通常の病理診断には,ヘマトキシリン・エオシン(HE)染色というピンクと紫に色づけされた標本が用いられている.組織・細胞構成をある程度明確に染め分けてくれ,しかも比較的安価で工程も複雑でないため,世界中で汎用されている染色である.一方で,病理周辺技術の進歩も目覚ましく,免疫組織化学を含む特殊な染色を用いることで,形態だけでは知りえなかった細胞の性格の一部も明らかにすることができるようになってきた.病態の理解にも有用な,この“スペシャル”な染色(特殊染色)の正しい使い方,見方が今回のテーマである.
特殊染色を行う目的を一言でいえば「HE染色を補うこと」である.画像診断の場合に造影所見を追加するようなものといえる.HE標本ですでに病理医は多くの情報を得て鑑別診断が頭に浮かんでいるが,診断の裏づけを取ることや鑑別を絞るために必要に応じて特殊染色をオーダーする.また,組織像の写真を使って症例を説明する場合,特殊染色で目的の構造物や細胞を染め出すことで他人に説明しやすくなるという利点もある.
組織化学染色とは,有機・無機化学反応を利用した染色法で,一般に「特染」ということも多い.粘液,膠原線維,細網線維,弾性線維,脂肪ほか,目的に応じて特定の組織や細胞内物質,病原微生物などを染め出すことができる.組織化学染色は,後述する免疫組織化学染色の普及によって利用頻度が減ってはいるが,時間やコストの面,さらに明瞭な染色性を考えると手放せないものが少なくない.特に膠原線維,弾性線維,および細網線維など,組織構築を染め出す染色は有用である.
免疫組織化学染色は,抗原に対する抗体との抗原-抗体反応を利用して,組織標本上の目的物を認識し染め出す方法である.「免染」といわれることも多い.目的の分子の存在を知るとともに,抗原が存在する場合はその局在を知ることができる.研究上でも頻用されるが,病院の中の病理診断部門での補助診断法としても不可欠なものとなっている.
それぞれの特染,免染は,それぞれの目的をもって行われる.ここでは,消化器系の病理診断に比較的馴染みの深い染色についてみていきたい.
線維組織を染めるといってすぐに思いつくのは,肝臓の線維化の評価であろう.慢性肝炎,肝硬変では線維組織が伸長してくるため,アザン染色やマッソン染色などの組織化学染色を行うと,線維化の具合がより観察しやすくなる(図1).これらで染め出される線維組織は,「膠原線維」であり,アザンでは鮮やかな青に,マッソンでも青(または染色液の調整により緑色調)に染め出される.アルコール性線維症などで見られる,微細な線維組織の増生も非常にわかりやすくなる.
線維組織には,他に弾性線維や細網線維がある.弾性線維は,血管の弾性板などに豊富に見られる.弾性線維染色では黒色調に染めることができ,弾性線維を指標にすることで,静脈侵襲の有無や腹膜,胸膜浸潤の評価に有用である(図2).
以上の線維組織はHE染色では染色性が類似しており明確に区別しにくいため,特染が威力を発揮する.またこれらを超える有用な免染も現状ではない.
特染では,酸性粘液を染めるアルシャンブルーと中性粘液を染める過ヨウ素酸シッフ(Periodic acid-Schiff:PAS)染色を知っておけばほぼ事足りる.ただし,PAS染色はグリコーゲンにも反応するので,PAS陽性=粘液ではない.この場合は,ジアスターゼ処理後にPAS染色を行うことで粘液か否かの区別が可能である.低分化な腫瘍でも,胞体などに粘液の存在が確認されれば「腺癌」という診断が可能になる.印環細胞癌の拡がりを把握しやすくするために染色されることもある(図4).
粘液に関する免染は,もっぱら,粘液コアタンパク質に対する抗体(MUCシリーズ)が用いられ,細胞分化の評価やそれを基にした組織亜型分類などにも応用されてきている.これについては本連載第3回目(消化器BooKシリーズ第3巻に掲載)も参照して頂きたい.
細菌の染色として有名なグラム(Gram)染色は,病理診断上はあまり有益な情報を与えないことが多いため使用は限られる.胃粘膜に見られるヘリコバクター・ピロリは,HE染色でも観察することは可能だが,ギムザ染色,ワルチンスターリー染色,トルイジン青染色などにより見やすくなるため施行されることがある.
結核は,最近は PCR 法などでの同定を行うことが多いが,組織標本中に壊死を伴う肉芽腫を認め,その壊死部に抗酸菌染色陽性(赤く染まる)の菌体を同定できれば診断を確定することができるので有用である.
真菌は PAS染色 やグロコット(Grocott)染色により,その形態からアスペルギルス,カンジダ,ムコール,クリプトコッカスなどをある程度識別することが可能である.
組織・細胞内には,病態によってさまざまな物質が沈着する.これらも特染である程度染め出すことが可能である.たとえば糖質はPAS染色で,脂質(アルコール処理の前に染色する必要がある)はズダン染色,オレンジG(+),石灰物はコッサ染色,アミロイドはコンゴーレッド染色,などでその存在をより明確にすることができる.神経内分泌細胞の同定は,最近は免染に置き換えられた感があるものの,チモーゲン顆粒を染めだすグリメリウス染色の染色性はシャープであり有用である.
肝臓,肺などの腫瘍性病変では,原発性のみならず他臓器からの転移も多く見られるため,常に「原発か? 転移か?」ということを考える必要がある.慢性肝炎を背景に出現した腫瘍だからといって,必ずしも肝細胞癌とは限らず,時には肝内胆管癌,そして時には他癌の転移のこともある.
画像所見を含む臨床所見から考えてみて,原発性腫瘍として何かしっくりとこない場合は,既往歴についての再確認や他臓器の所見に注意する必要がある.そのうえで,必要であれば生検を行う.そのような情報とともに病理組織像を検索する病理医は,もちろんHE染色標本上の所見から,可能な限り鑑別診断を考え,真実に迫ろうとする.肝生検で腺癌組織が見られる場合は,胆管癌か他の癌か?肺に腺癌が見られたら,肺原発の腺癌のなかで考えうる像なのか否か?などを考える.腫瘍組織の分化が悪いと,その鑑別は一層難しく,一言でいえば,それはどっちつかずの組織像になるからである.
その辺りまで考えたところで,免染をオーダーして鑑別疾患をより絞り込むことになる.何か特別の組織が想起される場合(たとえば,肺癌ならTTF-1,Napsinなど,前立腺癌ならPSA,乳癌ならER,PRなど)はそれとともに,そして大きくスクリーニング的にも利用されるのが分子量の異なるサイトケラチン(cytokeratin:CK)の組み合わせで,通常はCK7とCK20が頻用されている(図5).
その染色パターンで,表1に示すようにある程度の傾向を示すのである.もちろん例外も決して少なくないが,形態に基づいて用いれば有用である.
免染に用いられる抗体は,日々世界中で新たに作製されており,市販化されるものですら,すべてフォローすることは不可能に近いほど日進月歩の世界である.しかし,一方で,実際に病理診断の現場で役立つような,“切れ味のよい”抗体はそんなに多くない.せいぜい100種類に納まる程度であると考えられる.ここでいう“切れ味”とは,染まるべきところ(局在)に強く染まり,それ以外には染まりが見られないような(コントラストがよい)もののことである.また,局在とは,細胞膜,細胞質,核など,そのターゲットとするタンパク質が存在する部位のことで,免疫染色の評価において染まりの強さとともに非常に大事なポイントである(図6).たとえば,Ki-67 やエストロゲンレセプターは細胞核に,サイトケラチンや 癌胎児性抗原(carcinoembryonic antigen:CEA)は細胞の細胞質(胞体)に陽性所見を見る.βカテニンは正常上皮細胞で細胞膜に局在するが,遺伝子異常が生じると核内へ移行し染色でも核内集積を見出すことによって診断に役立てることができる.このように,それぞれの物質の局在を考えながら観察する必要がある.
免染を,研究で用いる人達も多いので,その人達に向けて少し注意点を述べると,まず,免染は抗体の希釈倍率によっては陽性と陰性部分の違いが不明瞭になるため,まず適正な希釈倍率を決定しておく必要がある.また,結果を解釈する際には常にネガティブ・コントロールおよびポジティブ・コントロールと一緒に染色を行い,それらのコントロールを基準にして染色結果を評価するようにしなければならない.
特殊染色は,有用性が高く時に強力だが,使い方を間違うとかえって診断を迷わすことにもなる.また,多くの新たな免疫染色結果が論文に掲載されるが,同じ抗体を用いても必ずしも論文の写真と同じような結果が得られないことが少なくないことも知っておく必要がある.スペシャルなものに振り回されず,上手に活用するようにしたい.そして,病理所見を読むときには,上記のような点を理解したうえでその解釈を行うようにすることで「病理に強い」臨床医にまた一歩近づくだろう.
a) CD20, b) CD31, c) CD68, d) CD133, e) CD138
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