実践編
1 脳卒中の栄養療法
山本 拓史
(順天堂大学医学部附属静岡病院 脳神経外科)
はじめに
脳卒中領域では十分な科学的根拠をもって推奨できる栄養療法がないのが現状ですが,実臨床の場においては多くの症例が高齢者であることに加え嚥下障害や経管栄養など常に誤嚥性肺炎のリスクを考慮する必要があり,難しい栄養療法が求められています.また,虚血性脳卒中や出血性脳卒中のそれぞれの病態に応じた栄養療法に加え,急性期,回復期,維持期など脳卒中特有の病期(ステージ)に応じた栄養療法を実践していく必要があります.本稿では,脳卒中急性期を中心に,身体的リハビリテーションにより活動指数が増加する回復期に向けて,転院,転棟時にいかに良好な栄養状態を維持できるかの工夫について考えてみたいと思います.
次のうち,食事摂取改善に効果が期待できるものはどれか?
- a:摂食機能訓練
- b:絶飲食
- c:経口的栄養補助 (ONS)の追加
- d:パンテノール注の点滴静注
栄養療法の開始時期として適切なものはどれか?
- a:意識清明になるまで絶飲食とする
- b:抜管するまで絶飲食とする
- c:すみやかに(第2病日より)中心静脈栄養を開始する
- d:すみやかに(第2病日より)経腸栄養を開始する
既往歴:高血圧(+),糖尿病(-),高脂血症(-)
くも膜下出血の栄養療法として最も適しているものはどれか?
- a:水分出納を厳重に管理するために絶飲食として,静脈栄養にて急性期のエネルギー投与を行う
- b:計算上の基礎代謝量(約1,600 kcal)にストレス係数(1.2)を乗した約2,000 kcalを経管栄養および静脈栄養を併用して投与する
- c:少量(trophic dose)の経腸栄養より開始し,約1週間を目安に必要エネルギー量の80%に増量する
- d:気管挿管中は絶飲食と静脈栄養(2,000 kcal/日)で管理し,抜管後に経口食に移行する
既往歴:高血圧(+),糖尿病(+),心房細動(+)
今後の栄養療法として不適切なものはどれか?
- a:回復期につながる栄養療法をめざし,必要エネルギー量をしっかりと投与する
- b:病期,病態に応じた活動係数を考慮して,投与エネルギーを調整する
- c:誤嚥回避のために嚥下訓練は行わず,早期にPEGを作成する
- d:経管栄養を無理に変更することなく,嚥下訓練を継続しつつ,転院先の医療機関との協議を含めてPEGを検討する
解 答
軽症の脳卒中における食欲不振
軽症の脳卒中では嚥下障害がないにもかかわらず,食欲がなく食事摂取が進まない症例をしばしば経験します.特に急性期における食欲不振にはさまざまな要因が考えられ,個々の症例において原因を慎重に検討する必要があります.本症例では,水飲みテストでむせ込みもなく,基本的には嚥下障害のない症例を想定しています.摂食機能訓練は,嚥下障害のある症例では非常に有効な手段で栄養療法には欠かせない治療の1つですが,本症例における効果は限定的と考えます.しかしながら,日常食事摂取の経過観察のなかで食種によりむせ込みや飲み込みにくさがみられるような場合には,水分のみならず,半固形,固形の食材でも嚥下を観察したり,嚥下造影検査などで嚥下機能を客観的に評価したり,適切な訓練を行うことは必要です.一方で,食欲がないからと言って絶飲食とすることも決して勧められず,経腸的な栄養摂取を継続しつつ摂取量が増加する工夫をしましょう.パンテノール注の点滴静注は,術後腸管麻痺や食欲摂取不十分な際のパントテン酸の補充による腸管蠕動改善に一定の効果はありますが,食欲増進の効果は低いと思われます.その他,入院治療に起因する便秘症やうつ症状,薬物の副作用も食欲不振の原因として検討すべきであり,原因が判明した際にはその原因をすみやかにとり除く必要があります.
経口的栄養補助(ONS)
食欲不振の患者に対して筆者が試みる方法の1つに,経口的栄養補助(oral nutrition supplement:ONS)があります.ONSには栄養改善以外に合併症の軽減も報告されており,治療の一環としても有効です1).
具体的には,通常の経口食に加えて経腸栄養剤や濃厚流動食を経口的に飲むことで栄養を補います.入院中で運動量も食事摂取量も少ない患者さんでは,空腹感を感じることもなく食欲が進まないことがあります.この空腹感のトリガーとなるのが血糖低下です.糖尿病などの治療歴がある患者さんを除きますが,血糖低下の役割を果たすインスリン分泌にとって一番の刺激が血糖上昇,つまり食事摂取です.通常では,食事摂取における血糖上昇に伴いインスリン分泌も増加,血糖値の正常化とともに血糖は下降し次の食事への空腹感につながります.しかしながら,食事摂取が少ないために血糖上昇も軽度であり,十分なインスリンが分泌されないことで血糖変動が小さく,空腹感も感じにくいことがあります.このような患者さんに,あえて吸収もよく血糖値の上昇しやすい経腸栄養剤を飲んでもらうことで,血糖上昇と正常化による人為的な血糖変動をつくり出すことによって,血糖低下による空腹感を感じ,徐々に食欲が回復してきます.また,経腸栄養製剤により不足しているカロリー摂取量を確保する目的もあります.
その他の食欲誘発法
ある程度の経口食の摂取が得られれば無理にONSを服用する必要はありません.同様の考えに基づき,食欲がない患者さんでは,食前の時間帯にリハビリテーションを実施し適度の運動によって血糖低下,空腹感を誘発する方法も有効です.また,筆者は腸管運動促進薬のなかで食欲低下に効果があるものとして
解 答
気管挿管中の栄養療法
意識障害もしくは手術などにより気管挿管された症例に対して,どの時点で栄養療法を導入するかを問う問題です.脳卒中は神経症状や頭蓋内圧亢進などの病態的に嘔吐をきたしやすい疾患です.脳神経外科医や神経内科医のなかには,急性期の誤嚥性肺炎回避を目的に早期の経腸栄養に対して消極的な場合がありますが,脳卒中治療ガイドライン3)においても発症から7日以上の絶食が予測される場合に経管栄養の早期投与が推奨されるにとどまり,具体的な日数は明記されていません.確かに,挿管中や人工呼吸器管理中に経腸栄養を実施しないことで,誤嚥性肺炎のリスクは軽減できますが,その絶食期間中に感染抵抗力を含めた腸管免疫機能の低下により重症感染症,敗血症などのリスクが増大する可能性は否定できません.本症例のように,気管挿管の期間が明確ではない症例では,抜管や人工呼吸器の離脱を待つことなく,栄養療法をすみやかに導入することが肝要です4).多くの脳卒中患者では,病前の腸管機能は正常に保たれていることが多く,絶食期間が短いほど腸管不耐などの合併症なく経腸栄養の導入が可能です.
投与ルートの選択
施設によっては,静脈栄養を優先的に導入することもありますが,脳卒中患者のように高齢者が多く,不顕性耐糖能異常のリスクが高い症例群に対してはブドウ糖中心の静脈栄養は,血糖コントロールの観点からも推奨されません.また,急性期では,手術や人工呼吸器管理など生体への侵襲ストレスも異化亢進による高血糖のリスクとなるため,急性期の高血糖が予後不良につながるような病態でも推奨されません.
したがって,本症例のように数日後には呼吸器離脱,抜管が予測される症例においてもそれを待つことなく,経腸栄養の導入が第一と考えられます.この場合,無理に必要エネルギーの充足をめざすよりも,絶食による弊害を回避することに重点を置き,経腸栄養導入より数日間は,必要量よりの少なめの投与量で管理すること(permissive under feeding)も検討してください5)(図3).これにより,胃内充満による嘔吐症状の回避やover feedingによる高血糖も回避可能となります.経過中に抜管可能となれば,直前の経腸栄養投与を中止,延期するなどの配慮を行えば,抜管に伴う誤嚥対策にもなります.
解 答
くも膜下出血時の術後管理
くも膜下出血における術後管理と栄養療法を問う問題です.脳卒中患者の多くは,発症直後の緊急処置が重要であり一刻を争う場合も少なくありませんが,その点ではくも膜下出血も例外ではありません.しかし,くも膜下出血はほかの脳卒中の初期対応に加えて術後約2~3週間にわたり厳重な術後管理が必要となります.その主な対策は遅発性脳虚血症状(delayed cerebral ischemia:DCI)への対応です.従来,脳血管攣縮によるDCIをメインターゲットに治療が行われてきましたが,近年では脳血管攣縮以外のさまざまな要因によってもたらされるDCIへの対策が求められています.とは言え,依然として脳血管攣縮への対応は不可欠ですが,一方で脳血管攣縮への過度の対応が早期経腸栄養の妨げとなっている場合も少なくありません.
くも膜下出血時の栄養管理
1)Triple H therapyの問題点
脳神経外科領域では,脳血管攣縮の治療として慣例的にTriple H therapyが推奨されてきました.Triple H therapyとは,大量輸液(Hypervolemia)により血液を希釈(Hemodilution)しつつ循環血漿量を維持し,さらにカテコラミン製剤の併用により血圧を高めに維持(Hypertension)し脳血流を確保しようとする治療で,多くの施設で中心静脈カテーテルを留置し,輸液製剤として静脈栄養剤が選択される傾向にありました.また,大量輸液による心不全対策として厳重な水分出納が求められることもあり,急性期の経腸栄養は敬遠されがちでした.しかしながら,長期の絶食による腸管不耐や感染抵抗性へ脆弱化に加え,静脈栄養によるブドウ糖中心のエネルギー投与は原疾患や手術による侵襲性ストレスによる異化亢進による耐糖能異常を増悪させるなど,静脈栄養中心の栄養管理による弊害も指摘されています5).
2)早期経腸栄養の導入
一方で栄養療法の観点からは,重症くも膜下出血例であっても経腸栄養を導入できない理由は乏しく,ICU管理が求められるほかの重症疾患同様,発症早期の経腸栄養が開始されるべきであると思われます.また,くも膜下出血急性期の日内血糖変動が予後に影響を及ぼすことも報告されており6),糖質中心の栄養投与は決して推奨されるものではありません.さらに,DCI予防の観点からも脳血管攣縮に限らず微小脳循環,けいれん発作,cortical spreading depolarization (CSD)など多要因に対して個別の対応が必要となり,その前提として全身状態が安定していることが求められ,その根幹をなすものが栄養療法と考えられます.つまり,個別の疾患への対応としての科学的根拠は十分ではありませんが,くも膜下出血を含む重症脳卒中に対しても,48時間以内に早期経腸栄養を開始することの異論は少ないと思います.
筆者らは,高血糖状態や血糖変動を最小限に抑えるという観点より,経腸栄養導入初期はover feeding対策として,少量の投与量より開始し(trophic dose)約1週間をめどに必要エネルギー量の80%程度を目標とするプロトコールを採用しています(図4).もちろん,水分出納の管理は重要ですが,すべてを経腸的に管理する必要はなく,等張輸液を栄養しつつ水分バランスを調整することも重要です.多くの症例は,経鼻胃管からの経管栄養より開始しますが,経過中に経口摂取が可能となれば慎重に経口食に移行することとしています.また,軽症の症例であっても,抜管を待つことなく経腸栄養を開始し,抜管後可能であれば経口食へ変更するなどの対応をとっています.脳卒中における静脈栄養については,投与を否定するものではありませんが,必要最小限にとどめるべきと思われます.
解 答
重症脳卒中での栄養療法
重症脳卒中で重篤な後遺症により安静時エネルギー消費量が低下している症例に関する問題です.脳卒中では,疾患の性質上高齢者の罹患率が高く,運動麻痺を契機に廃用症候群やサルコペニアに陥りやすく,急性期からの対応が必要です.ただし,全症例が日常生活に復帰することは現実的には不可能であり,症例の重症度や社会的背景に応じた対応が求められます.また,高齢者の多くは多病を抱えており併存疾患へ配慮も必要となります.本症例は79歳と高齢者の心原性脳塞栓症の症例です.脳塞栓症は動脈硬化性脳血栓症と比較し梗塞巣が大きく重症化しやすい特徴がありますが,高齢者であっても早期経腸栄養の方針は変わりません.導入時は経鼻胃管からの経管栄養より開始しますが,やせ型の高齢者では,内因性エネルギーの蓄積が十分でないこともありtrophic doseでの導入はあまり勧められません.
高齢者のカロリー投与
経腸栄養をはじめるにあたり,体格,体型に応じたエネルギー量を投与する必要があります.一方で,本症例のように心房細動の合併などにより心機能の経過していることも少なくなく,水分負荷には注意が必要です.胃内容量も低下していることを考慮すると,1 mL=1.5~2.0 kcalの濃縮製剤の選択が勧められます.さらに,糖尿病を合併する症例などでは,低GI(glycemic index)低GL(glycemic load)製品も有効な選択肢となります(図5).
PEGの適応
寝たきりや高齢者では,維持期,慢性期の管理の目的にPEG(percutaneus endoscopic gastrostomy:経皮内視鏡的胃瘻造設術)による管理が行われることがありますが,その適応は慎重に検討する必要があります.また,脳卒中治療ガイドラインでは,3週間以上の経鼻胃管による経管栄養の必要がある際にはPEG作成を検討するとされていますが3),倫理的観点からもPEG作成の適応は慎重になりつつあります.しかしながら,頻回の経鼻胃管の抜去や誤嚥をくり返す症例ではPEGの利点も少なくありません.中でも高齢者に多い食道裂孔ヘルニアの症例では,できるだけ早期にPEGを留置すべきと考えられます.誤嚥回避の目的にPEGを留置する場合には,カテーテル先端を空腸に留置し胃空腸瘻とすることが有効です.ただし腸瘻の場合,ダンピング症候群回避のために経腸ポンプを用いた持続投与が推奨されます.経腸ポンプが使用できない場合は,低GI低GL製品を時間をかけて投与することでもダンピング症候群を回避することは可能です.経鼻胃管が嚥下訓練の妨げや誤嚥の原因になることもあります.このような場合にも,PEGからの栄養療法を継続しつつ嚥下訓練を行うことでより安全に効率的に嚥下リハビリテーションを行うことも可能です.嚥下訓練には数カ月の時間を要すことも多く,回復期,維持期との医療機関との連携も重要となります.
Advanced Lecture
処方薬の変更で誤嚥を回避する
高齢者の脳卒中ではしばしば嚥下障害が問題となります.嚥下障害は食事摂取量の減少のみならず,誤嚥性肺炎のリスクも高くなり,時に予後不良因子にもなります.誤嚥性肺炎を恐れるあまり経口食事摂取の開始を遅らせることは,全身状態の悪化にもつながり決して勧められません.
脳卒中患者における嚥下障害では,誤嚥のリスクを念頭に起きつつすみやかな経腸栄養の導入をめざす必要があります.そのなかで摂食機能訓練は不可欠ですが,それ以外にも誤嚥を回避する工夫を試みるべきです.きざみ食,とろみ食などの食種,食材の工夫は多くの施設でとり入れられていますが,嚥下障害の有無によって処方薬剤の剤形を変更することは少ないように思います.嚥下障害のある患者では固形物よりも液体の方が誤嚥しにくいといわれていますが,例えば内服薬について考えると,通常の錠剤よりもOD錠(口腔内崩壊錠)や液剤の方が内服しやすいと考えられます.さらには,リスクのある嚥下の回数を減らす目的では,配合錠や貼布剤の利用が有利ですし,分2,分3薬よりも1日1回の分1薬の方が患者への負担も軽減します.薬剤については原疾患の治療が最も優先されるべきですが,処方薬の工夫での誤嚥のリスクを軽減できますので食事のみならず,内服薬の剤形にも注意しましょう.
引用文献
- Sorensen J, et al:EuroOOPS: an international, multicentre study to implement nutritional risk screening and evaluate clinical outcome. Clin Nutr, 27:340-349, 2008
- Matsumura T, et al:The traditional Japanese medicine Rikkunshito increases the plasma level of ghrelin in humans and mice. J Gastroenterol, 45:300-307, 2010
- 「脳卒中治療ガイドライン2015」(日本脳卒中学会 脳卒中ガイドライン委員会/編),p8,協和企画,2015
- 小谷穣治,他:重症患者栄養管理ガイドラインのオーバービュー.外科と代謝・栄養,50:97-103, 2016
- 「脳卒中の栄養療法」(山本拓史/編),羊土社,2020
- Okazaki T, et al:Blood Glucose Variability: A Strong Independent Predictor of Neurological Outcomes in Aneurysmal Subarachnoid Hemorrhage. J Intensive Care Med, 33:189-195, 2018