一言で「消化器」といっても,口腔,食道から直腸,肛門,そして肝,胆,膵まで扱う臓器は多岐にわたる.それを扱う専門家,たとえば同じ内視鏡医でも上部と下部消化管ではアプローチや作法が異なるように,病理学的な考え方も胃と大腸では異なり,ましてや“管(くだ)”と肝臓や膵臓などの実質臓器では別世界の感すらすることがある.癌取扱い規約にも,同じ所見を示すにもかかわらず異なる記号が使われたりしているのはその一端を表しているといえるだろう.
そんな専門分化した視点が必ずしも悪いわけではないが,今回は,どちらかというと日頃忘れがちな「ジェネラル」な視点でのものの見方について考えてみたい.たとえば,臓器が違っても類似した特徴をもつ病変があり,それらはまとめて理解した方が良い.その一方で,同じ腺癌でも臓器によってそれぞれの像や浸潤様式などにかなりの違いを見る場合があり,それは,そのような臓器特異性を他との比較も加えて理解するのがよい.それもジェネラルな(臓器横断的)視点をもつことの意義の1つであり,病変をより深く理解することにもつながる.
病理診断の基本となる検体の扱いや検索方法は,日本では早期胃癌の検索法を基礎にして確立されてきたと考えられる.
内視鏡が主流になる前のこと,胃癌の術前には胃のひだの1つ1つまでが細かく二重造影法で描出され癌の進展範囲が予測されていた.その後,外科医によって胃が摘除されると,その胃検体を開いて内科医,外科医,放射線科医,病理医などが皆で取り囲み,粘膜面を詳細に観察し,画像所見を検証していく.それが済んだら板に張り付けて固定し,その後病理医によって胃壁は数mm間隔で連続的に切り出し,組織標本化され,顕微鏡観察と進む.スケッチした胃検体の図の中に顕微鏡で確認された癌の拡がりをプロットしていくと,だんだんと癌の進展具合が明らかとなり,「なるほど,ここまで癌が進展していたから,ここで粘膜ひだが途絶していたのだ」などとわかる.それらを総合して病理診断書が完成する.
以上のような肉眼観察から病理診断までの各ステップや肉眼観察と組織標本の対応,組織標本からの病変の再構築,そして病理と臨床との対応などは,臓器や病変が異なってもその基本は同じである(図1).このような検索方法の基本を最初にしっかり身につけた病理医は,概ねどんな検体にも対応することができるようになる.基本を身につけることはジェネラルな視点を身につける第一歩にもなる.
少し前からだが,消化器系の病理では,「マック,マック」と言っているような気がする.マックとはMUCのことで,ムチンのコアタンパク質の総称である.このムチンのなかには,消化管粘膜表面を保護したり食物の通りを良くしたりするために消化管上皮などが分泌する分泌型ムチンと,細胞膜に結合した状態で存在し,細胞の増殖,分化,アポトーシスなどにも関与する膜関連ムチンとがある.
現在までにヒトでは少なくとも19種類のムチンが確認されているが,病理診断で馴染みの深いのはMUC1,MUC2,MUC5AC,MUC6などである.MUC1は,膜結合型ムチンで,膵腺房中心細胞,介在部などに発現が観察される.MUC2は腸型マーカーとして扱われることが多い分泌型ムチンで,小腸,大腸(特に杯細胞)に,MUC5AC,MUC6は胃型マーカーともいわれるが,MUC5ACは胃腺窩上皮細胞,MUC6は,胃幽門腺・噴門腺,胃副細胞,十二指腸Brunner腺,食道噴門腺などに発現が確認される(図2).
これらの大まかな発現を知っておくことは,さまざまな臓器で正常と異常の同定にも役立つ.たとえば,胃粘膜の腸上皮化生は形態的にも同定は容易だが,MUC2が陽性を示す.通常の膵管上皮にMUC2が発現していることはほとんどないが,膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm:IPMN)の腫瘍発育過程で出現してくるのは有名である.IPMNでも全例でMUC2が発現するわけではないが,MUC5ACはほとんどすべてといってよいほどの症例で陽性を示す.このMUC5ACは,膵管癌の前駆病変の1つと目されている膵上皮内腫瘍性病変(pancreatic intraepithelial neoplasia:PanIN)でも陽性となることから,IPMNと膵癌のでき方に関してさまざまな憶測が浮上する.胆道でも胃粘膜化生が見られるが,腫瘍性変化以外では腸上皮化生はほとんど見られない.
このような臓器特異性を示す上皮マーカーとして,他にはサイトケラチン(20種類以上知られている)もあり,その発現パターンは原発不明癌などの臓器の推定に使われることがある.これについては次回に改めて紹介しよう.
連載第2回目(消化器BooKシリーズ第2巻)で,比較的詳しく説明した上皮内腫瘍性病変(intraepithelial neoplasia)であるが,臓器が異なるとその基準や取扱いが全く異なることがあるため,臓器横断的な概念と各論を区別して理解しておく必要がある例としてここでも取り上げる.
臓器横断的な観点からは,それぞれの上皮性浸潤癌の前駆病変を想定した病変であるということがいえる.一方,その診断基準や取扱いは腺上皮と扁平上皮とで異なるだけでなく,同じ腺系でも,たとえば胆道(biliary intraepithelial neoplasia:BilIN)と膵臓(PanIN)は近隣臓器だが定義や診断基準などはかなり違うので,個々の臓器で確認しておく必要がある.
上皮内腫瘍性病変について,もう1つ重要なことは,病変の取扱いに関する捉え方である.どういうことかというと,食道や胆道の上皮内腫瘍性病変が生検の対象となる病変であるのに対し,膵臓では,PanINを目指しての生検が為されることはほとんどないということである(主膵管レベルの経膵管的生検が行われることはある).つまり,PanINのgradingには臨床的意味合いより研究的意味合いが強いといえる.消化器臓器の病変に限らず,上皮内腫瘍性病変のgradingが2段階分類に収束される傾向にあるのに対し,膵臓のPanINがより細かい4段階(1A,1B,2,3)分類になっているのには,そのような意味合いがある.
粘液産生膵癌として世界に先駆けて日本から発信された病変は,紆余曲折を経て,現行の膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)に名称変更されていった.これにはさまざまな反論もあり,このなかでもっとも多かったのは,末梢の嚢胞性病変を「膵管内腫瘍」ということに対するものであった.嚢胞状なのだから「嚢胞性腫瘍」といえばよいではないか,というものである.しかし,嚢胞状になったものは膵管枝であり,それ自体は腫瘍ではなく腫瘍は嚢胞壁に増生した嚢胞内,つまり膵管内腫瘍なのだ,といわれれば,またそれにも一理ある.
さて,ここでIPMNの変遷を蒸し返そうというのではない.ただ,ほとんど同じ歴史がくり返されようとしていたのが気にはなっていた.それは肝臓/胆管の嚢胞性病変についてである(図3).特に肝臓内で嚢胞状になったものを「胆管内腫瘍」ということに対する反論はまだ完全にはおさまっていない.しかし,臓器横断的な視点でみれば,肝・胆道の嚢胞状腫瘍も,卵巣様間質を有した特殊でまれな症例を除き,そのほとんどは胆管の嚢胞状拡張による腫瘍と認識されるようになるのは時間の問題ともいえるだろう(実際,最新のWHO分類では“intraductal papillary neoplasm of the bile ducts”とされた).そういう臓器横断的な枠組みのなかで,それぞれがもつ固有の特徴に着目していけばよいと考える.
今回いくつかの例から臓器横断的な「ジェネラル」な視野をもつことの意義について考えてみたが,さらにいえば,単に臓器横断的というにとどまらず,時には科横断的に,分野横断的に見る視点も身につけていきたいものである.
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