がん,幹細胞,免疫…不均一な細胞からなる生命の真の姿に,シングルセル解析でアプローチする最新の研究動向を特集.1細胞レベルでの遺伝子発現・代謝物・タンパク質を網羅解析する最新手法とその応用例を紹介.
目次
特集
シングルセル生物学
明らかとなる複雑な細胞社会
企画/渡辺 亮
概論─シングルセル解析が切り開く細胞生物学の新時代【渡辺 亮】
われわれの体は1個の受精卵から発生し,数百種類の細胞へと分化する.例えば,ボディプランに代表されるようにこの分化は非常に厳密に制御されている.まるで人が社会を構成しているように,細胞一つひとつが意志をもって分化しているようにも感じられる.このような細胞の自律的なふるまいを明らかにすることは個体の理解に必須である.従来より線虫などのモデル生物において個々の細胞の機能解析が行われてきたが,数百種類とも推定される細胞から構成されているヒトにおいて,個々の細胞の挙動を観察するのはきわめて困難であった.いわゆる次世代シークエンサーをはじめとする分析機器の劇的な進歩に伴い,多量の細胞を必要としてきた遺伝子やタンパク質の発現プロファイルがシングルセルレベルで解析できる時代がやってきた.このことは,単に細胞1つあたりの挙動が見えてきただけではなく,生物学研究の方法論を変えつつある.
がん研究におけるシングルセル遺伝子解析【永江玄太】
シングルセル遺伝子解析技術は,単一細胞の捕捉,微量核酸の増幅,次世代シークエンサーによるハイスループット解析など,各段階に大きな進歩がみられ,がん研究での応用が広くはじまっている.がん組織を形成する不均一な細胞集団に蓄積する遺伝子異常をシングルセルレベルで定量的かつ網羅的に解析することで,がんの進展過程や周辺環境との相互作用などバルクの解析では得られなかった新たな知見につながりつつある.血液中に循環するがん細胞への応用は,化学療法に対する腫瘍細胞の分子生物学的モニタリングなど,臨床的にも大きな可能性が期待される.
幹細胞・発生研究におけるシングルセル遺伝子発現解析【中村正裕/野村真樹/溝曽路祥孝/吉田善紀/渡辺 亮】
幹細胞・発生研究において,細胞の特徴を的確に捉えることは,細胞状態を制御するために必須の解析である.近年,シングルセル遺伝子発現解析技術の進展により,細胞内の遺伝子発現の不均一性があきらかとなってきた.遺伝子発現の不均一性を詳細に観察し,細胞分化の状態を推定することにより,分化過程における細胞の挙動を正確に捉えることができるようになってきている.本稿では,幹細胞・発生研究におけるシングルセル遺伝子発現解析を当研究室の研究も含め概説する.
マスサイトメトリーを用いた高次元解析【Evan W. Newell/Michael T. Wong】
マスサイトメトリーは,蛍光色素の代わりに元素タグと結合した抗体を使用する,最近になって開発されたフローサイトメトリーの1種である.マスサイトメトリーは,より多くの細胞マーカーを同時に計測できる点で他の1細胞解析法より優れている.この手法で同時に計測できる抗体は40種程度であるが,増大した次元数をうまく捉えるにはユニークな解析方法が必要となる.これに伴い高次元解析手技は急速な進歩を遂げ,複雑なデータのより優れた可視化と解釈が可能となった.こうした解析ツールを用いたマウスおよびヒト由来のリンパ球系細胞と骨髄系細胞における研究は,マスサイトメトリーがもつユニークな特性の恩恵を存分に受けている.われわれは,マスサイトメトリーの普及と継続的な改良により,不均一な細胞集団を対象としたいかなる研究においても不可欠なツールとなると予期している.
シングルセルレベルでの薬物動態モニタリング【伊達沙智子/升島 努/岩渕晴男/武井 誠/高草英生/泉 高司】
細胞内外さらには細胞内小器官レベルで起こる薬物の取り込み,代謝,蓄積,排出などの挙動を解明することは,薬物の活性,毒性,副作用,相互作用を理解するうえで重要な課題の1つである.本稿では質量分析を中心とした薬物動態研究のトピックスおよび1細胞ダイレクト質量分析法を用いた肝細胞での薬物代謝研究について解説する.
組織透明化と三次元イメージングの最前線【洲崎悦生】
組織・個体レベルの生命現象の理解には,責任細胞の同定や細胞同士のつながりを明らかにし表現型と関連づけていくことが重要である.組織透明化技術と,透明化組織に最適化された顕微鏡を組合わせたイメージング技術により,細胞機能や細胞同士のつながりを1細胞レベルで網羅的に検出することが可能となってきている.これらの技術は,全身・全組織内のすべての細胞を対象とするオミクス的解析 (全細胞解析・Cellomics) の実現を強力にサポートする.
網羅的な1細胞遺伝子発現計測とデータ解析手法の現状と将来【二階堂 愛/笹川洋平】
本稿では,わずか0.1 pg程度と言われている1細胞由来のmRNAをシークエンスする技術として最新の6つの技術の原理を,模式図とともにエッセンスを解説する.また開発された歴史も豊富な参考文献とともに述べる.さらに1細胞RNA-Seqのデータ解析手法の研究の最前線についても述べる.
<世界最前線レポート>
- 木を見て森を理解しよう!【須山律子】
- 究極の異分野交流【的場 亮】
- 新進気鋭の研究者とのオープンなディスカッション【田中 梓】
特別記事
エボラ出血熱・SFTS・デング熱─感染症はどこから現れ,どこへ行くのか【嘉糠洋陸】
Update Review
ナノメディシンはがんの治療・診断を変える【後藤浩一/玉野井冬彦】
トピックス
カレントトピックス
感染時の急速なT細胞の増殖と宿主防御を担う転写制御機構の解明【栄川 健】
ポリペプチド鎖の伸長過程においてリボソームが停滞することにより神経細胞死が起こる【石村隆太】
Jam1a-Jam2aによる接着はNotchを介した造血幹細胞の運命決定を制御する【小林 功/David Traver】
連載
挑戦する人
留学と挫折が導いたベンチャー起業への道【奥村 繁】
クローズアップ実験法
タンパク質を再現性よく凝集させるコツ【古川良明】
《最終回》Dr.キタノのシステムバイオロジー塾
第8講 システム制御学のもたらす変革〜人間の認知限界を突破するために【北野宏明】
補講 Garuda プラットフォーム【松岡由希子/Samik Ghosh/Nikos Tsorman/藤田一広】
統計の落とし穴と蜘蛛の糸
秘宝:確率分布曼荼羅の発見!【三中信宏】
DR 〜既存薬が新薬に生まれ変わる温故知新のサイエンス!
スルファサラジンの基礎から臨床への橋渡し【土橋賢司/永野 修/佐谷秀行】
ラボレポート ─留学編─
最先端と伝統が共存する場所 ― Wellcome Trust/Cancer Research UK Gurdon Institute,University of Cambridge【宮本 圭】
Opinion ─研究の現場から
学振制度における採用期間延長について【豊田 優/馬谷千恵/杉山康憲】
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