「熱いとはどういうことか?」「何が痛みを感知するか?」など神経科学・生理学の謎がいま紐解かれる! 分子のしくみからチャネル病との関連,創薬の展望まで,環境の変化を感知する注目の分子を総力特集.
目次
特集
TRPチャネルで感じるしくみ,動かすしくみ
熱や痛みのセンサー機構解明と創薬の期待
企画/富永真琴
概論─TRPチャネル研究の現在と未来【富永真琴】
TRPチャネルは,1989年にショウジョウバエの遺伝子が同定されて以来,世界で精力的に研究されてきた.Ca2+透過性の高い非選択性陽イオンチャネルとして多彩な細胞機能にかかわることが明らかとなり,チャネル病も数多く,さまざまな後天的疾患やがんの発生にかかわることもわかっている.今後,TRPチャネルの構造や機能の解析が進むことによって,Ca2+やNa+流入にかかわる細胞機能が明らかになり,TRPチャネル機能や発現を制御することで疾患を治療できるようになることを期待したい.TRPチャネルは今もっとも注目を集める分子群の1つと言えよう.
体温センサーとしてのTRPチャネル【加塩麻紀子/富永真琴】
TRPチャネルには温度により活性化する分子群(温度感受性TRPチャネル)が存在し,感覚神経終末での温度受容(低温,高温)にかかわる.しかし,温度感受性TRPチャネルは多くの深部臓器にも発現しており,体温下でのチャネル活性が生理機能にかかわることがいくつか報告されてきている.本稿では,体温レベルの温度センサーとして機能する温度感受性TRPチャネルの活性化温度閾値がダイナミックに変化する分子メカニズムとその生理的意義,深部臓器に発現する体温センサーTRPチャネルの機能,今後の研究で明らかとするべき問題点にも触れて解説する.
痛みの発生と慢性化におけるTRPチャネルの役割【中川貴之】
TRPV1は,一次感覚神経における熱侵害受容器として発見当初から着目され,新規鎮痛薬の創薬標的としても注目されてきた.TRPA1は冷侵害受容器として注目されたが,刺激性の化学侵害受容器としての役割が主であり,痒みやしびれといった感覚にも関与する.また,マクロファージやミクログリアといった免疫細胞で機能するTRPM2と炎症性/神経障害性疼痛との関連も明らかになりつつある.本稿では,侵害受容器TRPV1,TRPA1と免疫細胞のTRPM2に焦点をあて,痛みの発生と慢性化との関連について概説する.
心臓におけるTRPチャネルの多様な役割【北島直幸/西田基宏】
心筋細胞の電気的興奮 (脱分極) による細胞外からのカルシウムイオン (Ca2+) 流入は,心臓のポンプ活動に必要な筋収縮をひき起こす (興奮収縮連関).しかしその一方で,増加した細胞内Ca2+は心肥大関連遺伝子の発現も誘導する (興奮転写連関).筋収縮に使用されるCa2+と病態形成に使用されるCa2+のパラドクスは未だ謎に包まれた部分が多いが,この謎を解く鍵となるのがTRP (transient receptor potential) チャネルである.本稿では,心臓におけるTRPチャネル群の多様な役割とその分子制御機構,およびわれわれが創薬標的として注目するTRPC3/6チャネルの生理機能と病態生理について,最新の知見を紹介する.
TRPチャネルを介した心不整脈発生機序【井上隆司/胡 耀鵬】
心血管系の生理や病態へのTRPチャネルの関与が最初に報告されてから一回りの12年が経過した.初期の研究では,循環動態への短期的な影響 (例えば血管の異常収縮性) に関する報告する例が多かったが,その後蓄積されてきたエビデンスは,むしろ神経体液性因子・機械刺激によるストレスや全身の代謝性変化に伴って起こる心血管系の適応性変化とその破綻した病態との関連を示唆するものが多い.増殖性閉塞性血管病変 (動脈硬化,炎症や血管傷害に伴う狭窄など),病的心肥大・傷害はその代表的な例である.しかし,近年,このような長期的な変化が,結果として循環動態調節にかかわるマシナリーそのものを変化させ,短期的な制御にも重大な影響を与えることが明らかとなってきた.本稿では,そのような興味深い分野として,不整脈とTRPチャネルの関連を示唆する新事実を紹介し,さらにこれらのチャネルを標的とした治療の今後の展望について述べたい.
TRPチャネルとOrai-STIM複合体系の構造と局在の解析【三尾和弘/丸山雄介/小椋俊彦/佐藤主税】
約30種類もの異なる遺伝子からなるTRPスーパーファミリーは,さまざまな化学物質や物理的刺激に対するセンサーとして働いている.各チャネル分子の特異性や,複数の刺激に応答するマルチモーダル活性化機構を理解するためには,構造情報が不可欠である.単粒子解析法は,電子顕微鏡で撮影した粒子画像から,コンピュータ上で平均化や角度決定などの情報処理を行って立体構造解明を行う.われわれは本技術をもとに,TRPチャネルの全体構造やその複合体解析を進めている.TRPチャネル全体の結晶化は未だ報告されていないが,各機能部位に絞った構造解析は精力的に進められており,活性化機構の詳細と多様性が明らかになりつつある.また,TRPやOraiなどのチャネルでは,刺激に応じて細胞内局在も秒単位でダイナミックに変化することが多い.これらイオンチャネルの内膜系から細胞膜への移動,チャネル同士の集合や他のタンパク質との結合は,伝達物質に対する感受性向上や活性化に重要な役割を果たす.水中を観察する電子顕微鏡ASEMによる,新たな高分解能での局在解析法が生まれてきている.
TRPチャネルと疾患:遺伝的チャネル病【Bernd Nilius】
“transient receptor channel” 多遺伝子ファミリーは,ヒトでは27のメンバーからなる.エンコードされるタンパク質はpolymodal (多刺激で活性化する) セルセンサーとして非選択性陽イオンチャネル機能をもつが,また,多くの恒常性維持のプロセスにも関与する.これらのチャネルの機能異常が,遺伝子異常や後天的な適応異常によってもたらされる.この総説では,TRPチャネル病,つまり,TRP遺伝子のさまざまな変異によるチャネル機能異常とそれらの病理学的機序について最近の知見を概説する.また,TRPチャネル機能異常が推測されるいくつかの病的状態についても述べる.このタンパク質ファミリーの病態生理学的機能における多様な役割はチャネル機能や疾患メカニズムの理解への新しい興味深いアプローチとなるであろうし,多くのヒト疾患の治療標的に関する情報を与えてくれるであろう.
Update Review
明らかとなる真核生物転写開始の分子機構【村上健次】
トピックス
カレントトピックス
1細胞Hi-C 法により,従来のゲノム立体構造研究の盲点にも光明が!【永野 隆】
構造・ゲノム情報の組合せによる酵素機能・代謝経路の予測法【酒井綾乃】
ワールブルグ効果の新たな分子機序としてのmTORC2 経路の解析【増井憲太/Paul S. Mischel】
CPEB1の枯渇は脆弱X精神遅滞症候群の病態生理を改善する【宇田川 剛】
連載
生命に魅せられた研究者たちのマイルストーン
プロテアソームの発見と生命の謎への挑戦【田中啓二】
クローズアップ実験法
複数の哺乳類mRNA の同時かつ特異的な翻訳チューニング法【遠藤 慧/齊藤博英】
Dr. キタノのシステムバイオロジー塾
第3講 システムバイオロジーと創薬〜実例を交えて【北野宏明】
補講 システムバイオロジー用ツールを一挙紹介!【松岡由希子/藤田一広/Samik Ghosh】
教えて!エコ実験 ─工夫&節約のメリハリ研究術
何でも自作しよう【村田茂穂】
ラボレポート ─留学編─
スタンフォードで学んだ本質を求める姿勢 ─ Stanford University School of Medicine【永井成樹】
Opinion ─研究の現場から
プレゼンテーションを楽しみ,楽しまれるために【井口大壽】
関連情報