神経,免疫など様々な細胞の動きをナビゲートする注目の分子「セマフォリン」.国内外から研究成果の報告が相次ぎ,「疾患の鍵分子」として注目を集めるそのメカニズムに迫る!
目次
特集
細胞・小胞をナビゲートする分子 セマフォリンによる疾患制御のダイナミクス
企画/熊ノ郷 淳
セマフォリンは疾患の鍵分子~分野の垣根を越えて広がるバイオロジー【熊ノ郷 淳】
セマフォリンは,当初神経ガイダンス因子とされてきた分子群である.ところが,近年免疫領域を中心に急速にセマフォリンの機能解析が進むにつれて,その活性は神経のみならず,免疫調節,血管・脈管形成,がんの転移・浸潤,骨代謝調節,網膜恒常性維持などの多彩な作用を有していることが明らかになってきた.さらに,セマフォリンがアトピー性皮膚炎,喘息,多発性硬化症などの免疫疾患,骨粗鬆症に代表される骨代謝疾患,神経変性疾患,網膜色素変性症,心臓の突然死,がんの転移・浸潤などの「疾患の鍵分子」であることが示され,セマフォリンは疾患の診断・治療の新たな標的としても注目を集めている.
セマフォリンを用いたアトピー性皮膚炎治療の可能性【五嶋良郎/相原道子】
アトピー性皮膚炎(AD)における掻痒感は罹患者の生活の質(QOL)を著しく低下させる.セマフォリンのプロトタイプ,セマフォリン3A(Sema3A)は,軸索の伸長を阻止する反発性の神経軸索ガイダンス分子として同定された.かゆみを感知する知覚神経C線維は,神経成長因子(NGF)により,その突起伸長が促される.Sema3Aは,NGF感受性のC 線維の伸長を抑制することから,ADへの適用が考えられた.
多発性硬化症とセマフォリン【中辻裕司】
中枢神経系(CNS)疾患の多くは未だ病態が不明であり,また血液脳関門という障壁による薬剤デリバリーの困難さも相まって治療的介入の困難な難病が多い.そのような状況にあって,神経免疫疾患は免疫学の発展の恩恵を受けながら病態が徐々に明らかになり,診断,治療に道が拓けつつある領域である.本稿で紹介する免疫セマフォリンSema4A,Sema4D,Sema7Aはいずれも神経免疫疾患の病態に深く関与し,臨床の場への還元という大きな目標に近い位置にある分子である.本稿ではこれらのセマフォリンと主に多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)との関連について紹介する.
セマフォリンシグナルと腫瘍の増殖・転移の制御【Luca Tamagnone】
セマフォリン(semaphorin)は,元来,発生段階の神経軸索伸長因子として発見された分子群であり,プレキシン(plexin),ニューロピリン(neuropilin)を主な受容体として作用する.近年,セマフォリンの腫瘍における機能が次々と明らかになってきており,腫瘍の血管新生,増殖,浸潤や転移における活性が示唆されつつある.セマフォリンは腫瘍そのものと腫瘍の微小環境である間質の両者に作用する.さらに,腫瘍の増殖,転移を促進するセマフォリンが報告される一方で,他のセマフォリンファミリーのなかには腫瘍の増殖,血管新生,浸潤や転移を抑制するものも確認されている.腫瘍組織におけるこれらのセマフォリンシグナルは正常組織に比してしばしば破綻しており,セマフォリンシグナルが腫瘍を制御するうえでのよい治療標的となりうることを示す結果も,多く報告されている.
セマフォリンによる骨代謝制御【林 幹人/中島友紀/高柳 広】
骨は,構造的な強さやミネラル代謝の恒常性を維持するため,骨吸収と骨形成によりダイナミックに生まれ変わっており,このプロセスは骨リモデリングとよばれる.最近,われわれは骨芽細胞に発現する破骨細胞分化抑制性因子として同定したSema3Aが,破骨細胞・骨芽細胞の双方を同調して制御し,骨量を増加させる因子であることを発見した.一方,破骨細胞ではSema4Dが発現し,骨芽細胞分化を抑制することで骨吸収を十分に行うために必要であることも示唆された.これらの分子を含め,さまざまなセマフォリンが骨代謝制御に深くかかわっており,骨疾患に対する治療戦略の重要なターゲットとなることが期待される.
網膜疾患とセマフォリン~Sema4Aの網膜でのエンドソーム輸送制御【豊福利彦】
網膜色素変性症は,成人の視力障害の3大疾患の1つで,その病変の主体は網膜に存在する視細胞の変性・脱落である. 最近, 神経ガイダンス因子であるセマフォリン分子群の膜型セマフォリン, セマフォリン4A (Sema4A)の点変異が家族性網膜色素変性症に同定された.Sema4A欠損マウスは出生直後より神経の変性・脱落を示すが,その作用機序は細胞外リガンドとしてではなく,色素上皮細胞内でエンドソームの輸送制御を介して視細胞の生存・機能に重要なプロサポシン・レチノイドの視細胞への供給を行うことであった.
セマフォリン関連分子群の立体構造【松永幸子/高木淳一】
セマフォリンとその受容体膜タンパク質プレキシンは,われわれのからだの中で細胞の移動を伴うような局面ではほとんどといってよいほど登場するシグナリング系を構成しており,それゆえ創薬ターゲットとしてきわめて注目されている.セマフォリン関連分子群について近年非常な勢いで構造解析がなされており,その成果はセマフォリンのバイオロジーを大きく進展しつつある.本稿では,これまでにどういう構造情報が得られ,そこから何がわかってきたのか,そしてこの先何が必要とされるのか,についてわれわれ自身の解析結果も交えながら概観する.
Update Review
繊毛病(ciliopathy) 研究の最新の動向【横山尚彦】
トピックス
カレントトピックス
理想タンパク質立体構造のデザイン原理【古賀信康/古賀(巽)理恵】
リーリン依存的なintegrinα5β1の活性化による神経細胞の配置機構【関根克敏/仲嶋一範】
ミトコンドリア遺伝病の配偶子系列遺伝子治療確立へ向けて【立花眞仁/Shoukhrat Mitalipov】
オリゴデンドロサイト前駆細胞は脳白質障害初期に血液脳関門の破綻をひき起こす【宮元伸和/Ji Hae Seo/荒井 健】
ES/iPS 細胞からの機能的な卵子の作製【林 克彦/斎藤通紀】
連載
クローズアップ実験法
ChIP-seqのためのクロマチン免疫沈降法【大川恭行/小田原 淳/原田哲仁】
Bench to Clinic ~研究室と明日の医療をつなぐパイオニアたちの挑戦
人工心臓の研究開発から,大学発ベンチャー企業設立へ【高谷節雄】
連載を終えるにあたって【川上浩司】
絵で見る先端分子生物学
動画で解説!? RNAポリメラーゼによる転写反応【解説:胡桃坂仁志/絵:松本亮平】
Campus & Conference探訪記
ナノバイオテクノロジーが創出する学際融合研究の場【亀井謙一郎/古川修平】
ラボレポート ―独立編―
シンガポールは研究者の理想郷? ―Yong Loo Lin School of Medicine, National University of Singapore【結城伸泰】
Opinion ―研究の現場から
中・長期的な時間をより有効に使うには?【定家和佳子/村山 知/早川(芝野) 郁美】
関連情報