第1章 論文を読む前に知っておきたいこと
02 なぜ論文が読めないのか
- 論文が読めない原因は、臨床・研究領域の知識不足、研究手法に関する知識 不足、論文のお作法を知らない、英語が苦手の4つ
- 背景知識の不足に関しては論文のイントロダクションや編集部からのコメント(エディトリアル)を読む
- 研究手法に関しては疫学と生物統計学を学ぶ必要があるため、レジデントの間はあまりとらわれすぎない
- 「どこに何が書いてあるか」のお作法を知ると論文が一気に読みやすくなる
「論文を読むのが苦手」という人は少なくないと思いますが、ではなぜ論文が苦手なのか? 論文が苦手、あるいは読めない原因は大きく分けて4つです。
- 1臨床・研究領域の知識不足
- 2研究手法に関する知識不足
- 3論文のお作法を知らない
- 4英語が苦手
1背景となる専門知識が足りない
論文を読むというとついつい研究デザインや生物統計学の話に走りがちですが、一番大事なのは臨床経験と研究分野の背景知識です。臨床研究は文字通り臨床をベースにした研究ですから、研究分野の臨床知識が十分にあることが前提です。レジデントの間はそのベースとなる知識が不足しているため、どの論文を見ても「何が大事なのかわからない」となってしまうわけですね(僕も詳しくない領域の研究論文を読めと言われても困ります)。この土台となる基本的な知識がないと、有名な医学誌に掲載されたというだけで論文の結果に自分の診療が振り回される、なんてことも起こりえます。
この点は経験という時間が必要ですが、少しでも自分の興味がある分野の論文を読む、担当している患者に関する論文を選ぶ、論文のイントロダクションをしっかり読む、あるいは編集部からの論文に対するコメントであるエディトリアル(後述)を読む、ということが対策につながります。 逆に言うと、仮に研究手法の知識が不十分でも十分に臨床経験のある先生 であれば、その論文の大意を掴み解釈するのは可能であるということです。なかには研究手法を詳しく知らなくても本質をついた鋭いコメントをされる先生もたくさんいますので、いかに基本となる知識が大事かということを実感します。
2研究手法に関する知識が足りない
次に研究手法に関しての知識が足りない、という問題です。ランダム化比較試験、バイアス、t検定...、これらの研究用語は公衆衛生学の授業で習ってきたはずです。でもいつのまにか公衆衛生学と言えば「国家試験で大事な分野」という立ち位置に収まってしまい、本来の目的を十分に理解しないまま臨床の現場に出てしまうことが少なくないように思います。
臨床研究に用いる研究手法に関する学問は大きく分けて2つあり、1つは主に研究の設計図の作り方(研究デザイン)を学ぶ疫学(epidemiology)、もう1つが実際に計算する方法(統計解析)を学ぶ生物統計学(biostatistics)です。それぞれ臨床研究におけるデザイナーとエンジニアというとわかりやすいでしょうか。デザイナーがいくら優れたデザインを描いても組み立てて実装する人がいないと意味がないですし、エンジニアがいくら優れていたとしても、もともとのデザインがなければ何を組み立てていいのかわかりません。
このように臨床研究において疫学と生物統計学は切っても切り離せない関係で、大学院での臨床研究コースでも両方を学びます。しかし大学院で学ぶようなことをいきなり理解しろと言われても困りますよね。ではどうすればいいのか? 大事なのは、研究手法は手段でしかない、ということです。最初は研究手法を意識しすぎず、研究目的と結果を見てとりあえず何をやっているかさえ理解できれば、ひとまず合格としましょう。最初から研究デザインや統計解析などの部分まで理解しようとがんばりすぎると、論文を読むのが辛くなります。研究デザインや統計解析は論文を読むのに慣れてきてから少しずつ理解していけば大丈夫です。
3お作法を知らない
論文を読むための大きなポイントとして「お作法」があります。論文はみんな好き勝手書いているわけではなく、どこに何を書くかが決まっています。論文を書くときの大事な点として、書くべきところに書くべきことが書いてある・読者に文章の意味を考えさせてはいけない、というのがあるので、この「どこに何が書いてあるのか」がわかれば一気に読みやすくなります。またお作法を知れば、よく言われる「論文は必要なところだけ読めばいい」ということにつながります。お作法を押さえるのは簡単ですから、まずは本書でここを押さえましょう。
4英語が苦手
最後に、僕もそうでしたが、英語が苦手な人は多いと思います。一見すると専門用語ばかりで難しく思える論文ですが、実は小説や新聞などより ずっと読みやすい構成になっています。論文というのは読んでもらえないと意味がないので、「わかりやすく・簡潔・客観的に」というのが書くときの基本ルールだからです。したがって論文は必ず主語述語、そして比較 対象がはっきりしていて、書くときには比喩表現や曖昧・抽象的な単語を 避ける必要があります。
そして何より今はDeepLやGoogle翻訳という強い味方があります。これまではGoogle翻訳が最高でしたが、今はDeepLという人工知能を用いたウェブ翻訳サービスがあります。僕もDeepLを使って「これだけの精度で翻訳できるのか」と驚きました(ちなみに自分のPCにアプリを入れれば「Ctrl + C」を2回押すだけで選択した部分をコピーして翻訳してくれるのでとてもお勧めです)。
ちなみにGoogle翻訳を使う場合はGoogle Chromeをブラウザに設定し、ブラウザ右上の「翻訳」を押せば自動でウェブページ全体を和訳してくれますので、便利です。もし論文PDFファイルをまとめて日本語に訳したい場合はDoc Translatorというウェブサイトも便利です。このサイトはPDFファイルなどをそのまま全部自動で和訳してくれます。翻訳機能はGoogle翻訳を用いているので精度が高いうえに、ファイルサイズや改行を気にせず使うことが可能です(この機能は便利なのでGoogleの巻き返しに期待したいですね)。指導医の先生によっては英語で読めと言う先生もいるかもしれませんが、僕自身はそう遠くない未来に言語の壁は限りなく薄くなると考えています。自分で研究したい、国際的に活躍したいといった志のある先生は英語で論文を読めばよいと思います。
以上4点が、論文が苦手・読めない主な理由です。「これでは今すぐちゃんと読むのは到底無理じゃないか」と思うかもしれません。でも読めなくて当たり前です。臨床現場も専門医を取ってやっと独り立ちで、レジデントがすべてを最初から行うことはありませんよね。論文を読むことも同じで、少しずつ全体を見ながら進めていくのが大事です。まずは臨床研究を 知るところからスタートしましょう。
筆者は臨床研究を学んできたが、長年臨床に真摯に向き合ってきた先生の「研究の本質を読み取る力」には敵わないな、と思うことはよくある。臨床研究の本質は臨床現場にあり、ということを忘れてはいけない。
またレジデントは論文が読めなくて当たり前。専門医を取得した先生であっても論文を最初から最後まで、統計解析まで含めて読める人はかなり少ないと思われる。論文を読むという視点から大事なことは、最初のハードルをできるだけ下げること。英語が苦手ならば翻訳ソフトを使ってしまい、研究デザインや統計解析にこだわりすぎず、大意を組み取ることに集中することだと思う。具体的に論文を読むには「臨床からの視点」と「研究からの視点」で読む必要があるが、研究からの視点は学ぶのが大変なので、まずは臨床からの視点で考えられるようになろう。
優秀な医学生が良い臨床医になるとは限らないように、論文を読んでいるから良い臨床医というわけではありません。しかし、良い臨床医は常に自分をアップデートするために論文(総説など含む)を読んでいます。ただし論文ばかり読んでいても良い臨床医になれません。論文を読むのは患者さんに向き合って、話を聞いて、診察するよりもずっと楽です。自分が患者だったら図書館に閉じこもっている医者に診察してほしくないですよね。しかも若手医師がちゃんと論文の内容を読めているのかというと、まず読めていないと思います。ここを履き違えると「論文を読んだつもりでドヤっている口だけのイタい医者」になるかもしれないので気をつけましょう(経験談)。