第1章 こんな相談をされたら、どうする? ~発達障害で見られる症候と初期対応~
6 「集団行動が苦手なようです」
Fちゃん(6歳女児:保育園年長クラス)
【主訴】集団行動ができない
【既往歴】2歳半まで有意語がなかったが,現在は日常的なやりとりに問題はない.
【病歴】3歳で保育園に入園した当初は登園渋りが激しく,引きずられるようにして登園していた.保育園ではお気に入りの場所で図鑑を読んだり,折り紙をしたりして過ごしている.発表会の練習を嫌がり,3歳・4歳時は舞台に立てなかった.今年のクリスマス会では羊飼い役になったが,「私は羊なんか飼ってない」「劇で飼っている羊はサフォーク種?サウスダウン種?」と抵抗して保育士を困らせた.とうとう「クリスマス会が終わるまで保育園には行かない」と宣言して布団から出なくなった.母が「仲良しのお友達が待っているよ」と声をかけたが,「それ,誰?」と言い返され,本人から友達の話を聞いた記憶がないことに衝撃を受けて病院を受診した.
- 医師
- Fちゃんは,クリスマスは好きじゃないの?
- F
- クリスマスは好き.プレゼント買ってもらえるから.
- 医師
- 買ってくれる? サンタさんが持ってくるんじゃないの?
- F
- 先生,大人なのにサンタさん信じているの? サンタさんはホントはいなくて,お母さんがFが寝ている間にプレゼントを買ってくるんだよ.
- 医師
- う~ん,そうかもしれないけど….先生は小児科医という職業上の規制から,サンタの実在性を頭から否定するわけにはいかなくて.この事情はわかるかな?
- F
- ああ,ニュアンスしているのね.他の子にはその方がいいかもね.でも,私に遠慮はいらないから.
- 医師
- ニュアンスしてるってどういう意味かな?
- 母親
- 本当にすみません.一事が万事,この調子で….
0はじめに
本稿では,「登園渋りが激しい」「行事に参加しない」「一人遊びが多い」「順番が待てない」「授業に参加しない」など,「集団行動が苦手」な子どもについて考えます.自分の子どもが「みんなと同じことができない」と,家族は大きな不安を抱えて病院を受診します.その心理に配慮しつつも,子どもの性格や特性を丁寧に評価して焦らずに対応しましょう.「みんなと同じ」になる必要はありませんが,能力を発揮するためには最低限の社会適応機能は必要です.年単位で腰を据えて取り組む問題です.
1評価
1)集団行動に向けた発達過程
0歳から保育園に通う子どももいますが,「みんなと一緒に活動する」という意味では集団行動は3歳ごろから始まります.ごっこ遊びなど役割を持つ遊びが集団行動の準備段階です.仲間意識が高まるにつれて「人がやるからボクもやる」と興味のある集団行動に参加し,5歳までには自分の欲求よりも友達との協調行動を優先して,多くの子どもは気が乗らなくても集団行動にも加わるようになります.幼稚園時代にはお利口さんも自由な子どももいますが,就学前年ごろにほぼ発達段階がそろうので,年長さんで集団行動から大きく外れるときは,「発達の水準に不相応」と判断します.それでも発達障害とは限りません.子どもの全体像がつかめるように家族向け・幼稚園/保育園向け問診票を使って情報収集を始め,幅広い鑑別を検討しましょう.
2)集団行動に必要なステップ
集団行動には,以下の3つのステップが必要です1).
- ① 情報収集(みんなが何をするのか)
- ② 情報整理(そのなかで自分は何をするのか)
- ③ 行動(やるべきことを実行する)
「集団行動が苦手」な子どもを見たら,①~③を念頭に具体例を聞き出して,原因を探ってみましょう.
2鑑別疾患と対応
1)自閉スペクトラム症(ASD)
ASDの人は上記①~③のすべてに苦手さがあります.例えば言葉による指示を聞き逃したり,誤解しやすいため情報収集が苦手です.全体に対する指示を聞いていても「自分向けの指示とは思わなかった」と主張するかもしれません.また,空気が読めないので,自分がどう振舞うべきかを判断する情報整理のステップは特に苦手です.さらに集団行動に興味がなければ,何をするかわかっても実行しないことがあります.
新しい環境になじみにくい,登園渋りが1カ月を超える,子ども同士の関わりを求めず一人遊びが多い,などはASDの特徴です.また,見通しがつかない状況を嫌うため,普段と違う行事や予定の変更に抵抗します.集団行動で失敗を重ねていると,二次的に不安が強まってますます集団行動が苦手になります.
基本的な対策は,明確な指示を個人に向けてわかりやすく伝える,具体的な行動を細かく指示して成功体験を重ねる,事前に視覚的な説明を加えることです.運動会なら昨年のDVDを見せて雰囲気をあらかじめ伝えたり,イレギュラーな行事はカレンダーやスケジュール表を使って視覚的にスケジュールを示すのも有効です.
ASDでは,経験値を上げて理解可能な領域が広がると,参加できる集団行動が増えていきます.どうしてもできない場合は無理をせず,来年に期待してお休みさせる選択肢もありますが,できることは参加させるのが原則です.18歳以降の社会参加を目指すために,ちょっと頑張ればできる成功体験を重ねつつ,同時にみんなと完全に一緒でなくてもよいと割り切って育てることを勧めています.
2)注意欠如・多動性障害(ADHD)
ADHDの人は,不注意のため情報収集でつまずくかもしれません.また,多くの情報を同時に処理するのも苦手なので,指示が抜けることもあります.じっとしていたり,すぐに成果が出ないことを根気強く実行するのも嫌いなので,情報収集・整理ができても,行動に移す段階で集団行動から外れてしまいがちです.
ADHDの有名な症状に「滑り台の順番を待てない」があります.これは,情報収集・整理(順番待ちのルール)はできても,先に滑りたいという欲求を抑制できないと解釈できます.一方,ASDは「順番待ちのルールを理解していない」または「滑り台を滑りたくない」ために集団行動から逸脱してしまいます.単純化し過ぎかもしれませんが,同じ「滑り台で遊べない」という症状でも,ADHDとASDではその背景が違います.
1:1で子どもの注意を引いてから簡潔な指示を出す,順番やルールを視覚的に示す,待ち時間には気を紛らわせる手段を準備する,などの工夫が有効です.行事やイベントに興味を持たせる,頑張ったときに褒める/ご褒美を出すなどもASDの子どもに比べると効果的です.
3)知的能力障害(ID)
IDでは,情報収集・情報整理ができず,何をしたらよいかわからないために集団行動ができないことがあります.やる気がない/反抗的ではないのに,周りを見てワンテンポ遅れて行動するときは,IDが鑑別に挙がります.やるべきことを理解すると素直に行動するので,頭ごなしに注意するのではなく,何をすべきかを具体的に指示しましょう.
限局性学習障害(specific learning disorder)でも,読字障害で文字による指示が理解しにくいなどの理由で,情報収集ができずに集団行動が遅れることがあります.
4)不適切な養育(maltreatment)
愛着に問題がある子どもも集団行動が苦手です.指示を被害的に解釈して攻撃的に反応したり,情報収集・整理の段階で偏りが見られます.
また適切な情報整理ができても,行動に移す段階で攻撃されないように最低限の活動しかしない(抑制型),あるいは周囲の注目を集めたり,どこまで許されるのかを試すような逸脱行動(脱抑制型)があると集団行動が難しくなります.
短期的には,「みんなと同じことをしたら怒られない」という理解で集団行動ができる子どももいますが,長期的には安定した環境で思考や行動の偏りを修正し,適切な行動を習得していかなければなりません.
5)環境要因
環境要因とは,例えば人の多い場所が苦手,大きな音が苦手などの理由で運動会の練習に参加できない場合です.普段の集団行動は問題ないのに,特定の場所や行事だけ参加できないときには環境要因を考えましょう.
6)不安
見通しを立てるのが苦手な子どもや,過去に失敗経験がある子どもは,行事のたびに不安を募らせて集団参加に抵抗するかもしれません.安心を保証しながら少しずつ参加を促し,成功体験につなげましょう.
7)子どもが調子を崩したとき
例えば両親の離婚や相性の悪い担任など,何らかのきっかけで「自分のペースが掴めなくなって調子を崩した」子どもは,それまでできていた集団行動ができなくなったり,突発的に逸脱行動をしたりすることがあります.ベースに発達障害があると,それが極端な行動になりがちです.可能な環境調整を行い,周囲が動揺せず受容的に接すると,数週間から数カ月で安定するので慌てずに対応しましょう.しかし,不登校や家庭内暴力など状況が急速に悪化するときは,早急なアセスメントの見直しが必要です.
8)精神疾患
中学生以降になると,うつ病や強迫性障害の強迫観念,あるいは統合失調症の妄想で集団生活への参加が困難になる例もあります.随伴症状や発症までの集団行動には問題ない点が,典型的な発達障害による「集団行動が苦手」と異なりますが,ASDの子どもがペースを崩したときは,精神疾患と鑑別が困難です.
文献
- 田中英三郎:「臨床家が知っておきたい「子どもの精神科」第2版」(市川宏伸,海老島宏/ 編),p111,医学書院,2010