世の中,
病理をかじったことのない人でも,「異型性」は一度くらいは聞いたことのある用語ではなかろうか.腫瘍の病理診断を議論するときには,病理医は必ずといってよいほどこの用語をもちだすからである.構造や細胞の異型性とは,正常構造や正常細胞形態と比較してみて,どの程度の相違(異常)を示すのかという度合いを示すものであり,とても重要なものである.
一方,今回の話題として取り上げる分化や極性も,異型性と同様に,正常を基点としたある一時点での評価に過ぎないという点では変わらないが,その組織・細胞像に内在する機能面(動き)を評価しようとする視点が加わっているところが,若干異なるところである.
もう少し具体的に説明すると,極性とは,細胞の向き,配列の規則性や傾向のことであり,例えば組織構造,細胞配列や,細胞内小器官などに極性がある.分化とは,機能,形態ともに,ある成熟組織に近づいていく,細胞の変化のことであり,上皮細胞であれば,例えば重層扁平上皮細胞,腺窩上皮細胞,腺上皮細胞や腸上皮細胞などへ向かう分化がある.
正常から逸脱していく過程では,分化や極性の異常がそれぞれ分離して生じることは少なく複合的に見られることが多いが,病理組織像を観察するときに,それらを念頭に置くことで,正常像からの逸脱を,より明確にとらえることができると考えられる(図1).
食道の正常組織像から見てみよう.食道を覆う上皮は,非角化型重層扁平上皮である.基底部の細胞は,やや濃染状の核を有した立方状細胞が基底膜に沿って整然と並んで配置している(図2a,3a).幹細胞が存在し細胞増殖が行われるとされる「増殖帯(proliferative zone)」は食道の場合,この基底部に限局している(図2a).そして,数層(1層~4層)の基底細胞のうえには,グリコーゲンに富んだ細胞があり,次第に扁平化しながら上皮表面の方に移動していき,最終的には剥落して終わる.上皮が入れ替わるのに平均7日かかるとされる.ほかに,食道の上皮内には内分泌細胞やメラノサイトも基底部細胞の間に少数存在している.
食道粘膜上皮のゼロ点がわかったところで,食道扁平上皮の極性の異常について考えてみよう.極性の異常状態とは,それが乱れた状態と考えればよく,層構造の乱れ,基底部細胞層の肥厚,基底部だけでなく表層で細胞増殖(核分裂像)が出現することなどが挙げられる(図3b).
では,分化の異常はどうだろうか.扁平上皮の分化異常は,表層部であるにもかかわらず細胞が扁平化していないことや,異常な角化(過角化,不全角化,弧在性角化)所見として認識することができる.
腫瘍化した場合は,角化傾向がむしろ「いびつ」に亢進することがあり,それに極性の異常が加わり,表面へ向かう方向性が失われることによって,どこででも過剰な角化を生じるようになる(図3c).その結果が,いわゆる「癌真珠(cancer pearl)」の形成につながる.そして,扁平上皮癌の中では,角化する傾向が強いものを「高分化型」と呼び,角化の目立たないものは「低分化型」に分類される.
胃粘膜の場合はどうだろうか.胃粘膜は少し特殊で,腺窩の腺頸部に増殖帯がある(図2b).この増殖帯から腺窩上皮細胞は分化を始め,だんだんと上方の粘膜表面に向かって移動し最終的に脱落する.この増殖帯で生まれた他の細胞は,下方に移動しながらゆっくりと壁細胞,主細胞,粘液細胞,内分泌細胞などに分化していく.
胃粘膜は,常にさまざまな刺激にさらされており,傷害を受けた場合,すばやく増殖し欠損を置換する能力を有している.表層上皮はおおむね4~8日程度で再生するが,固有胃腺細胞や内分泌細胞などは表層の腺窩上皮などと比べて再生のスピードが遅く,1~3年かかるとされている.
多くの病理医は,日々,多くの胃粘膜生検標本を観察し診断を下している.他臓器の検体数に比べて圧倒的に多い.なのに,いつものように微妙な病変に出くわし診断に迷ったりしている.ここで,今回のもう1つのキーワードである「正常のバリエーション」に触れておこう.
前述したが,胃粘膜は常にさまざまな刺激にさらされており,再生の回転も速い.このため,腫瘍化していないにもかかわらず,「異型」をもった上皮が出現することが稀ではなく,病理診断の世界では,それを「再生(に伴う)異型」などと呼ぶ.このような上皮では,悪性上皮と類似した像を示すことがあり,この正常(ここでは非腫瘍上皮という意味で使っている)のバリエーションの幅の広さを知っておかなければならない.そして,このような病変の診断においては,「異型」という基準線だけでは評価が難しいことが多い(図4a).
分化と増殖帯の位置を考えると,まず,比較的深部にある異型上皮には注意が必要である.増殖部の細胞の核や核小体が腫大していることは再生上皮なら普通のことと考えてよい(図4a).次に,表層へ向かう分化を考える.再生や,腫瘍でも管状腺腫のような良性腫瘍では,表層部での分化(正常腺窩上皮へ近づく形態変化)は保たれていることがほとんどである(図4b).実際の診断において,筆者は,これをかなり重視している.生検標本の場合は,標本の薄切時の切れ方によって評価が難しくなることはあるが,表面で上皮が正常上皮に類似した分化を示していると,それより深部で多少ゴツイ細胞が出てきても,一歩引いた診断を下すことが多い.
一方,「極性」については,胃腺窩の場合は,再生性変化でもそれなりの乱れがあるので注意が必要である.また反対に,胃型の高分化型腺癌などでは,表層での分化は失われていることがほとんどであるが,極性の乱れがあまり目立たないことがあることにも注意が必要である(図4c,d).
本稿では,「分化」「極性」からの視点を知ってもらうために,それらと「異型性」の評価とが別モノかのように説明したが,粘膜の異常を評価する際に,病理医は無意識に分化・極性の異常を「構造異型」「細胞異型」としても認識していると考えられる.
つまり,今回示した,食道や胃粘膜上皮に見られるさまざまな異常形態を「異型性」としてとらえることもできるが,分化・極性の異常という視点を意識することで,ゼロ点からの逸脱をより明確に理解することができるということである.これらの臓器では,「正常のバリエーション」が大きく,1つの基準ではうまく分別できにくいことがしばしばなのだ.
一方,今回は例示しなかったが,大腸の粘膜上皮の評価では非腫瘍性であるか腫瘍性であるかが問われることは,鋸歯状ポリープなどを除くと一般に少なく,通常の生検や粘膜切除標本の診断などでは異型上皮(腺腫や異形成)の程度(grading)が問題になることが多い.そして,そこではもっぱら「構造異型」「細胞異型」の強弱(度合い)の評価に主眼が置かれる.
正常組織像は,ある一時点の静止画像ではあるものの,極性を保ち常々分化しているという内在する動きを考えてみると,たいへん興味深いものである.そして,それをもとに異常を考えていくことで,モノの見方の幅も広がるような気がしている.
胃生検標本で管状腺腫なのか再生異型なのかで迷ったが,パネート細胞や刷子縁がみられたので,腫瘍性変化ではないと考えた
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