実験医学 2017年12月号 Vol.35 No.19

少数性生物学ってなんだ?

少数の因子が生命システムを制御する

  • 永井健治/企画
  • 2017年11月20日発行
  • B5判
  • 137ページ
  • ISBN 978-4-7581-2502-4
  • 2,200(本体2,000円+税)
  • 在庫:なし
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《企画者のことば》

「少数性生物学」という文字を見て多くの研究者の頭に浮かぶのは「?」であろう.少数性生物学が学問分野として成立しているわけではなく,したがって生化学などのように人口に膾炙していないから無理もない.そもそも少数性生物学は「一体,細胞のなかで発現している生体分子の数は何個あるのだろう?」という素朴な疑問に端を発している.このわかっていそうでわかっていない疑問をもとに細胞を眺め直すと,1つの細胞のなかに遺伝子は通常は2コピー(分子)しかないことや,数個しか発現していないタンパク質が大きな役割を担っていたりする場合があることなどに改めて気が付く.一方,生化学で扱う反応はアボガドロ数(1023個)という無限数を前提とする濃度概念に立脚しており,その概念を用いて遺伝子の発現を含む多くの生理反応が説明されている.無限の数を扱う理論で指折り数えきれる数の要素によって生じる現象を説明できるのであろうか? この前提条件の大きな溝を埋める研究をすれば,もしかしたら生命の動作原理の理解に迫れるのではないか? そのような疑問にこたえるべく,本特集では,少数の要素によって引き起こされる生命現象にアプローチすることの科学的意義や,少数性を暴く技術,そして少数性が統べる生理現象を紹介し,今後の発展やその先にある将来像を探る.

「生命らしさ」の鍵は、マイノリティ因子の振る舞いにあり。ウイルスは何個で感染できるか?細胞間のシグナルはどう伝達されるのか?今もっとも「おもろい」生物学を紹介!

目次

特集

少数性生物学ってなんだ?
少数の因子が生命システムを制御する
企画/永井健治
1個と無限個の狭間に潜む新パラダイム【永井健治】
「少数性生物学」という文字を見て多くの研究者の頭に浮かぶのは「?」であろう.少数性生物学が学問分野として成立しているわけではなく,したがって生化学などのように人口に膾炙していないから無理もない.そもそも少数性生物学は「一体,細胞のなかで発現している生体分子の数は何個あるのだろう?」という素朴な疑問に端を発している.このわかっていそうでわかっていない疑問をもとに細胞を眺め直すと,1つの細胞のなかに遺伝子は通常は2コピー(分子)しかないことや,数個しか発現していないタンパク質が大きな役割を担っていたりする場合があることなどに改めて気が付く.一方,生化学で扱う反応はアボガドロ数(1023個)という無限数を前提とする濃度概念に立脚しており,その概念を用いて遺伝子の発現を含む多くの生理反応が説明されている.無限の数を扱う理論で指折り数えきれる数の要素によって生じる現象を説明できるのであろうか? この前提条件の大きな溝を埋める研究をすれば,もしかしたら生命の動作原理の理解に迫れるのではないか? そのような疑問にこたえるべく,本特集では,少数の要素によって引き起こされる生命現象にアプローチすることの科学的意義や,少数性を暴く技術,そして少数性が統べる生理現象を紹介し,今後の発展やその先にある将来像を探る.
少数と個性―分子の数と生命らしさ【冨樫祐一,新海創也,小松﨑民樹】
従来の生化学における反応の考え方は,酵素など,反応にかかわる物質の濃度に基づいている.この「濃度」の概念は,各成分が莫大な数の無個性な分子の集まりであることを前提としている.ところが,生体分子のなかには,細胞あたり1〜数個しかないものや,個々の分子が「個性」をもつとされるものもある.われわれは,数理モデルに基づく予言や,計測データの詳細な解析により,少数分子とその個性が反応にもたらす効果を明らかにしようとしてきた.その一端を紹介する.
少数の要素を計測する―ウイルス何個で“感染”するか?【藤岡容一朗,田端和仁,大場雄介,野地博行】
これまでのウイルス研究では,実際のヒトでの感染では生じ得ない大過剰量のウイルス粒子を細胞に感染させる実験が多く行われてきた.しかし,現実にはごく少数のウイルス粒子がごく一部の宿主細胞にコンタクトし,その相互作用の結果,感染成立するか否かが決定されると予想される.われわれは,ウイルス粒子のデジタルカウンティング法によるウイルス粒子数の精密計数手法とウイルス感染の定量解析手法を組合わせ,「何個のウイルス粒子が,その後の細胞応答と感染成立に必要か?」という命題に取り組んだ.
細胞集団シグナル伝達の少数制御【堀川一樹,太田裕作,向井あすか,新井由之,永井健治】
組織レベルのマクロな生理機能を理解するには,そのミクロな機能単位である細胞の粒度で解析することが必須である.近年,トランススケール,つまり「木を見て,森も見る」というコンセプトのもと,個体レベルの全細胞計測や,広視野・高精細なライブイメージングが注目を集めている.われわれは後者の例として,10万個の細胞集団に生み出されるらせん状信号波の出現過程を細胞粒度で計測することで,細胞の社会化を駆動するメカニズムの解明を試みている.本稿では,そこから明らかになった少数個の細胞によるシステム制御の一端を紹介することで,トランススケールなライブイメージングの有用性を述べる.
少数支配を実現するゲノムー驚異のDNA収納術【日比野佳代,前島一博】
全長2 mのゲノムDNAがわずか容量1 pLの核のなかにどのように収納されているのか? 基本2セットしかない遺伝子がどのように検索,読み出されているのだろうか? われわれは,光学分解能を超える超解像顕微鏡法により,クロマチンの核内分布とダイナミクスを解析し,直径160 nm程度のクロマチンドメインを基本単位としたDNAの不規則な折りたたみ構造や局所的なゆらぎを見出してきた.この不規則な構造やゆらぎは,遺伝情報の検索,読み出しの過程で,非常に有利に働いていると考えられる.
少数で製造を制御するーべん毛をいつどこで,何本生やす?【今田勝巳,小嶋誠司】
多くの細菌における運動器官であるべん毛は,その形成位置と1個体あたりの本数が菌種によって多種多様である.それぞれが異なるしくみで位置と本数を制御しているが,いずれも制御にかかわる分子の数が鍵を握っている.ここでは,菌体の極に1本という非常に厳密な制御を行う海洋性ビブリオと菌体表面全面に5〜10本という緩やかな制御を行うサルモネラのべん毛形成をとり上げ,細菌が少数の分子のバランスでオルガネラの数を決めるしくみを紹介する.
たかがバクテリア,されどバクテリア ー小さな空間内できわ立つ少数性【福岡 創,蔡 栄淑,石島秋彦】
大腸菌は体積が約1 fLというとても小さな生物にもかかわらず,個々の細胞が走化性システムという情報伝達システムを用いて環境中を探索する.われわれは,大腸菌1細胞について走化性の高時間・空間分解能計測や,蛍光イメージングによる走化性タンパク質の細胞内動態と細胞応答の同時計測を行っており,情報伝達タンパク質の拡散による濃度変動や,数万分子で構成される受容体クラスターの少数分子のような振る舞いを議論できるようになった.本稿は,われわれの最近の研究結果を踏まえ,大腸菌の走化性システムについて概説する.
量的変動の時間,質的変動の時間ー少数分子が刻む哺乳類概日時計【大出晃士,須貝秀平,上田泰己】
哺乳類における概日時計は,転写抑制因子が自分自身の発現を抑制する負のフィードバックループを形成することで生じる遺伝子発現の量的変動によって駆動されると考えられている.一方,近年の研究により,概日時計を駆動する転写抑制因子の発現量と,その制御対象遺伝子数の関係からは1カ所の転写制御部位を担当できる転写因子の絶対数は数十分子程度であることが示唆された.本稿では,このような状況下で正確な時間長を分子レベルで刻む機構として,リン酸化を中心とした翻訳後修飾によって個々のタンパク質の質的変動が生み出されることが重要である可能性を議論する.

連載

News & Hot Paper Digest
[2017年ノーベル賞解説記事]概日リズムを制御する分子機構の発見【大出晃士,上田泰己】
[2017年ノーベル賞解説記事]クライオ電子顕微鏡による構造解析法の開発【佐藤主税】
タンパク質をイチからデザインして創る時代の分子標的治療【田口英樹】
Type2サイトカインによる感覚神経の直接刺激が痒みを増悪させる【丸山健太】
子由来の細胞が母親の傷を治している?!【藤本香菜,入江直樹】
カレントトピックス
始原生殖細胞の代謝特性変換は分化,再プログラム化を制御する【林 陽平】
OPA1とカルジオリピンの一方向性の働きによるミトコンドリア融合の分子基盤の解明【伴 匡人,石原直忠】
細菌感染はTLR4-TRIF自然免疫シグナルを介して造血幹細胞にストレスを与え,自己複製能を障害する【滝澤 仁】
アクトミオシンの活性制御異常が細胞核の変形および染色体の不安定化を引き起こす【高木 亨,Erik Sahai,Mark Petronczki】
Update Review
DOHaD研究の展望と課題【中野有也】
クローズアップ実験法
簡便かつ低コスト化を実現したヒト多能性幹細胞の培養法【宮崎隆道,末盛博文】
創薬に懸ける~日本発シーズ、咲くや?咲かざるや?
血球産生を促進する造血因子の発見と特許競争【宮崎 洋】
予言するシミュレーション
細胞応答の柔軟性をパスウェイシミュレーションで予言する:MAPK経路の例【市川一寿】
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Joan A. SteitzーRNAバイオロジーのひたむきな先導者【廣瀬哲郎】
ラボレポート留学編
世界一周研究旅学ーMalaria Research Group, Leiden University【今井 孝】
Opinion
研究を突き動かす情熱の在り処【新屋良治】
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闇に光るスケルトン【山田力志】

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