転写制御ネットワークのマスター因子を探し出し,細胞分化の深遠な謎に迫る! 革新的な再生医療に繋がる分化細胞を直接転換する技術から,エピジェネティクスの影響,疾患関連リプログラミングまで
目次
特集
細胞の運命決定とリプログラミング
iPS細胞がもたらしたビッグバン マスター因子探求と再生,疾患リプログラミング
企画/鈴木淳史
概論─細胞運命制御機構の解明から医療応用へ【鈴木淳史】
人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells:iPS細胞)の作製後,細胞の運命決定やリプログラミングに関する研究が世界中で急速に進みつつある.これらの研究は,将来の革新的医療につながる可能性を秘めていることから,研究者だけでなく一般の人々にも高い関心をもって支持され,その発展が期待されている.そこで本特集では,細胞の運命決定やリプログラミングに関する最新の研究と将来展望について,多方面から幅広く紹介する.
ダイレクトリプログラミングによる心筋誘導【貞廣威太郎/家田真樹】
近年,iPS細胞による再生医療が,さまざまな臓器において注目されている.しかし分化誘導能効率の低さ,腫瘍形成能など,克服しなければならない問題点もいまだ数多い.これらの問題を解決すべく,2010年にわれわれはダイレクトリプログラミングによる心筋分化誘導法を報告した.以降,心臓領域におけるダイレクトリプログラミングは日進月歩で発展し,ついには生体内における心筋誘導も多数報告されはじめている.本稿ではダイレクトリプログラミングによる心筋誘導に関する概略を示し,最新の知見についても解説する.
転写制御ネットワークからの細胞機能変換【鈴木貴紘/鈴木治和】
iPS細胞の登場はこれまで考えられていた細胞分化の基本原則を大きく変えた.世界中でiPS細胞に対する研究が熱を帯びている一方で,iPS細胞を経由しないダイレクトリプログラミングにも注目が集まっている.しかしながら,ダイレクトリプログラミングの報告は数えるほどしかなく,その困難さがうかがえる.本稿では,「いかにマスター遺伝子を同定するか」に焦点を当て,転写制御ネットワークからのアプローチと,1細胞発現解析に基づいた効率的な方法の2つを紹介する.
四肢再生における脱分化,再分化と細胞記憶【林 真一/矢野十織/川住愛子/田村宏治/横山 仁】
長年にわたる研究によって,成体の体細胞においても分化した細胞が未分化な状態に戻りうることが明らかにされてきた.たとえばiPS細胞に代表されるように,遺伝子操作による人工的な未分化状態への誘導に対して,生体内では分化した細胞がより未分化な状態に戻る脱分化という現象が知られている.再生能力の高い両生類や魚類では損傷によって体の一部が失われたときにさまざまな組織を構成する細胞が脱分化を経て元の器官の再構築に寄与しており,この脱分化は器官再生において非常に重要な過程であることが明らかにされている.本稿では現在までに明らかにされている生体再生における脱分化に関する知見と今後の課題について述べたい.
エピジェネティクスで解く細胞運命制御【大川恭行/原田哲仁】
山中4因子によるiPS細胞,iHep細胞など,さまざまに発見,開発されるリプログラミング機構は細胞運命が転写因子依存的に行われていることを象徴している.しかし,一方で技術的な壁になっているのが形質転換効率の低さである.転写因子によるリプログラミングが効率的に誘導されないのは,単純に転写因子が発現するだけでは不十分であり,結合する標的ゲノムのクロマチン構造にも深く依存していることを示している.そこで,本稿では視点を変えて,細胞運命制御における転写因子の機能を,骨格筋分化をモデルとした系を中心にDNAに結合し機能する際の足場となるクロマチン構造の観点から考えてみたい.
肝細胞分化の人為的な誘導と疾患による破綻【鈴木淳史】
代謝や解毒などの多様な機能をもつ肝細胞は,胎生期に肝前駆細胞から分化すると,その後は肝細胞以外の細胞に変化することなく,ゆっくりとした分裂周期のなかで長期にわたって肝臓内にのみ存在しつづける.ところが,細胞リプログラミングに関する研究の進展により,転写因子セットの過剰発現によって肝細胞以外の細胞が肝細胞に変化したり,がんなどの難治性疾患に関連して肝細胞が肝細胞以外の細胞に変化したりすることが明らかとなってきた.これらの事象は,それぞれ“ダイレクトリプログラミング”と“疾患関連リプログラミング”という総称でよばれ,次世代の再生医療やがん医療の発展を担う新しい発見として応用が期待されている.本稿では,ダイレクトリプログラミングという人為的な方法によって誘導される肝細胞分化,および,複雑な環境要因の変化によって肝細胞の分化状態が破綻することで誘導される疾患関連リプログラミングとがんとの関係について,われわれの研究を紹介しながら解説する.
胃がん発症の基盤となる限定的細胞リプログラミング【藤井裕美子/畠山昌則】
iPS細胞の発見は,一度最終分化した細胞をごく少数のリプログラミング因子によって完全に初期化できることを示した点で常識を覆した.ところで,生体においても一度分化した細胞・組織が別の細胞・組織に変化する「化生」という現象がみられる.化生の多くは前がん病変と考えられているが,その発生メカニズムには不明な点が多い.本稿では化生の一種である腸上皮化生において,その発症の鍵となる転写因子CDX1が胃上皮細胞の限定的脱分化を介して化生性変化をひき起こすメカニズムについて解説し,さらに胃発がんとの関係について考察する.
Update Review
より悪性度の高い循環大腸がん細胞検出を目指して【横堀武彦】
トピックス
カレントトピックス
大脳新皮質ニューロンは上皮間葉転換様のメカニズムにより移動を開始する【伊藤靖浩/後藤由季子】
ポリコーム複合体PRC1は雌性始原生殖細胞の性分化の開始を調節する【横林しほり】
マイクロRNA-34aは心臓の老化と機能を調節する【家串和真】
F-boxタンパク質による時計タンパク質の安定性制御と行動リズムの制御【平野有沙/深田吉孝】
連載
【新連載】創発生物学への誘い ―神秘のベールに隠された生命らしさに挑む
[第1回]創発生物学への序:多細胞生物学研究のパラダイムシフト【笹井芳樹】
クローズアップ実験法
新規蛍光免疫測定素子(Q-body)による各種分子の迅速・簡便な検出法【阿部亮二/大橋広行/上田 宏】
私のメンター ~受け継がれる研究の心~
Nicole M. Le Douarin ―発生研究に興したヌーヴェルヴァーグ【高橋淑子】
ラボレポート ―留学編―
最高峰のサイエンスを追い求めて―アメリカ,ドイツでの鍛錬 ―Max Planck Institute for Heart and Lung Research【松岡亮太】
Opinion ―研究の現場から
科学と“法”の交差点 ―無関心に潜むリスク【吉良貴之/香川璃奈】
関連情報