「メタボリックシンドローム」の中核をなす肥満・糖代謝の分子メカニズムについてIntertissue Communication(臓器組織間相互作用)という新たな視点から第一線の研究者が最新知見を解説!
目次
特集
Intertissue Communicationによる
肥満・糖代謝の制御メカニズム
次々に明かされるメタボリックシンドロームの鍵因子たち
企画/尾池雄一
概論~肥満・糖代謝の制御機構研究の最前線 ~続々と明らかにされるIntertissue Communicationの鍵因子たち【尾池雄一】
脂肪細胞が,単なるエネルギーの貯蔵臓器ではなく多彩な生理活性因子(アディポサイトカイン)を分泌する内分泌器官であるという発見を皮切りに,消化管,肝臓,骨格筋,血球細胞などの末梢組織からもさまざまな生体機能調節にかかわる生理活性因子が分泌されることが報告された.近年,これら生理活性因子を介した末梢臓器間相互作用と中枢−末梢臓器間相互作用が生体におけるエネルギー・糖代謝の恒常性維持に重要であること,その破綻が現在社会的問題にも発展しているメタボリックシンドロームの発症に大きくかかわっていることがわかってきた.本特集では,「Intertissue Communication(臓器組織間相互作用)」の観点から肥満・糖代謝の制御シグナル機構について,最新の知見を紹介しその展望を語る.
抗糖尿病シグナル:アディポネクチンとアディポネクチン受容体【山内敏正/門脇 孝】
肥満症では,アディポネクチン(Ad)・アディポネクチン受容体(AdipoR)両方が低下してインスリン抵抗性・メタボリックシンドローム(MS)の原因となっており,その作用低下を補充して,AMPキナーゼやPPARαを活性化することがこれらの治療法となりうる可能性が示唆された.高活性型である高分子量Ad(HMW)のヒトにおける測定は,インスリン抵抗性・MSのよりよい指標となる可能性が示唆された.PPARγ作動薬はHMWを,PPARα作動薬はAdipoRを増加させて相加的に脂肪組織における炎症を抑制し,インスリン抵抗性を改善させる.
抗肥満シグナル:レプチン~AMPキナーゼ経路による摂食・代謝調節作用【箕越靖彦】
レプチンは,摂食行動ならびに代謝を制御して,動物個体全体のエネルギー代謝を調節するホルモンである.近年の研究により,レプチン作用を伝達するシグナル分子として,AMPキナーゼが重要な調節作用を営むことが明らかとなってきた.またAMPキナーゼによる摂食行動および代謝調節作用の少なくとも一部は,AMPキナーゼの標的タンパク質の1つであるACC(acetyl-CoA carboxylase)とその産物であるmalonyl-CoAが関与する可能性がある.本稿では,レプチンによる摂食・代謝調節作用に関する最近の知見について,AMPキナーゼ-ACC/malonyl-CoAの役割を中心に概説する.
グレリンによる摂食調節の分子機構【児島将康/佐藤貴弘】
グレリンは胃から分泌される,成長ホルモン分泌促進および摂食亢進作用をもつペプチド・ホルモンである.現在のところ末梢から分泌されて血中を流れ中枢に作用する摂食亢進ホルモンは,グレリンが唯一である.グレリンは視床下部でも合成・分泌され,その調節機構は末梢組織とは異なっている.視床下部において摂食調節ペプチドは複雑な神経ネットワークを形成しており,グレリンの摂食亢進作用にはNPY/AgRPニューロンやAMPKが関与している.グレリンの摂食亢進作用は,そのメカニズムの点において摂食抑制ホルモンのレプチンとちょうど逆である.最近,グレリン前駆体から摂食抑制ホルモンのオベスタチンが産生されると報告があったが,その存在自体を疑問視する意見も多い.
インクレチンによる食後糖代謝調節機構【山根俊介/山田祐一郎】
炭水化物や脂質の摂取後に消化管細胞より分泌され,膵β細胞でのインスリン分泌を促進する消化管ホルモンを総称してインクレチンとよぶ.代表的なインクレチンとしてGIP(gastric inhibitory polypeptide または glucose-dependent insulinotropic polypeptide)とGLP-1(glucagon-like peptide 1)があげられる.近年,インクレチンの血糖依存的なインスリン分泌作用から,従来の血糖降下剤やインスリン製剤に比し,より低血糖症を起こしにくい治療薬として,インクレチンの臨床応用が進められつつある.今後,糖尿病治療の新たな選択肢として注目を集めている分野である.
エネルギー代謝調節シグナル:胆汁酸研究からのアプローチ【渡辺光博/Johan Auwerx】
胆汁酸は古くから脂質の消化吸収に重要な分子として知られていたが,近年,胆汁酸核内受容体FXRが報告され,分子生物学的手法の使用により研究が急速に進展し,今まで予想もされなかった多彩な役割が明らかにされてきている.本稿では,エネルギー代謝,糖代謝と胆汁酸のかかわりを中心に最近の知見について概説する.生物の生体制御は不思議である.シグナル伝達物質としての胆汁酸研究ははじまったばかりであり,今後,ますます新たな役割が解明されていくものと思われる.
抗肥満・抗インスリン抵抗性シグナル:AGF【田畑光久/尾池雄一】
肥満およびインスリン抵抗性は,糖代謝異常,脂質代謝異常,高血圧などを重積し動脈硬化性疾患発症の基盤となるメタボリックシンドロームの最も上流に位置する病態である1)2).最近われわれは,抗肥満作用および抗インスリン抵抗性作用を示す肝臓由来の新規生理活性因子,アンジオポエチン様増殖因子(angiopoietin-related growth factor:AGF)を同定した.AGFとファミリー分子で脂質代謝にかかわるアンジオポエチン様分子(angiopoietin-like protein:Angptl)3,Angptl4についての知見と合わせて本稿で概説する.
神経ネットワークを用いた臓器間相互作用調節機構【山田哲也/石垣 泰/宇野健司/岡 芳知/片桐秀樹】
末梢神経(求心路や遠心路)やホルモン(液性因子)によるホメオスタシスの維持機構は生体にとってどちらも必要不可欠であり,これまでも詳細に検討されてきた.近年,糖代謝やエネルギー調節における臓器間相互作用の解析は分子生物学的・発生工学的手法を用いることによってさらに進展し,特に脂肪細胞由来の液性因子(アディポサイトカイン)の分野で著しい.一方,この分野における神経系の解析も依然として重要であることに変わりはない.本稿では,最近新たに明らかとなった肝臓および白色脂肪組織からの神経系を介する新規臓器間相互作用を中心に論じる.
トピックス
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5th FENS Meeting in Vienna~ラモン・カハールのノーベル賞受賞100年とモーツァルト生誕250年【武内恒成】
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