いまさら病理学に関する国際化を論じたいわけではないが,日常診療時などに世界標準との食い違いはときどき感じることがある.たとえば,細胞診ではしばしばクラス分類が使用されるが,これは国際的には通じない.また,一般に腫瘍性病変の病理学的評価は,それぞれの癌取扱い規約に準じて行うが,疾患概念や分類になると,特に胆膵腫瘍の場合は,WHO(国際保健機構)分類やAFIP(Armed Forces Institute of Pathology)分類といった国際的分類を参照して用いることが多い.そんなわけで今回は,“インターナショナル” を意識しつつ,胆膵分野で比較的よく用いられる細胞診の問題や最近改訂された消化器腫瘍のWHO 分類を取りあげてみたい.
細胞診は,細胞の集団や個々の細胞形態を観察して診断を行うもので,腫瘍病変のスクリーニングとして発達してきた.最も盛んなのは,現在でも婦人科領域である.この婦人科細胞診が普及していくなかで,他の臓器,検体に対する細胞診断も広く行われるようになってきた.尿や喀痰細胞診はがんのスクリーニングとして行われることも多いが,甲状腺や乳腺などの穿刺吸引細胞診は質的評価目的といえる.胆膵領域でも多くの場合,質的診断が求められている.膵液・胆汁細胞診や膵管,胆管の擦過細胞診のほか,EUS-FNA 細胞診など,細胞採取に際して患者への侵襲が大きいものでは特にそうである.
消化器(特に胆膵)領域を専門とする臨床家で細胞診という検査があることを知らない人はいないだろう.症例提示でも,「細胞診クラス5が出ましたので,手術に踏み切りました」とか「画像では癌が疑われますが,膵液細胞診はクラス3どまりです」,「良性病変と考えていましたが,細胞診がクラス3ということでしたので…」というような表現もしばしば耳にする.しかし,細胞像を確認して,もしくはイメージしながら話している人は,おそらくかなり少ないに違いない.そこで,ここで少しだけ,われわれ病理医がどのように細胞像を診ているのかを,実際の細胞診像で説明したいと思う.
「細胞診」とは,細胞1個の形を見て判定しているかのように思われがちだが,多くの場合そうではない.確かに,最終的には個々の細胞形態を評価して病変診断につなげようとしているわけだが,だからといって本当に1個だけで診断できるかと言うと,それはなかなか難しい(もちろん例外的なものはある).筆者は,病理診断が,臨床情報があっての診断であることをしばしば主張しているが,細胞診も同じである.いや,細胞のみからでは得られる情報が少ないだけに臨床情報がより一層必要ともいえるだろう.
細胞診標本の観察は,背景から始まる.背景が出血性か,壊死性か,粘液性か,炎症性かなど,これだけでも,今その病気の現場で起きている病態についてさまざまなことを想像できる.同じような異型細胞が見られた場合も,どのような背景を伴っているかで,おのずとその細胞の見方(評価法)も変わってくるのである.次に,出現している異型細胞がバラバラになって見られるか,数個の細胞が集まって集団を為しているか,その集団が大きいか,また,その集団は立体的(細胞同士の重なりが強い)か,平面的(“シート状”という表現もよく使う)なのか,このあたりまでの情報で,おおむね病態の状況が把握できてくる.そして,ようやく細胞の特に核所見の評価に入る.これは,多くの方の想像通りの細胞診であり,核クロマチンが濃いだの粗いだの,核に切れ込みがある,核縁が厚い・不整,核小体が大きく腫大している,などを検討することになり,最終的には,臨床情報も総合して診断する(図).
細胞診の診断報告では「クラス2」,「クラス5」というクラス分類が多くの施設で用いられている.これは,そもそも婦人科スメアのパパニコロー分類に準じて異常の度合いを5段階評価したもので,スクリーニングにおいてはある程度わかりやすく有用と考えられる点があるが,質的評価を目的とした場合には注意しなければならない.臨床家のなかには,時に,この数字に振り回されている人もいるように感じることがあり,むしろ弊害もありそうだ.そして,今回のテーマである“インターナショナル”な視点からみると,クラス分類は海外では通じないので論文投稿の際にも注意が必要である.クラス分類の元祖である婦人科細胞診ですら,最近ではベセスダ分類という(より記述的な)国際分類が使われるようになっている.筆者の施設でも,婦人科スメアならベセスダ分類を併記し,その他の検体でもクラス分類はいまだ使用しているものの,異常細胞があった場合は,推定組織型をコメントとともに記述して伝えている.
たとえば,異型度の高い細胞が膵液に出現した場合で,背景に粘液があるか,背景に目立たなくても胞体内にはあるか,背景に壊死物があるかなどの状況により,IPMN(intraductal papillary mucinous neoplasms,膵管内乳頭粘液性腫瘍)か,通常型膵管癌か,その他の腫瘍かなどを推定できる場合もある.したがって,これを「クラス5」の一言で処理すべきではない.ましてや「クラス3」や「クラス4」の場合は,どのような所見があって異常と判断し,どのような所見がある(もしくは欠如する)から「悪性」と言いきれないのかを伝えなければならない(もし記載がなければ,臨床家は病理に聞くべきである).
国際学会や論文投稿の際,表などではクラス3は“atypical cells”,クラス5は“malignant cells”または“carcinoma cells”に,本文中(特に症例の経過記述の際)では,クラス5ではなく,“adenocarcinoma”やadenocarcinomaが示唆される“malignant cells”が出現した(または診断された)などと書くのがよいだろう.
昨年,消化器腫瘍のWHO分類が10年ぶりに改訂され出版された.筆者も膵腫瘍分野の改訂に携わり,その過程のなかで,日本の疾患研究(特に臨床病理学的研究)の実績が,国際的にも無視できなくなっているということ,しかし,その一方で,以前から診断基準や概念でのズレが大きい「早期癌」の捉え方に関する問題は,依然として溝が完全には埋まっていない,ということなどを感じた.また,神経内分泌腫瘍などをはじめ,異なる臓器の腫瘍でもなるべく臓器横断的な基準や分類にしていこうというのも今回の傾向であった.
胆膵系の腫瘍で,癌取扱い規約1)とWHO分類2)でズレがある例として,ここでは膵管内腫瘍性病変の異型度分類と神経内分泌腫瘍を示す.
新WHO分類では,膵管内腫瘍は,非浸潤病変のみを指す用語であると規定され,その組織異型度によりIPMN with low grade dysplasia/intermediate dysplasia/high-grade dysplasiaの3分類で表現することになった.つまり,前版のborderline (uncertain malignant potential)やnon-invasive carcinomaの概念が消えた.膵癌取扱い規約との異型度分類の比較を表1に示す.
神経内分泌腫瘍は,新WHO分類では,神経内分泌腫瘍(neuroendocrine tumor:NET)と予後不良な神経内分泌癌(neuroendocrine carcinoma:NEC)に分けられた.NETは核分裂像やKi-67陽性率で,NET G1(核分裂像<2/10HPF,≦2% Ki-67 index)とNET G2(核分裂像 2~20/10HPF,3~20% Ki-67 index)に分けられ,核分裂像が20%を超えるものはNECと呼ばれ,これらは細胞形態から小細胞癌と大細胞神経内分泌癌に分けられた(表2).前版では大きさや血管侵襲など周囲への振る舞いが加味されていたが腫瘍細胞のみでの評価分類となった.この点,膵癌取扱い規約では,内分泌腫瘍(endocrine neoplasms)とされ,「組織所見のみでは良悪性の判定が難しい」との理由で,そのなかの細かい分類は為されていない.
日本の各種癌取扱い規約は,日常診療において内科,外科,放射線科,病理医など異なる専門家が共通して参照できるという大きな特長をもつ.しかし,特に腫瘍分類においては,国際的議論の場面では国際標準とズレがあったり,より細かな定義が必要であったりする.そのようなそれぞれの特徴と役割を理解して,各分類を使い分けることをお勧めする.論文投稿の際は,海外からの報告のほとんどはWHO分類を用いていることもあり,それに準じるのが無難であり,研究結果の比較もしやすくなる.
a)壊死物,b)出血,c)炎症細胞の出現,d)間質細胞の混在
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