感染防御やTh17,Tregといった免疫細胞の分化,発がん制御など,多彩な生命現象に関わる腸内フローラ.マイクロバイオームの世界動向とともに,ヒトの健康と腸内細菌の関係を分子〜個体レベルで詳説します!
目次
特集
体の中の“小さな生態系”
腸内フローラによる免疫ホメオスタシス
企画/本田賢也
腸内フローラに関して何がわかってきたのか【本田賢也】
近年,われわれの体に常在する“腸内フローラ”が,感染という現象の枠組みを越えて広く生体の恒常性維持にかかわる事実が明らかとなり,生物学に新たな展開がもたらされている.メタゲノム解析の進展が多くの研究者の注目を集めるとともに,免疫システム構築や代謝疾患・癌における腸内フローラの役割の解明が,トップジャーナルに続々と報告されている状況である.本特集では,免疫をはじめとしたさまざまな生命現象の理解における,宿主-腸内フローラ相互作用の意義について,国内外の最新動向を今後の可能性とあわせて紹介する.
腸生態系の理解に向けたマルチオーミクス解析【大野博司】
ヒトの腸内には,ヒトの全体細胞数を遥かに凌駕する数の細菌,すなわち腸内フローラが生息して独自の代謝系を構築しており,われわれの生理機能や,肥満,炎症性腸疾患などの発症に多大な影響を与えていることが明らかになりつつある.しかしこれまで,この宿主-腸内フローラ相互作用に基づく複雑な「腸生態系」をin vivoで解析する有効な手法は存在しなかった.近年の種々の網羅的解析手法の確立とともに,これらを組合わせた「マルチオーミクス」手法を適用することで,腸生態系を統合的に理解しようという試みがはじまっている.このような科学的根拠に基づきプロバイオティクスや機能性食品の開発などができれば,健康増進や予防医学への応用といった社会への還元が期待される.
ノトバイオートによる腸内フローラの機能解明【梅崎良則/今岡明美】
無菌マウスを使った研究が第二の隆盛期を迎えている.その要因は,宿主動物にとって腸内フローラは腸粘膜細胞の分化発達においても,また疾病の発症からもきわめて重要な存在であることが明確になってきたこと,さらに難培養菌を含めたノトバイオートマウスや人工フローラマウスの作出,そして種々の遺伝子改変マウスとの組合わせによって,その作用メカニズム解明への期待が急速に高まっていることにあると思われる.本稿ではわれわれが関係した近年の本領域の進展の経緯を紹介し,今後のさらなる発展の可能性を考察した.
NOD2による消化管恒常性維持機構【小林弘一】
NOD2遺伝子の変異は,回腸クローン病発症における最も重要な遺伝的要因である.NOD2は抗細菌化合物産出能のある回腸パネート細胞において高発現しており,その機能に重要な役割を果たしている.NOD2欠損マウスにおいては回腸末端における細菌叢に異常をきたしており,NOD2は,腸内細菌の重要な調節因子であるといえる.このことはクローン病におけるNOD2の変異が回腸細菌叢と粘膜免疫系との相互作用を変化させることによって疾患感受性を高めている可能性を示唆している.
αディフェンシンによる腸内細菌制御【中村公則/綾部時芳】
自然免疫の主要なエフェクターである抗菌ペプチドの1つであり,小腸上皮Paneth細胞から分泌されるαディフェンシンは腸に侵入してくる病原体から宿主を防御するだけではなく,細菌叢の組成に影響を及ぼし腸内細菌生態系の恒常性を維持していることが明らかになってきた.腸内細菌叢の変化は健康と疾患に密接な関係があり,αディフェンシンが炎症性腸疾患や肥満をはじめとして多くの疾患の発症リスクにかかわるという構図が考えられることから,その機序解明が注目されている.
腸内細菌によるT細胞誘導【新 幸二/本田賢也】
腸管内腔には数百種類,100兆個ほどの常在細菌が生息している.IL-17産生性CD4+T細胞 (Th17細胞)やIL-10を高産生している制御性T細胞 (Treg細胞) など腸管粘膜組織に多く存在している細胞の多くはこれら腸内細菌の影響を受けていることが知られている.腸内常在細菌の一種であるセグメント細菌は小腸Th17細胞を誘導し,経口的に侵入してきた病原体の感染防御に寄与している.また,クロストリジウム属細菌は大腸のIL-10産生Treg細胞を誘導し,腸管炎症の制御に貢献している.本稿では,腸管細菌によるTh17細胞とTreg細胞の誘導機構と役割について解説する.
AhRによる腸内環境モニタリング:消化管発癌との関連【藤井義明/川尻 要】
AhRは,外来性化合物を代謝する薬物代謝酵素の発現を誘導する受容体型転写因子として発見された.しかし,最近の研究によって,AhRが転写因子として働くのみならず,E3ユビキチンリガーゼとして働くことがわかった.さらに,環境の変化をモニタリングしてマクロファージの機能やT細胞の分化にも働く多機能調節因子としての役割が発見され,腸管では癌抑制因子として働くことが明らかになってきた.ここでは,AhRの作用メカニズムを概観し,腸管の炎症,癌抑制におけるAhR研究の最近の進歩を,その腸内フローラとの関連の可能性を含めてまとめた.
Update Review
ドラッグリプロファイリング ―既存薬を用いた新薬開発【水島 徹】
トピックス
カレントトピックス
ストレスによるエピゲノム変化とその遺伝【成 耆鉉/石井俊輔】
インタラクトームが示す自閉症の収束的分子メカニズム【酒井康成/Chad A. Shaw/Huda Y. Zoghbi】
NOはPI3-キナーゼ―Aktシグナルのスイッチ分子として機能している【上原 孝】
p57は造血幹細胞の静止期と幹細胞性の維持に必須である【松本有樹修/中山敬一】
News & Hot Paper Digest
確率的表現型変化によるがん細胞構成比の安定性【若本祐一】
濾胞制御性T細胞による抗体産生制御【柏木 哲】
実用的な近赤外蛍光タンパク質の開発【養王田正文】
PEG修飾がタンパク質の生理活性をも変える【田畑泰彦】
懸念される米国の処方せん医薬品の供給不足【MSA Partners】
連載
【新連載】誌上留学!―ラボ英会話のKEY POINTS
初めての実験【浦野文彦/Christine Oslowski/Marjorie Whittaker】
クローズアップ実験法
高感度FISHによるRNA・DNA検出と蛍光抗体染色の同時検出法【行川 賢】
【最終回】ライフハック活用術
PIになるためのライフハック【阿部章夫】
バイオテクノロジーの温故知新
動物細胞への遺伝子導入【三谷幸之介】
Campus & Conference探訪記
ISTH 2011 KYOTO JAPAN ―第23回国際血栓止血学会学術大会【笠原浩二】
ラボレポート ―独立編―
医師が「研究者」として海外で研究する,ということ ―University of Oxford, Oxford Centre for Gene Function【下村健寿】
Opinion ―研究の現場から
若手研究者の結婚を支える3つのこと【谷中冴子】
関連情報