいえる臨床成績が報告されている,腫瘍特異的T細胞移入療法を多くの患者に適用可能とするTCR遺伝子改変T細胞移入療法と,複合的免疫活性化をめざしたタンパク質ワクチンの開発といった最新の革新的治療法を紹介する.
免疫抑制機構およびがん特異的免疫誘導にかかわるT細胞免疫応答【西村孝司/脇田大功/茶本健司/大栗敬幸】
最近,がん生物学の分野ではがん幹細胞の概念が,また免疫学の分野では新しい免疫バランス制御のパラダイムが提唱され,がん細胞自身が自らの増殖をサポートするだけではなく,免疫系を味方に取り込んで無限な増殖を続けていくしくみをもっていることが明らかにされてきている.本稿では,がん微小環境における免疫抑制・がんエスケープの新しい誘導機構に関与するTregやIL-17産生T細胞についてまず紹介し,次に免疫抑制を打破してがん特異的免疫を誘導するために重要なTh1,Tc1細胞の意義やCD4+T細胞の臨床研究への応用例についても述べる.
アジュバントによる樹状細胞制御の分子機構と抗腫瘍免疫【瀬谷 司/志馬寛明/松本美佐子】
がんは体細胞遺伝子の多段階変異に炎症シグナルが加わって起こる炎症起因性の疾患である.がんの増悪シグナルには腫瘍浸潤マクロファージ(TAM)が関与する.一方,抗がん免疫も炎症応答から起動するが,樹状細胞が司令塔である.したがって,がんの浸潤・増悪も抗がん免疫による腫瘍退縮も,ともにミエロイド細胞がパターン認識受容体で微生物・自己由来のパターン分子(PAMP,DAMP)を認識する過程で起こる自然免疫応答が基盤にある.われわれは自然免疫の遺伝子改変(KO)マウスとその樹状細胞を用いて,NK,CTLなどのエフェクター誘導に必要な樹状細胞の成熟化経路を解明した.
熱ショックタンパク質を用いた樹状細胞制御と抗腫瘍免疫増強【田村保明/鳥越俊彦/佐藤昇志】
外来性抗原としてのHSP—抗原複合体は樹状細胞に取り込まれたのち,MHCクラス・抗原提示経路に入り,細胞表面上のMHCクラス・によって抗原提示される,いわゆるクロスプレゼンテーションにより細胞傷害性T細胞を誘導することが明らかにされている.効率のよいクロスプレゼンテーションには,HSP—抗原複合体が“静的”初期エンドソームに誘導されることが肝要である.HSPは結合分子の樹状細胞内局在を時・空間的に制御可能であり,この特性を応用した革新的ながん免疫制御の確立が期待される.
抗体を用いたがんに対する免疫応答の制御【八木田秀雄】
多様ながん細胞にアポトーシスを誘導するTRAILの細胞死誘導性受容体(DR5)に対するアゴニスト抗体は現在第I/II相臨床試験が行われているが,著効を認めるには至っていない.われわれは,マウスの可移植性腫瘍や発がんモデルを用い,抗DR5抗体と種々の免疫系を賦活化する抗体あるいは免疫抑制系を阻害する抗体との組合わせにより,強力な抗腫瘍免疫応答の誘導が可能であることを見出した.本稿では,がんの免疫的制御に向けた分子標的における抗体の有用性を紹介する.
がん細胞による免疫抑制・抵抗性の分子機構とその制御【河上 裕/住本秀敏/工藤千恵/塚本信夫/谷口智憲】
がん細胞はTGF-βなどの免疫抑制分子の産生や,制御性T細胞や骨髄由来免疫抑制細胞といった免疫抑制性細胞の誘導を介した,全身性および腫瘍組織や所属リンパ節などでの局所的免疫抑制環境の構築,また,免疫細胞の攻撃に対する抵抗性の獲得によって,免疫システムから逃避し増殖する.がんの治療,特に免疫療法では,免疫抑制・抵抗性の分子・細胞機構を解明し克服法を開発することが重要である.多様な免疫抑制分子や細胞だけでなく,その産生誘導カスケードの起点となるがん細胞の遺伝子異常やシグナル伝達異常は,下流の複数の免疫抑制因子の同時阻害につながるので,重要な治療標的と考えられる.
トピックス
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NMRを使ったヒト細胞内タンパク質の立体構造・機能のライブ観察【杤尾豪人/猪股晃介/伊藤 隆/白川昌宏】
脳血管内皮細胞はオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を促進する【荒井 健】
NEMOによる直鎖状ユビキチン鎖の特異的認識はNF-κB活性化に重要である【池田史代/Simin Rahighi/若槻壮市/川崎政人】
ゼブラフィッシュmiR-1とmiR-133は骨格筋の遺伝子発現と筋節アクチン構造を制御する【三嶋雄一郎】
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「機能性」アミロイドが担うペプチドホルモンの貯蔵
1分子DNAシークエンサーを用いたデジタルトランスクリプトーム解析
進化生物学への挑戦状
クロマチン結合性PHDフィンガーの異常は白血病の原因となる
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クローズアップ実験法
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