世界で2億人近い患者がいるとされる糖尿病.血糖制御を司るユニークなシグナル受容体,インクレチン機能から,肥満やインスリン抵抗性に関わる抗肥満因子まで,新たな治療への応用が期待される注目のメカニズム!
目次
特集
新たな治療戦略につながる 糖尿病の分子標的
インスリン・グルカゴン分泌制御のシグナル機構から摂食調節や慢性炎症,認知症の関与まで
企画/綿田裕孝
糖尿病の病態メカニズムの解明と新規分子標的の探索【綿田裕孝】
現在,世界中で2型糖尿病患者数は増加の一途をたどっている.日本も例外ではなく,2007年の推定糖尿病患者数は890万人にのぼることが知られている.糖尿病患者は非糖尿病患者に比して,平均寿命が10年短く,さらに,QOLを低下させる合併症を伴いやすいことがよく知られており,今後は,2型糖尿病の根治や,予後改善をもたらす新規治療薬の開発が強く望まれる.近年,血糖制御,糖尿病の病態,および合併症発症の詳細な分子基盤の解明が進んでおり,新規糖尿病分子標的が発見されている.本特集では,それらのなかでも特にユニークな分子機構の研究の最前線を紹介する.
膵β細胞に発現する甘味受容体─その機能と生理学的意義【小島 至/中川祐子】
舌の味蕾に発現し甘味物質を感知する甘味受容体は,C型Gタンパク質共役型受容体T1R2とT1R3のヘテロ二量体により構成される.甘味受容体は小腸の内分泌細胞や視床下部のグルコース応答性ニューロンにも発現しているが,さらにインスリンを分泌する膵β細胞にも発現している.膵β細胞では,人工甘味料などの甘味受容体アゴニストの投与により著明なCa2+,cAMPの増加が観察されインスリン分泌が促進される.また甘味受容体は高濃度グルコースによって活性化され,グルコースが産生するすばやいシグナルに関与している.
脂肪酸をリガンドとするGPCR─2型糖尿病の新規分子標的としての可能性【辻畑善行/安間常雄/武内浩二】
近年,脂肪酸またはその誘導体をリガンドとするGタンパク質共役型受容体(GPCR)が,膵β細胞の機能調節に関与していることが明らかとなった.なかでも,GPR40とGPR119は,膵β細胞に高発現し,グルコース濃度依存的なインスリン分泌促進作用を担うことから,新規糖尿病治療薬の標的分子として研究されている.本稿では,これらの受容体の膵β細胞における機能について概説し,最近のGPR40およびGPR119作動薬の薬理成績について紹介する.現在,臨床試験が進行している新規GPR40作動薬であるTAK-875が示す薬効プロファイルは,脂肪酸をリガンドとするGPCRが新規糖尿病治療薬の標的分子となる可能性を示唆している.
セロトニンによる妊娠時の膵β細胞機能・容積変化のメカニズム【綿田裕孝/豊福優希子/内田豊義】
妊娠に伴い,母体は徐々にインスリン抵抗性を示すようになる.これを代償するために,膵β細胞の増殖が亢進する.これは,唯一の生理的な膵β細胞増殖亢進現象ととらえられる.一方で,2型糖尿病の致命的な欠陥の1つとして,ライフスタイルの悪化による病的なインスリン抵抗性に対して,膵β細胞増殖亢進が不十分であることがあげられる.したがって,妊娠に伴う膵β細胞容積増加機構を解明すれば,これを応用し2型糖尿病の致命的変化である膵β細胞容積低下を防げる可能性がある.以上の理由から,これまでも妊娠時の膵β細胞機能変化に関して多数の研究が行われてきたが,われわれは最近,妊娠時の膵島における遺伝子発現変化を網羅的に解析することで,妊娠期の膵β細胞でセロトニンの発現が著明に亢進し,膵β細胞増殖を促進させる作用を有することを見出した.本稿では,妊娠時のセロトニンと膵β細胞機能変化に関して概説する.
膵島内作用を介した膵α細胞グルカゴン分泌調節【河盛 段】
膵島α細胞より分泌されるグルカゴンはβ細胞より分泌されるインスリンとともに全身の糖代謝において重要な働きを担っているが,糖尿病においてはこれらのバランスが崩れており,その病態において重要な位置を占める.グルカゴン分泌はさまざまなメカニズムの関与により複雑かつ高度に調節されているが,近年特にインスリンを介した膵島内調節やGLP-1による調節機構が明らかとなり,糖尿病におけるグルカゴンを標的とした新たな治療戦略が注目されている.
Nesfatin-1による摂食・糖代謝調節の機構と意義【前島裕子/矢田俊彦】
肥満およびこれに伴う糖尿病・メタボリックシンドロームの増加は,日本と世界各国において,深刻な健康上の問題となっている.肥満は摂取エネルギーが消費エネルギーを上回ることで生じ,過食はその主要な生成原因である.近年,中枢における摂食調節メカニズムの研究が進み,多くのニューロペプチド,消化管ペプチドが,中枢作用により摂食調節にかかわることがわかってきた.2006年にNesfatin-1が新規満腹因子として発見されて5年が経過し,摂食抑制メカニズムが明らかになるとともに,糖代謝にも関与することが明らかになってきた.Nesfatin-1の摂食抑制作用はレプチン抵抗性の動物でも正常に作動し,膵臓においては,インスリン分泌増強作用を示すことから,今後,肥満・糖尿病治療への応用が期待される.
インスリン抵抗性における脂肪分解タンパク質AIMの機能─新たなメタボリックシンドローム治療法における分子標的としての可能性【新井郷子/宮崎 徹】
糖尿病をはじめとするメタボリックシンドロームが現代の疾病として認知されて以来,さまざまな取り組みが行われているにもかかわらずそれらが解消されないのは,その入り口が肥満という,一見病気とは思えないような状態であること,そして最も有効な予防・治療法が生活習慣を是正することであることが大きな要因といえる.現在の社会環境からみても,肥満から各疾患につながるメカニズムを科学的にとらえ,それを標的とした治療法を生み出すことは社会的ミッションであるといえるだろう.本稿では,肥満が疾患へと導かれるステップの原因となるタンパク質であるAIMについて概説し,AIMを標的としたメタボリックシンドロームの新規治療法開発の可能性について探る.
認知症の病態進展におけるインスリン抵抗性の役割【里 直行/武田朱公/内尾-山田こずえ/樂木宏実/森下竜一】
糖尿病が脳血管認知症のみならず,アルツハイマー病(AD)の後天的危険因子であることが報告されているが,その機序は明らかでない.われわれの作製したADと糖尿病の掛け合わせマウスは認知機能障害を早期より認め,脳血管における炎症とベータ・アミロイド (Aβ) の蓄積増加,および神経におけるインスリン・シグナリングの低下が認められた.インスリン・シグナリングは脳内でさまざまな機能を有すると考えられている.認知症の病態進展における脳内インスリン抵抗性の関与および機序を明らかにすることは,糖尿病を伴う認知症はもちろんのこと,加齢が最大の後天的危険因子である認知症の予防・治療法開発に貢献できると考えられる.
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