どうやったら体のパーツを再生できるのか?そのヒントはイモリなどの「再生できる生物」にあり.分子メカニズムの解明と幹細胞研究の融合で,三次元の器官再生と再生医療を目指す,最新のアプローチを紹介.
目次
特集
再生できる・できない生物 その差から挑む三次元再生と再生医療
企画/田村宏治,阿形清和
概論−どうやったら体のパーツを自律再生させられるか?【田村宏治/阿形清和】
イモリのように,自分の細胞で,脳や心臓・膵臓や手足を再生できるようになったらどんなにうれしいことか.再生の種となる細胞の問題なら,今やiPSテクノロジーも使える時代であり,必要な幹細胞を思いのままにつくれるようになるのもそう遠くないと思われる.また,幹細胞や,周辺の分化細胞を再生に導くシグナルの問題なら,それらを再現できれば三次元の構造を構築することも可能となるだろう.再生医療のフロントでは,器官の自律再生における最大の難関である三次元形態の再生を実現するためにいろいろな試みが行われている.三次元構造の再生原理をさまざまな “再生できる動物” に求め,それをヒトに応用しようという急がば回れ方式のアプローチから,ES/iPS細胞から臓器をin vivoあるいはin vitroで直接的に構築する試みなど,本特集では日本が世界をリードしているさまざまなフロント・アプローチをまとめて紹介することにした.再生医療をめざす次世代の研究者に,ぜひとも読んでもらいたい.
再生研究の新・三段論法【阿形清和】
ここでは①再生できる動物から再生の原理を学び,②近縁種の再生できない動物と比較することで,③再生できない動物を再生できるようにする,試みについて紹介したい.すなわち,『再生の原理を理解する=再生できない動物を再生できるようになる』という作戦で実験を組み立て,その成功例を受けて,再生生物学研究を再生医療へと展開する新たな道筋がつくられたことを報告する.
コオロギ脚再生の分子メカニズム【板東哲哉/三戸太郎/野地澄晴/大内淑代】
昆虫の脚を切断しても再生する現象が知られているが,そのメカニズムはほとんど解明されていなかった.われわれはコオロギを用いて,そのメカニズムを解析し,脚の誘導にヘッジホッグ,ウイングレス,dppが関与し,再生芽の形成にJAK/STATシグナル経路,脚のサイズの決定にプロトカドヘリンのDachsous/FatとHippoシグナル経路が関与していることが解明された.これらのシグナル経路は脊椎動物にも存在し,同様なメカニズムが臓器などの再生に関与する可能性が示唆される.
アフリカツメガエルから見た四肢再生実現へのステップ【横山 仁/林 真一/川住愛子/砂川奈都召/田村宏治】
脊椎動物の四肢は複雑な三次元構造をもつ.iPS細胞を利用してもヒトの四肢を再生させることは現状ではできない.しかし両生類は四肢を再生できる.われわれはそのなかでも,再生できる四肢とできない四肢を種内で比較できるカエルに着目した.その結果,三次元的構造を再生するための条件が,器官形成にかかわる遺伝子発現の観点からわかってきた.さらにカエルは器官再生の前提として皮膚の傷に対しても高い治癒 (再生) 能力をもつことが明確な分子指標とともに明らかになった.これらの知見から,本稿では四肢再生のような器官再生の実現に向けたステップを考察する.
種間による自律的な心臓再生能力の違いは何によって決まるのか?【竹内 隆/林 利憲】
哺乳類の成体心臓は再生できない.しかし,ゼブラフィッシュやイモリでは可能である.この違いは何によって決まるのか? 本総説では,この種間における心臓再生能力の違いが何によって決まるのかについて,哺乳類側からの考察,再生可能動物での知見,そして両者を統合し,違いの根本を解明するための今後の展望について述べる.見えてきたのは,心筋細胞の増殖能の有無である.一方で,この再生能の違いがあることは動物としてどのような意義があるのかも興味深い.
哺乳類における皮膚および付属器官の再生機構【武尾 真/伊藤真由美】
哺乳類の皮膚は,表皮と真皮,および皮膚付属器官からなる複雑な器官であり,体内の水分や体温を保つといった役割を果たしている.しかし,哺乳類の成体では,皮膚に傷を負ったときは瘢痕形成を伴う創傷治癒が起こり,皮膚の機能は完全には回復しない.また,瘢痕形成はかゆみや運動機能障害をもたらすとともに,ヒトの場合は心理的ストレスの原因ともなる.このため,付属器官の再生を含めた皮膚の再生の実現をめざし研究が行われている.本稿では現在までに得られている成果を,特に付属器官に注目して概説する.
多能性幹細胞からの自律的な立体網膜組織形成【永楽元次】
近年,幹細胞を用いた再生医療の実現化に向けて機能的な立体組織を試験管内で作製しようとする試みが盛んになされている.しかし胚発生における器官の形成過程は,細胞の増殖や分化あるいは細胞移動といった,複数のイベントが同時に起こるきわめて複雑な現象であり,でこういった複雑な現象を再現することができた成功例は現時点では多くはない.本稿では,われわれが行ったマウスおよびヒト胚性幹細胞 (ES細胞) からの自己組織的な “眼杯” 構造の形成と層構造をもった機能的な網膜組織を形成するための試みを紹介したい.また,マウスとヒトES細胞からの網膜組織誘導法の結果を比較することでみえてきた,種間における網膜組織形成の違いについても考察したい.
発生初期過程の模倣による三次元ヒト肝臓の人為的構成【武部貴則/谷口英樹】
われわれは,再生医療研究において従来の「細胞の分化誘導」という開発概念から脱却し,異なった細胞系譜の時空間的な相互作用を活用した「臓器の再構成に基づく分化誘導」を実現化し,ヒト肝臓をiPS細胞から人為的に創出するための技術を確立した.すなわち,臓器の原基 (臓器の種) が胎内で形成される過程を模倣することにより,ヒトiPS細胞から立体的な肝臓原基を試験管内で構成し,さらに,それらの移植により機能的なヒト肝臓を創出することに成功した.臓器移植の代替治療として多くの患者を救済する医療技術となるのみならず,医薬品開発の研究を飛躍的に加速することが期待される.
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通称「日本版NIH構想」は今どうなっているのか?【岡村直子/Ken W. Y. Cho/宮島 篤】
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がんのmethylator phenotype:ゲノムとエピゲノムの接点【鈴木 拓/山本英一郎/丸山玲緒/甲斐正広】
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細胞表層ダイニンと非対称な細胞膜伸長の協調作業によって,紡錘体は細胞中央へ配置される【清光智美/Iain M. Cheeseman】
アポトーシス細胞のホスファチジルセリンの露出に関与するXkr8の同定【鈴木 淳/長田重一】
大腸菌のcAMP シグナルは異化と生合成のバランスを検知してプロテオームの最適な分配を行う【岡野浩行】
細胞質p53 はマイトファジーを抑制し心臓老化を促進する【星野 温/的場聖明】
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内臓脂肪,アディポネクチンそしてメタボリックシンドローム【松澤佑次】
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脳科学者達が共有した真夏の夜の「夢」?〜コールドスプリングハーバーミーティング “Wiring the Brain”【櫻井 武/中川康史/小黒− 安藤麻美】
ラボレポート −独立編−
アカデミックサイエンスを支える精神 − The University of Texas at Austin【西山 洋】
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