医師に期待される,睡眠への深い知識
研修医の皆さんにとって慣れない現場での研修は緊張の連続であり,へとへとになって1日を終えることも少なくないと思います.私も研修医の頃,学生時代には経験したことがない疲れを感じながら帰宅したことを今も思い出します.しかしそんな日も,夜にぐっすり眠ることができれば,翌日には疲れがリセットされ「さあ今日も頑張るか」と前向きな気持ちになることができました.一方で,医師としての未熟さを痛感するような出来事があった日には,眠ろうとして横になっても日中にあったことを何度も思い出してしまい,なかなか寝付けず十分な睡眠がとれないことがありました.睡眠不足の翌日は頭がぼーっとして体もだるく,気持ちも前向きになれませんでした.
このような体験を通して,私たちは睡眠が体や心の休息・回復にとって最も基本的かつ重要な機構であることを身をもって知りますが,現在の医学教育においては体系的知識として睡眠やその障害について学ぶ機会は十分にあるとはいえません.私が医師として駆け出しの頃,「なかなか眠れないんだけどどうしたらよいか」という患者さんからの質問に対して「横になっているだけでも疲れはとれるので,眠れなくても横になっていればよいですよ」という回答が当たり前のようになされていました.しかし,現在の睡眠医学では,このような指導はむしろ不眠の慢性化を引き起こすと考えられています.患者さんは,身体のスペシャリストである医師であれば当然,心身の回復や健康維持に重要な役割を果たす睡眠について深い知識をもち,適切なアドバイスや治療方針を示してくれるはずだと期待します.このような期待に応えられる医師になるための第一歩をぜひこの特集をきっかけに踏み出してもらいたいという気持ちを込めて,特集の内容を企画しました.
本特集のねらいと特徴
本特集では最も頻繁にきかれる睡眠の訴えである「不眠」を取り扱います.以前に厚生労働省が実施した全国調査においては,一般成人の5人に1人が何らかの睡眠の問題を抱えていたことが報告されています1).成人のなかでも,不眠を訴える頻度は加齢とともに増加するため,高齢者の割合が多い医療機関の受診者においては,さらに高い頻度で不眠を認めることになります.不眠は,患者さんの生活の質(QOL)を押し下げるのみならず,さまざまな身体疾患や精神・神経疾患の発症・悪化要因になることから,早期から適切な対応をすることが求められます.
今回は,臨床現場,特に病棟やプライマリ・ケアで遭遇する頻度の高い睡眠の問題に焦点をあてました.「不眠」や「不眠症」という用語は日常的によく用いられていますが,両者がイコールでないことはベテランの医師の間でもよく知られていません.このような基本的内容から,「不眠」と「せん妄」の見分け方,睡眠薬の種類や使い分け,不眠症以外で知っておくべき睡眠障害の知識など,研修医の皆さんが知りたい,または皆さんに知ってほしいと思うテーマを重点的に取り上げました.
各テーマの執筆は,睡眠を専門としながら各診療領域で幅広く活躍されている熱心な臨床家の先生方にお願いしました.いずれの先生も研修医に対する豊富な指導経験を有しており,明日からの研修に役立つ情報がぎっしり詰め込まれた内容になっていると思います.
本特集は,これまでにあまりなかった研修医をターゲットにした不眠に関する特集ですが,結果的には研修医に限らず臨床医全般が持ち合わせるべき睡眠に関する知識について広く網羅することができたと思います.今回の特集が,皆さんの研修をより豊かにするとともに,睡眠マネジメントもできる臨床家になるための一助になれば幸いです.指導医としてたいへんやりがいのあるこのような企画の編集の機会を与えてくださった羊土社編集部レジデントノートの担当者の皆様,たいへんお忙しいなか原稿の執筆を快くお引き受けいただいた執筆者の先生方には,この場を借りて厚く御礼申し上げます.
引用文献
1) 厚生労働省:平成19年国民健康・栄養調査報告.2010
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou09/01.html
鈴木正泰(Masahiro Suzuki)
日本大学医学部 精神医学系精神医学分野 主任教授
2002年日本大学医学部卒業.日本大学医学部精神医学教室,イタリアSan Raffaele大学臨床神経科学分野を経て2020年より現職.現在は,精神疾患と睡眠の相互関連性を取り扱う睡眠精神医学(sleep psychiatry)が主な関心テーマ.精神科全般の指導を行うとともに,睡眠外来では睡眠医学の面白さ,魅力を後進に伝えています.