細胞分裂を超え,さらには世代を超えて伝わる生活習慣や生育環境,その分子メカニズムとは?代謝産物による多彩なエピゲノム制御から見えてきた新たな概念,代謝エピジェネティクス,そして代謝メモリーの謎に迫る!
目次
特集
世代を超えて伝わる 代謝エピジェネティクス
生活習慣・環境因子がなぜ記憶されるのか
企画/中尾光善
エピジェネティック遺伝:生命情報のメモリーに迫る【中尾光善】
エピジェネティックな生命現象には,発生,再生,老化,遺伝,そして疾患があげられる.いずれも複雑な成り立ちではあるが,同一ゲノムをもつ細胞が異なる細胞に質的に変化するリプログラミングが基礎にある.細胞の個性は遺伝子発現のパターンで概ね決まり,それは,DNAのメチル化,ヒストンの修飾,クロマチンの形成で印付けられたエピゲノムに記憶されている.エピゲノムは確立・維持・消去されることから,また印付けの組合わせが多岐にあることから,細胞の恒常性と多様性を生み出す.本稿では,エピジェネティック遺伝について概説し,特に代謝・栄養・生活習慣・成育環境とエピゲノム制御の意義について考察する.
恒常性維持とエピゲノム応答【加藤茂明/岡田麻衣子/藤木亮次】
細胞外の環境変化に応じ,細胞はさまざまな応答を示すが,なかでも内分泌系である核内受容体を介した遺伝情報発現制御機構は詳細な解析が行われてきている.われわれのグループは核内受容体の転写共役因子複合体を解析することでその実体がヒストンタンパク質の修飾酵素や染色体構造再構築制御因子群であることを明らかにしてきた.さらにこれら転写共役因子群は,エピゲノム制御因子であること,またこれら因子は巨大タンパク質複合体を形成していることを証明した.さらにこの複合体の機能解析をする過程で,リン酸化のほか単糖付加などのタンパク質修飾がきわめて重要であることを見出した.この成果を発展させることでヒストンコードの1つが単糖であることを突き止めた.
栄養環境と代謝のエピジェネティクス【江原達弥/亀井康富/高橋真由美/袁 勲梅/小川佳宏】
これまで遺伝素因によるところが大きいと考えられてきた「太りやすい」「生活習慣病になりやすい」体質の獲得に,栄養環境による代謝関連遺伝子のエピジェネティクス制御が影響を与えていることが明らかとなりつつある.特に胎児期~新生児期は臓器が形成・成熟する可塑性の高い時期であり,この時期の栄養環境が肝臓,骨格筋,脂肪組織など代謝に重要な臓器のエピゲノムに変化を引き起こし,成人期の疾患罹患性に影響を与える可能性がある.本稿では,栄養環境の観点から,代謝疾患とエピジェネティクスに関する最近の研究の動向と今後の展望を概説したい.
エピゲノム制御と生活習慣病【酒井寿郎/稲垣 毅】
糖尿病・肥満をはじめとする生活習慣病は多遺伝子疾患であり,環境因子とのかかわりもまた大きな要因である.こと,生活習慣病という言葉は「環境により体質が変わる」という考え方に基づいている.これまでの研究では遺伝子の塩基配列の変異が病気のなりやすさを決定すると考えられて研究が進められてきたが,ゲノム解読からこうした考え方に疑問が生まれてきている.この疑問に端を発し,例えば栄養が体質を変えるという新たな考え方をもたらしつつある.それでは「環境」はどのようにして遺伝子の発現制御に関与するのか? この候補がエピジェネティック(エピゲノム)の考え方である.エピジェネティックの考え方は環境因子が遺伝子に作用してその働き具合を変えてしまい,その結果として病気が発症するという考え方である.ChIPシークエンシングや遺伝子の網羅的解析からヒストンH3K9の脱メチル化異常が肥満に関与することが明らかになりつつある.
癌代謝とエピジェネティクス【坂元顕久/長岡克弥/阿南浩太郎/中尾光善/日野信次朗】
多くの癌細胞では嫌気呼吸すなわち解糖系が亢進し,ミトコンドリアにおける好気呼吸が抑制されている.この癌細胞に特徴的な代謝のリモデリングは,低酸素などの癌を取り巻く微小環境への適応戦略の一部であると考えられ,エピジェネティックな機序が推察される.しかしながら,エピジェネティクスの観点からの癌代謝制御に関する報告はほとんどない.本稿では,癌特異的な糖代謝に焦点を当て,エピジェネティクス機構の関与について議論する.
エピゲノムマーク・アルギニンメチル化の生理的役割【高橋悠太/大徳浩照/深水昭吉】
エピゲノム制御を読み解くためには,それを構成するDNAのメチル化やヒストンの多様な修飾基のそれぞれ,およびそれらの関係性について理解する必要がある.修飾基の1つであるアルギニンメチル化はこれまで,リジンメチル化やアセチル化の陰に隠れていたが,その可逆性や修飾間クロストークについての報告が相次ぎ,近年注目を集めている.
エピゲノム系の代謝的側面をS-アデノシルメチオニンから考える【加藤恭丈/五十嵐和彦】
DNAやヒストンなどのメチル化修飾は,エピゲノム制御の根幹的な役割を担う.核内メチル化反応のメチル基供与体であるS-アデノシル-L-メチオニン(SAM)は,メチオニン代謝回路のハブ代謝物であり,メチオニンとATPを基質にしてSAM合成酵素(methionine adenosyltransferase:MAT)により合成される.本稿では,SAMの代謝経路を概観し,MATアイソザイムMATⅡαによる転写抑制化への関与と,局所的なSAM合成の必要性を紹介する.MATⅡαはさまざまなクロマチン因子との結合から,モジュール(SAMITと命名)として多面的なエピゲノム制御に関与することが考えられる.
核小体エピジェネティクスとエネルギー代謝【村山明子/柳澤 純】
核小体はリボソーム生合成の場である.リボソーム合成の律速段階はrRNA遺伝子の転写である.rRNA遺伝子は1細胞当たり約400コピー存在しており,rRNA転写は転写因子による制御とエピジェネティック機構による制御を受けている.また,リボソーム生合成の過程は細胞内エネルギーの多くを消費する過程であり,細胞内外の環境状態によって制御されている.本稿では,rRNA遺伝子のエピジェネティクス制御の最近の知見を概説し,われわれが明らかにしたrRNA遺伝子のエピジェネティック機構を介した「核小体におけるエネルギー代謝制御」について紹介する.
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遺伝子発現は転写と翻訳で制御されるが,どちらが主役か?【黒川理樹】
カエルの贈り物─macroH2Aの隠れた機能【中川真一】
免疫分野のシステムバイオロジー─Systems Immunology【八尾 徹】
細胞集団を動かす協調的な力【杉村 薫】
「エピジェネティクス─アカデミック交差点─」に立って【Jafar Sharif】
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連載
クローズアップ実験法
FN-PAGE法:膜タンパク質の性状の簡便かつ迅速な解析法【伊原 誠/山下敦子】
ライフハック活用術
知の集約から発信へ【阿部章夫】
バイオテクノロジーの温故知新
DNAシークエンス技術 ―技術開発が支えるライフサイエンスの進歩【林﨑良英】
Campus & Conference探訪記
The 1st International NanoBio Imaging Workshop【瀬藤光利】
ラボレポート ―独立編―
北の国ノルウェーより ―Norwegian University of Science and Technology【田代 歩】
Opinion ―研究の現場から
東日本大震災―若手が直面する問題と支援策【山元孝佳/鉞 陽介/飯島玲生】
追悼
エネルギー転換・シグナル伝達研究の世界的な開拓者 上代淑人先生を悼む【新井賢一】
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