宿主に感染したウイルスは,いかにしてその病原性を発揮するのでしょうか? 脂質・エネルギー代謝や免疫過剰応答,治療効果予測にかかわるSNPの同定まで,ウイルス疾患の発症・重症化のメカニズムを解き明かす!
目次
特集
ウイルス病原性の実態─その時,宿主で何が起きているのか
代謝異常から免疫過剰応答まで,インフルエンザ,C型肝炎,SARS,AIDSの重症化に関わる分子機構
企画/今井由美子,久場敬司
序にかえて─宿主システムからのウイルス病原性発現機構解明へのアプローチ【今井由美子/久場敬司】
ウイルスは宿主と同様にゲノムをもち,宿主システムを利用しながら自らの遺伝情報を子孫ウイルスに伝えて地球上でサバイバルを続けている.ウイルスが侵入した宿主細胞では両者の相互作用からさまざまなシグナル伝達系が動き出し,それらがインテグレートされた形での生命現象を感染現象と考えることができる.このシグナルバランスが破綻し,ウイルスと宿主の攻防において,ウイルスの力が宿主の防御力より強くなったとき,病原性が発現し感染症が発症する.感染現象および病原性発現機構を真に理解するには,ウイルスゲノムの複製や転写などの増殖機構,宿主域やトロピズム(指向性)といったウイルス側からのアプローチとともに,ウイルスに対する生命体の応答をシステムとして理解する“宿主システム”からのアプローチが不可欠である.
遺伝子多型解析が解き明かすインフルエンザ脳症と多臓器不全【木戸 博/千田淳司/Min Yao/Dengbing Yao/山根一彦】
インフルエンザ感染の重症化は,血管内皮細胞の膜透過性の異常亢進による末梢循環不全,浮腫,水腫による多臓器不全が病態の中心となることが明らかになってきた.インフルエンザ脳症を含め重症化の多くは,エネルギー代謝酵素の遺伝子多型,例えば熱不安定性表現型を示す脂肪酸代謝酵素をもつ患者や,糖尿病など後天的なエネルギー代謝障害者に集中している.本稿ではエネルギー代謝障害者のインフルエンザ感染時における,血管内皮細胞の膜透過性の亢進について最近の解析結果を紹介する.
新興ウイルス感染症におけるARDS発症,重症化の分子機構【久場敬司/森田正行/鈴木 享/今井由美子】
新興ウイルス感染症であるSARSコロナウイルス,高病原性H5N1あるいは2009年新型H1N1インフルエンザ感染においては,急激に発症するARDS(急性呼吸窮迫症候群)が大きな問題である.感染宿主ではウイルスに対する獲得免疫が発動する間もなく,自然免疫が過剰に活性化されることにより,激しい炎症反応で肺の組織構造はずたずたに破壊されてしまう.破滅的な劇症の炎症反応に至る過程には多数の宿主側の因子が実行分子として寄与する.われわれはこれまでにマウスARDSモデルを活用することで,脂質の酸化修飾やレニン-アンジオテンシン系を介した自然免疫シグナルの活性化がARDS発症に重要であることを明らかにしてきた.本稿では,新興ウイルス感染症における自然免疫の過剰活性化,ARDS発症,重症化のメカニズムについて,われわれの研究成果を中心に最新の知見や治療の展望を紹介したい.
インフルエンザウイルスのライフサイクルにかかわる宿主因子の探索【渡辺登喜子/渡辺真治/河岡義裕】
インフルエンザは毎年冬になると流行し,乳幼児や高齢者を中心に多くの犠牲者を出す.2009年に出現した新型インフルエンザウイルスは,世界的大流行 (パンデミック) を引き起こし,甚大な被害をもたらしている.ウイルスが増殖するためには,宿主の細胞内機能を利用する必要がある.そのため,ウイルスの増殖メカニズムや,病原性発現機構を解明するには,ウイルスと宿主との相互作用を理解することが重要である.最近,RNAiライブラリーなどを用いた網羅的スクリーニングによって,インフルエンザウイルスの増殖にかかわる新規の宿主遺伝子が同定されつつある.宿主因子の研究から導き出される成果は,インフルエンザウイルスの増殖機構を明らかにするだけでなく,新たな抗ウイルス薬の開発にもつながることが期待される.
インフルエンザの宿主応答:感染防御と免疫病理【J. S. M. Peiris/Kenrie P. Y. Hui/Hui-Ling Yen】
インフルエンザウイルスに対する宿主応答は感染防御に決定的な役割を担っている一方で,インフルエンザの免疫病理に深く関与している.後者は,季節性インフルエンザや新型インフルエンザ (2009年H1N1) に比べH5N1鳥インフルエンザや1918年H1N1インフルエンザ (スペイン風邪) などの病原性の高いインフルエンザにおいてより顕著である.このようなインフルエンザの発病機構の理解は,感染防御を障害することなくインフルエンザの重症化を最小限にくい止める新規の治療法の開発につながると思われる.
GWASから同定されたC型肝炎の治療効果に関連する遺伝子多型【田中靖人】
ゲノムワイド関連解析により,19番染色体のIL28B遺伝子周辺に,C型慢性肝炎の標準療法であるペグインターフェロン+リバビリン (PEG-IFN/RBV) 併用療法の有効性に関連する遺伝子多型 (SNP) を発見した.このなかで代表的なSNPであるrs8099917 (マイナーアレルG) をもつHCV患者群は,危険率約30倍の確率 (p=2.68×10-32) でPEG-IFN/RBV併用療法が無効となることがわかった.最近,「IL28Bの遺伝子診断によるインターフェロン治療効果の予測評価」として新規先進医療に認可され,C型慢性肝炎に対して治療する前にこの遺伝子多型を調べることで高い確率で治療効果の予測が可能となり,テーラーメイド医療として期待される.
HIV-1のウイルス-宿主相互作用と新規治療薬の開発【佐藤 佳/小柳義夫】
AIDSの原因ウイルスであるHIV-1の増殖・複製は,“宿主因子”とよばれるさまざまな宿主由来のタンパク質により正または負に制御される.一方,HIV-1は,ウイルス複製を負に制御する宿主因子の機能を相殺するウイルス由来タンパク質をコードしている.近年,宿主因子とウイルス由来因子の拮抗作用の分子メカニズムの詳細が明らかになってきた.本稿では,宿主因子とウイルス由来因子の相互関係について概説し,さらに,そこからみえてきた新たなHIV-1感染症/AIDS治療薬の開発戦略について紹介する.
Update Review
病態生理に基づく統合失調症の新規治療薬開発に向けて【高橋長秀/尾崎紀夫/櫻井 武】
トピックス
カレントトピックス
気道上皮繊毛の機能的運動非対称性におけるチューブリンポリグルタミン酸化修飾の重要性【池上浩司/瀬藤光利】
ヒトHP1結合タンパク質のプロテオーム解析からみえてきたHP1の新機能【野澤竜介/長尾恒治/小布施力史】
尿酸が“Danger signal”として働くことで細胞死に対する炎症が誘導される【河野 肇】
免疫受容体アラジン-1はIgE依存性アレルギー反応を抑制する【人見香織/田原聡子/渋谷 彰】
News & Hot Paper Digest
ノンコーディングRNA“HOTAIR”のクロマチン修飾における足場機能【古久保哲朗】
トウガラシで,血圧降下【柏木 哲】
光で神経回路を抑制し,行動を制御する新しい技術【平井宏和】
セマフォリンは,癌の浸潤・転移を誘導する!【熊ノ郷 淳】
ヒトES細胞研究への米国連邦政府助成が禁止される?【MSA Partners】
連載
次n世代シークエンス技術がもたらす「津波」
第2回 ヒトゲノムが語る人間の多様性と個別化医療【一戸敦子/宋 碩林/菅野純夫】
クローズアップ実験法
TuD RNA発現ベクターによる特定のmicroRNAの高効率阻害法【原口 健/伊庭英夫】
プレゼンテーション スライド作成講座
「見やすく」を考える【堀口安彦】
創薬物語
前立腺肥大症に伴う排尿障害治療薬-ハルナール® (塩酸タムスロシン)【浅野雅晴/竹中登一】
【最終回】モデル生物の歴史と展望
コモンマーモセットの歴史と展望-Biomedical Super Modelの期待【伊藤豊志雄】
ラボレポート -独立編-
科学とビールの狭間で,ミュンヘン-Department of Neuroimmunology, Max Planck Institute of Neurobiology【川上直人】
Opinion -研究の現場から
優れた研究室とは-信頼関係を育てるために【清水隆平/関田啓佑】
関連情報