その鎖長・二重結合の数や位置により多くのバラエティが存在する脂肪酸.生体内の脂肪酸バランスが細胞内ストレスの原因となり,慢性炎症,ひいては代謝性疾患などの病態へと進展する分子機構を紹介します.
目次
特集
炎症・代謝性疾患に潜む 脂質メタボリズム
脂肪酸の質の違いが制御するストレス応答と病態
企画/有田 誠
脂肪酸の質の違いについて考える【有田 誠】
栄養素であり,かつ生体膜脂質や脂肪滴の構成成分でもある脂肪酸は,細胞の生命活動において必須である.脂肪酸には多くの種類があり,飽和と不飽和,さらに不飽和度の高い多価不飽和脂肪酸などに大別される.一般的に動物性脂肪には飽和脂肪酸が多く,一方で植物油や魚油などには不飽和脂肪酸が多く含まれている.また,多価不飽和脂肪酸のなかでも分子内の二重結合の位置によりn-6系,n-3系脂肪酸が存在しており,それらは哺乳動物の体内において相互変換されることはなく,代謝的に質の異なる脂肪酸である.最近,このような脂肪酸の質の違いが,炎症を基盤病態とするさまざまな疾患において重要であること,さらに生体内には脂肪酸の質の違いを認識して応答する機構が存在することが次第に明らかになってきた.そこで,本特集では,このような脂肪酸の質の違いがかかわるバイオロジーについて,とくに炎症・代謝性疾患との関連性を含め,最新の分子レベルでの研究についてご紹介したい.
脂肪酸の質に視点を置いた栄養シグナル【松坂 賢/島野 仁】
細胞内の脂肪酸の供給は,食事や血中遊離脂肪酸以外に,糖質からの内因性脂肪酸合成によっても行われる.内因性脂肪酸合成系は過栄養状態で活性化され,組織への脂質の過剰蓄積によりインスリン抵抗性や小胞体ストレス,酸化ストレスといった細胞機能障害をひき起こし,生活習慣病の原因となると考えられてきたが,最近,内因性脂肪酸合成を介した炭素鎖長や不飽和度などの脂肪酸の「質」の変化も生活習慣病の発症に重要であることが明らかになりつつあり,今後の新規治療標的としても期待されている.
脂肪酸の質的・量的変化がもたらす慢性炎症とメタボリックシンドローム【伊藤美智子/菅波孝祥/小川佳宏】
飽和脂肪酸はアディポサイトカインの1つと考えられ,産生過剰状態が続くと非脂肪組織に蓄積し(異所性脂肪),最終的に臓器機能不全をひき起こす(脂肪毒性).飽和脂肪酸は炎症惹起作用を有し,メタボリックシンドロームの病態形成に深く関与する一方,n-3系多価不飽和脂肪酸は飽和脂肪酸に拮抗し,メタボリックシンドロームの病態に対して抑制的に作用すると考えられる.本稿では,メタボリックシンドロームの病態形成における脂肪酸の質と量の変化に焦点を当て,最近の知見を交えて概説する.
多価不飽和脂肪酸の代謝と炎症の制御【磯部洋輔/有田 誠】
多価不飽和脂肪酸には,分子内の二重結合の位置の違いによりn-3系列,n-6系列とよばれる,互いに質の異なる脂肪酸が存在する.一般的にアラキドン酸などのn-6系脂肪酸に対して,エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などのn-3系脂肪酸の比率が高いほど,主に炎症が基盤病態である疾患に対して抵抗性になる.このようなn-3系脂肪酸の作用機構については,n-6系脂肪酸であるアラキドン酸から生成する起炎性エイコサノイドに対する拮抗作用,およびn-3系脂肪酸から独自の活性代謝物が生成することが報告されている.レゾルビンやプロテクチンとよばれるこれらの活性代謝物は,n-3系脂肪酸の抗炎症作用に積極的に寄与している可能性がある.
リン脂質の飽和/不飽和バランスと小胞体ストレス応答【河野 望/新井洋由】
生体膜リン脂質には,飽和脂肪酸から高度不飽和脂肪酸までさまざまな脂肪酸が結合しており,膜リン脂質の脂肪酸組成は,膜ダイナミクスや膜タンパク質の機能に重要であると考えられている.しかし,哺乳動物において膜脂肪酸組成が変化したときに起きる生体応答はこれまでほとんど明らかとなっていない.最近,われわれはリン脂質脂肪酸鎖の飽和脂肪酸量が増加したときに小胞体ストレス応答が起こることを見出した.本現象の生理的意義,および代謝性疾患などの病態への関与について今後の展望を述べたい.
肥満における脂質の質的変化とメタボリックシンドローム【中村能久/Gökhan S. Hotamisligil】
過栄養・肥満が,インスリン抵抗性,糖尿病,動脈硬化などのメタボリックシンドローム(代謝症候群・代謝性疾患)を誘発することがわかり,その関係を説明する分子的解析が進んできている.過去20年におよぶ解析から,肥満が,脂肪細胞,肝臓,膵臓といったエネルギー代謝組織において炎症反応を誘導し,この炎症反応と代謝性疾患が高度に結びついていることが明らかになった.エネルギー代謝組織における炎症反応(代謝性炎症反応)には,脂質の量のみならず,質の違いが大きな影響を及ぼすことがわかり,さまざまな知見が蓄積されてきている.ここでは,肥満における脂質の質的変化と代謝性疾患の関係について,われわれのグループでの最近の知見を中心にご紹介したい.
脂肪酸の質を識別する受容体【平澤 明/竹内理人/原 貴史/辻本豪三】
ゲノム解析研究の結果見出されたオーファンGタンパク質共役型受容体(GPCR)に対するリガンド探索研究の結果,脂肪酸をリガンドとする新規の受容体ファミリーの存在が明らかになった.短鎖脂肪酸をリガンドとする,GPR41,GPR43,中鎖脂肪酸に対するGPR84,中-長鎖脂肪酸受容体としてGPR40,GPR120がそれぞれ見出されている.この脂肪酸受容体ファミリーは生体内での各種脂肪酸を識別するセンサーとして,代謝制御を含めて重要な生理的な機能を果たすことが明らかになりつつある状況である.
メタボローム新技術が切り拓くこれからの脂質バイオロジー研究【有田 誠/斎藤嘉朗/田口 良/西島正弘】
さまざまなバイオロジーや病態の背後に潜む分子メカニズムを「脂肪酸の質の違い」という観点から明らかにするためには,解析対象となる組織における脂肪酸の質の違いを定性・定量的に分析し,可視化することが必要である.そのようなことを可能にする技術として,近年急速に発展しているメタボローム解析技術について紹介する.さらにゲノム,プロテオーム解析を加えた多層的オミックスへの展開など,これからの脂質バイオロジー研究の方向性・可能性について議論したい.
Update Review
“痛み”のバイオロジー ―侵害受容器はどこまでわかってきたか?【中川貴之】
トピックス
カレントトピックス
ストレスとゲノムの応答【原 誠】
MED26は転写伸長因子複合体“SEC”をリクルートする【高橋秀尚/Ronald C. Conaway/Joan W. Conaway】
セマフォリンシグナルを介したTORアダプター因子の選択機構【糠塚 明/高木 新】
内在性Nogo受容体アンタゴニストLOTUSの嗅索形成における生理的役割【池谷真澄/栗原裕司/佐藤泰史/五嶋良郎/竹居光太郎】
News & Hot Paper Digest
非コードRNAとポリコームメチル化が核局在を決め遺伝子を制御する【黒川理樹】
内膜でも働いていたBcl-xL【武田弘資】
精神疾患研究における細胞移植の有用性【神谷 篤】
米国におけるワクチン政策と費用対効果【川上浩司】
福島第一原発事故への取り組み【秋光信佳】
連載
クローズアップ実験法
RNAアプタマーを用いたRNA―タンパク質相互作用の解析【飯岡英和/Ian G. Macara】
いざ,研究ディスカッション―聞かれた以上のことを答える【浦野文彦/Christine Oslowski/Marjorie Whittaker】
絵で見る先端分子生物学
DNA複製開始とDNA相同組換え ~双子タンパク質と進化の妙【解説:胡桃坂仁志/絵:松本亮平】
私のメンター ~受け継がれる研究の心~
Pierre Chambon ―転写研究に魅せられて【加藤茂明】
Campus & Conference探訪記
アステラス-京都大学 (AK) プロジェクト【早乙女周子】
ラボレポート ―留学編―
ノルウェー留学記 ―Norwegian University of Science and Technology【北西卓磨】
Opinion ―研究の現場から
iGEM参加から感じた日本の学問の現状【宮地大輝】
関連情報