このコーナーについて
大型研究に出口志向……昨今の日本の研究費を考えるうえで外せないキーワードです.「基礎研究ってそういうものじゃないのになぁ」とお思いの方も多いのではないでしょうか.一方で少し視野を広げると,基礎研究の魅力や意義を独自に追求した研究費もみられます.その一例として,本コンテンツではHFSP(Human Frontier Science Program)という国際グラントに注目し,その魅力や申請の実際をご紹介いたします.
本コンテンツは,実験医学同名コーナーからの転載となります(2015年2月号,3月号,7月号,2016年10月号,2017年7月号).
第4回 フェローシップ申請編
執筆(所属は掲載時)
- 原田慶恵[京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)]
HFSP※1<フェローシップ>って何だろう?
学生(以降,G)博士号を取得したあと海外の研究室に留学したいと思っていますが,どうしたら海外の研究室のポスドクになれるのでしょうか?
原田(以降,H)自分が行きたいと思った研究室のPI(Principal Investigator)に問い合わせたら,たまたま予算やスペースに余裕があって,インタビューを受けた後,ポスドクとして採用される,という極めて幸運な場合もあると思います.しかし,人気のある研究室にポスドクとして採用してもらうのは大変難しいでしょう.
Gそうなんですか…….でも,ぜひ海外の優秀なPIの研究室に留学したいんです! どうしたらよいでしょうか.
Hその場合,自分で奨学金をもらって海外の研究室で研究させてもらうという方法があります.もちろん「人が多すぎてスペースがないからゴメンネ」と言って断られる可能性もありますが,給料を支払う必要がなくて,研究を行ってくれるのであれば,PIは喜んで研究室に迎えてくれるのではないでしょうか.
ヨーロッパからアメリカの有名大学に留学してくるポスドクの多くは自国で3年間の奨学金を確保して留学し,3年経つと自国に帰っていくそうですよ.
G学生がもらうことのできる奨学金にはどのようなものがあるのでしょうか.
H主なものとして,日本学術振興会 (JSPS) の<海外特別研究員>とHFSPの<フェローシップ>があります.また,民間の財団の海外留学助成金もいくつかあります.JSPSは大学院博士課程在学者を対象とする<特別研究員制度>で皆さんよくご存じだと思います.JSPSの<海外特別研究員>についても,身近で採択されて留学した先輩などがいらっしゃって,比較的よく知られていると思います.
ではHFSPはどうでしょうか? 諸外国における知名度が高く,受賞者は国際的に高い評価を得られるHFSPの<フェローシップ>について少し詳しく紹介しましょう.
HFSPの<フェローシップ>には,<長期フェローシップ>および<学際的フェローシップ>がある.運営支援国※2の研究者が他国の研究機関に行く場合,および非運営支援国の研究者が運営支援国の研究機関に来る場合を対象としている.
<長期フェローシップ>プログラムは,生命科学分野の博士号取得者が外国の優れた研究室で,現在とは別の新しい研究分野に移ることを目指した訓練を受けられるように助成する事業だ.<学際的フェローシップ>は,生命科学分野以外 (物理学,化学,数学,工学など) で博士号を取得した若手研究者が生命科学分野の研究経験を積もうする場合を対象としている.
応募資格は<フェローシップ>申請締切時に博士号取得から3年以内であること,<フェローシップ>開始時に博士号を有していること,申請者が主執筆者となっている論文が1報以上,査読が行われる国際的な学術誌に発表あるいは掲載受理されていること,である.
<フェローシップ>では,生活費,研究費と旅費が支給される.支給額は受け入れ機関の国によって異なるが,受け入れ機関が米国の場合,生活費は3年間で146,220ドル (年間4,680ドル相当の家族手当あり),研究費は年間4,925ドルだ.採択が決まった場合,その年の4月1日から次の年の1月1日までの間にフェローシップを開始しなければならない.
Gポスドクで行う研究は新しい分野でなければいけないのですか?
HHFSPの<フェローシップ>は 「新しい研究分野に移ること」 が推奨されています.申請書に書かれている研究の内容が,「博士号取得までに行ってきた研究とは異なる分野であるか」ということが基準の1つの項目として審査されます.また,<学際的フェローシップ>は生命科学“以外”の分野で博士号を取得した研究者が生命科学分野のポスドクになることを支援する珍しい奨学金です.
G支援期間が3年というのは短い気がしますが…….
H3年間というのはポスドクの奨学金としては最長の支援です※3.3年目(最終年)には本国に帰るか,引き続き受け入れ研究室で研究を続けるかを選択することができます.本国に帰る場合は,最長2年間まで最終年度の支援を先送りにすることができます.つまり,はじめの2年間はHFSPの支援で,残りの期間は別のフェローシップあるいは受け入れ研究室のグラントなどで雇用してもらい,最長4年間受け入れ研究室で研究を行った後に本国に帰国し,1年間HFSPの<フェローシップ>の支援を受けるということになります.研究者の都合で柔軟に研究期間を変えることができるのも特徴です.
Gすごいですね! でも,HFSPは国際的なプロジェクトなので申請書は英語で書かなければいけないですよね?
英語の申請書……どのくらい大変?
申請書は全部でA4用紙およそ16~17ページになる.はじめの2ページは概要だ.名前,研究題目,受け入れる研究指導者 (Research Supervisor) 名と所属,受け入れ研究機関,これから行う研究の分野,これまで行ってきた研究分野,博士号を取得した研究機関,論文として報告した2つの重要な研究成果の内容,提案研究内容の要約,期待される研究の成果と最終目標の要約,これまでの研究の要約について書く.続く14~15ページで詳細を記載する.記載項目は博士号取得までに費やした研究期間,申請者の研究履歴,論文リストと2つの論文の内容の要約,2名の推薦者の推薦書,研究プロジェクトの詳細(研究題目,研究計画の要旨,研究の意義と研究分野の変更,研究目的,研究計画,参考文献),受け入れる研究指導者についての情報 (研究経験,論文リスト,推薦文) になる.申請者自身が書くのはA4用紙に5~6ページ程度だ.
Gなるほど,頑張れば書けそうな気も…….申請書を書くときにどのような点に注意する必要がありますか.
Hまず,はじめの2ページが非常に大事です.1人の審査員は50~60件の申請書の評価をするので1件1件の申請書を詳細に読むのは大変です.はじめの2ページで大まかな判断をします.したがって,はじめの2ページ(提案研究内容,期待される研究の成果と最終目標)がきちんと魅力的に書かれていることが非常に大事です.合議審査では一つひとつの審査基準項目について確認しながら審査を行い,評価の点数範囲を決定します.例えば3つの審査基準(図1)のすべてにおいて傑出しており,HFSPの目的に合致している場合は9〜10点の間,3つの基準のうち1つ以上が傑出しており,残りの審査基準項目が優れている場合は7〜9点の間というように,評価の点数範囲が明確に決められています.もちろん「③受け入れ研究者および研究室について」のように自分で変えることはできない項目もあります.しかし,いくつかの審査基準は書類作成方法で大きく評価が変わります.したがって,審査基準を良く理解したうえで,審査基準に則って書類を作成することが非常に重要です.審査委員は必ずしも専門が近い研究者とは限らないし,しかも多くの審査委員は英語がネイティブではありません.良く言われることですが,わかりやすく,明確に記述することが重要です.また,一般的に日本人は自己アピールが苦手なので,主張すべきことはきちんと主張しましょう.謙遜は評価されません.
Gその他に注意すべきことはありますか?
Hフェローシップの審査では,審査委員は2人の推薦者の推薦書と受け入れ研究者の推薦文をきちんと読み,その内容から申請者の研究者としての能力や,受け入れ研究者が申請者の受け入れを切望しているかについて判断します.推薦書の執筆は一般的には申請者の博士課程の指導教員と申請者の研究を良く知っている研究者の方に依頼すると思いますが,推薦書をお願いするときには,その内容が審査を左右する非常に重要なものであることを理解してもらう必要があるでしょう.
Gそうなると英語はネイティブの方に直してもらう必要がありますか?
H残念ながら英語が良くないために低い評価になってしまう申請書があります.可能なら,グラントの申請経験豊富なネイティブの研究者にアドバイスを受けながら申請書を作成するのがよいでしょう.受け入れ研究者,受け入れ研究室のスタッフの方などにアドバイスをもらうことができれば理想的です.審査基準の項目として「申請者本人の提案であるか」とあるように,あくまでも研究のアイデアは,申請者自身が提案するものなので,そこは間違えないようにしましょう.
審査の舞台裏
G原田先生は<フェローシップ>の審査委員をされていたのですよね.審査の方法についても教えていただけますか?
H私は2014年度と2015年度に開始する<フェローシップ>について審査を行いました.<グラント>の審査委員同様,<フェローシップ>の審査委員も公表されています.審査のやり方もかなり具体的に公表されているんですよ.
審査は書類審査と合議審査の2段階で行われる.書類審査は1つの申請書について研究分野が比較的近い2名の審査委員がA (10%),B (15%),C (15%),D (60%)の評価を行う.AとBについてはさらにABそれぞれのなかでA1,A2,A3……,B1,B2,B3……のように順位付けをする.また,評価項目について,簡単にコメントする.評価の着眼点は,研究の独創性,意義,申請者の研究能力,受け入れ研究者の質および研究環境,申請者の研究意欲,最終目標が示されているかなどだ.書類審査後,2人の審査委員の評価結果のリスト (AA,AB,BBなど) が作成される.2人の審査委員の評価がAとC (AC),AとD (AD) とわれた場合,3人目の審査委員が指名され評価を行う.ここまでが第1段階の書類審査である.
第2段階の審査は審査委員がストラスブールのHFSP本部に全員集まって,3日間かけて行われる.審査委員会では,書類審査での評価の上位2割程度について,図1に示した3つの項目における審査基準について審議し,各審査委員が10点満点で評価する.点数以外に採択しても良い (yes),採択すべきでない (no) という評価も行われ,noの数に応じて減点される.最終的に合計点で順位がつく.何位まで採択されるかは,予算で決められる.書類審査,合議審査のいずれも<長期フェローシップ><学際的フェローシップ>それぞれについて別々に行われる.これらの方法は2月号,3月号で紹介された<若手研究者グラント><プログラムグラント>と同じである.
Hまず,利害関係者は書類審査,合議審査のどちらも行いません.合議審査時,利害関係者の審査の間は会議室から退出します.利害関係者の定義はかなり厳しく,事務局担当者がチェックして決めています.審査委員は2015年の場合24名で,1人が50~60件の申請書の書類審査を行いました.
合議審査のやり方はその年によって多少変わります.今年の1月に開催された審査委員会では,AA,AB,BBなど2人の審査委員に高く評価された申請と,AC,ADなど1人の審査員の評価が高かった申請書についてアルファベット順に審査を行いました.具体的には書類審査した審査委員2名 (ACとADの場合は3名) が申請書の内容について評価項目に照らし合わせながら説明します.審査委員長が審査委員の評価からおおよその点数の範囲を示唆します.2名の審査委員 (ACとADの場合は3名) はそれぞれ点数を宣言します.他の審査委員は書類審査をした委員の意見と点数を聞いたうえで採点します.
G評価が分かれたときはどうなりますか?
H他の審査委員の意見を聞いて,評価を変える場合が多いと思います.AC,ADのようなケースは3人の審査の中間になることもあります.多くの場合は議論の結果,最終的に3名の書類審査委員の意見が一致し,ほとんど近い点数評価になります.しかし,わずかではありますが,最後まで意見が分かれる場合もあります.
HFSP<フェローシップ>の本当のところ
G応募者数,採択数は実際どのような状況なのでしょうか?
H昨年の<長期フェローシップ>の応募者数総数は672人,日本人の応募者数は残念ながら10年前にはおよそ100人であったのに対して昨年は34人で,3分の1程度にまで減ってしまいました(図2).世界全体で見た採択率は年によって違いますが,この5年間は8.8~12.7%と狭き門になってしまいました.また,過去5年間の日本人の応募者の採択率は7.0~23.5%と年によってかなりばらついていますが,全体の採択率と比べてやや高い傾向があります.JSPSの海外特別研究員の平成26年の採用率25.8%に比べると低い採択率ですが,だからこそ採択されれば,それは国際的に高い評価を得られたという証拠です.HFSPの<フェローシップ>は単なる奨学金の受領ではなく,受賞なのです!
GHFSPの<フェローシップ>に採択されることには,他にどんなメリットがあるんですか?
H詳細は事例集※4を読んでいただくとして,そのうち主なものについて紹介します (図3).
1つは毎年開催される受賞者会合 (受賞者の国際的な研究集会) に参加できることです.受賞者会合は,HFSPの<グラント><フェローシップ>を一定の年度に受けた研究者が一同に会し,講演,ポスターセッションなどを行う会合です.毎年,さまざまな国で開催されます.各国受賞者の情報・意見交換の場として評判が高く,年々参加者数は増加しています.多くのフェローシップ受賞者が「この会合への参加が大変価値のあるものだった」と言っています.また,フェローシップを受けているか過去に受けたことがある研究者が,母国あるいはHFSP加盟国において独立した研究室を立ち上げる場合に支援が受けられる,<CDA (キャリア・デベロップメント・アウォード)>という独立ポジション用のグラントに申請できることをメリットとした回答が多くありました.CDA に採択されると,年間10万ドルを3年間支給されます.2014年度は応募件数62件のうち採択が12件でした.日本人応募者は62件中2件でしたが,2件とも採択されました.「英語で申請書を作成する過程でさまざまなことを学べたのがよかった」 という意見もありました.
HFSPの各種事業への日本人の応募者,採択者数の増加に向けた取り組みとして,日本分子生物学会,日本生化学会や日本生物物理学会などいくつかの学会の年会へのブースの出展,大学や研究所における講演会の開催などが行われています.機会があったら,ぜひブースをのぞいたり,講演会に参加してください.日本政府がおよそ40%も出資しているHFSPの<フェローシップ>に,できるだけ多くの日本人が挑戦してもらいたいと思います(図4).
プロフィール(掲載時)
- 原田慶恵
- 京都大学(物質-細胞統合システム拠点)教授.大阪大学大学院基礎工学研究科修了.工学博士.2008年より現職.退職後も元気に研究を続ける60歳代の研究者と30〜40歳代の元気の良い若手研究者から刺激を受けるこの頃です.
脚注
- ※1
- HFSPとは何か, については第一回を参照いただきたい.
- ※2
- 運営支援国は,現在,日本,オーストラリア,カナダ,EU,フランス,ドイツ,インド,イタリア,韓国,ニュージーランド,ノルウェー,シンガポール,スイス,英国,米国.
- ※3
- JSPSの海外特別研究員は2年.
- ※4
- 参考冊子:HFSP―複雑な生体機能の解明のための国際共同研究助成事業『世界へ挑戦―受賞者事例集―』(2014年1月).これまでにフェローシップを受賞した研究者により,HFSPに応募した理由,HFSPのメリット,助成期間を振り返って,具体的な成果,今後のHFSPへの応募者に向けたメッセージなどが書かれている.
資料提供:国際ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム機構(HFSPO).詳しい情報を知りたい場合は,HFSPOのホームページおよび日本医療研究開発機構の該当ページをご参照ください.
科学を愛するあなたのための研究費があります 目次
- 第1回 グラント申請編[前編] (2018/03/02公開)
- 第2回 グラント申請編[後編] (2018/03/09公開)
- 第3回 グラント獲得編 (2018/05/25公開)
- 第4回 フェローシップ申請編 (2018/06/08公開)
- 第5回 フェローシップ(留学助成)獲得編 (2018/06/15公開)