常に環境に曝される皮膚,そして“内なる外”なる粘膜ではどのような攻防が繰り広げられるのか? 代謝系や常在細菌叢との関わりから,炎症,アレルギー,感染症の理解まで,免疫学で注目の最先端トピックを一挙紹介
目次
特集
生体バリアの破綻と疾患
皮膚・粘膜におけるミクロの攻防から読み解く炎症、アレルギー、感染症
企画/長谷耕二
概論─バリオロジーへの招待【長谷耕二】
外部環境と接する皮膚や粘膜は複数の要素からなる多元的なバリアが構築されている.バリアの根幹をなす上皮細胞は,従来の概念のような単なる物理的障壁ではなく,免疫系と連動しながら積極的に生体防御に貢献していることが判明しつつある.こうした統合的なバリアシステムは環境因子やサイトカインによってダイナミックに制御されており,その破綻は感染症や炎症・アレルギー疾患などの原因となる.つまりバリアシステムは生体恒常性の維持に必須の役割を果たしていると言える.
タイトジャンクションによる上皮細胞間バリア構築と生体機能システム【月田早智子/田村 淳】
上皮細胞群は,生体内でその数が多いばかりではなく,多様な機能構築にかかわることで注目される.上皮細胞の最大のミッションは細胞シートを形成することである.その細胞どうしがタイトジャンクション (TJ) の接着分子クローディン (Claudin) により互いに強く接着して,上皮細胞間バリアが構築されるとき,物理的空間としてのコンパートメントがつくられるだけでなく,イオンや物質の選択的透過,チャネルや受容体の局在化などを通して,機能的空間としての微小環境が構築され,生体機能創出の基盤が築かれる.Claudinは少なくとも27種類のメンバーにより多遺伝子ファミリーを構成し,基本的には細胞間バリア構築タンパク質として機能する.一方で,限られた種類のClaudinが細胞間の物質透過性を担う細胞間チャネルとして働く.ここでは,多種のClaudinノックアウトマウス解析の結果明らかになった生体機能異常と病態に焦点をあてる.上皮細胞間のバリア機能や選択的透過性について,①発現するClaudinによりいかに巧妙に制御されるか,②そのことで生体機能システムがいかに構築されるか,そして③そのシステムの異常がいかに病態に結びつくのか,について議論したい.
腸管バリアとしての糖鎖修飾とその制御【後藤義幸/清野 宏】
腸管は常に病原性微生物や腸内細菌など多くの外来抗原に曝されている特殊な器官である.それら外来抗原に対し腸管上皮細胞は,第一線の防御バリアを形成している.腸管上皮細胞は,フコースを含むさまざまな糖鎖,および糖転移酵素を発現し,特に糖鎖の末端に付加されるフコースは免疫細胞,上皮細胞,腸内細菌を含む環境因子の三者間相互作用により誘導される.このフコース含有糖鎖は腸内細菌叢の調節や病原性細菌感染の制御などの機能を有し,腸管バリア機構の1つとして重要な役割を担っている.
腸内細菌による粘膜バリア修飾作用【尾畑佑樹/長谷耕二】
消化管粘膜は,さまざまな外来抗原に常に曝されている.腸内環境と生体内の境界面を形成する腸上皮細胞は,侵襲を感知し適切な免疫応答を誘導するためのセンサーであると同時に,抗原の侵入を阻止するためのバリア機能を備えたエフェクター細胞でもある.バリア機能の破綻は,消化管の慢性炎症をひき起こすだけでなく,全身性疾患の発症にもかかわる.近年の研究から,腸内細菌が上皮バリアの構築に貢献していることが明らかにされている.本稿では,腸内細菌によるバリア修飾のしくみとその破綻に伴う疾患について最近の知見を交えて解説する.
粘膜バリアの破綻による炎症性腸疾患の発症【香山尚子/竹田 潔】
腸管組織は多様な自然免疫細胞と獲得免疫細胞が存在するとともに莫大な数の腸内細菌が生息する場である.腸管上皮細胞は栄養素の吸収に加え,免疫系細胞が局在する粘膜固有層への病原体および腸内細菌の侵入を防ぐバリアとして機能している.さらに,腸内細菌依存的な腸管上皮細胞によるシグナル分子の産生は粘膜固有層内の自然免疫応答を制御することで腸管免疫系の恒常性維持に寄与している.近年,腸管上皮恒常性維持機構の破綻が腸管炎症発症に関与することが明らかとなっており,腸管恒常性維持における上皮バリア機構の重要性が強く示唆されている.
表皮バリア不全と経皮感作が招くアレルギー疾患【久保亮治/天谷雅行】
皮膚は,われわれの身体の外表を覆い,外界と生体の境界をなすバリアとして働く.バリア機能不全はさまざまな抗原に対する経皮感作を促進し,皮膚炎のみならず食物アレルギーなどさまざまなアレルギー疾患の発症要因となる.新生児の皮膚バリアを積極的に保護することで,アトピー疾患の発症を予防できることが明らかになってきた.本稿では皮膚がもつ物理的なバリアと免疫機構との相互作用の解説を通じ,病原体に対抗するバリアとして皮膚が担う役割と免疫の作用,経皮感作を通じたアトピー疾患の病態形成について考察する.
病原微生物によるバリア回避戦略と感染症【三室仁美】
消化管粘膜病原細菌は,“内なる外” である消化管管腔内粘膜を感染成立の場として利用している.外界に常に曝され,最前線の多層生体防御を担う消化管粘膜組織は,常在細菌叢と粘液層など環境因子によるバリア,上皮層による物理的バリア,そして免疫担当細胞による生物学的バリアから構築されている.本稿では消化管粘膜感染病原細菌がどのようにこれらのバリアを回避して感染を成立させるかについて,われわれの成果も含めて紹介する.
Update Review
研究業績の適切・公平な評価は可能か?【中西義信】
トピックス
カレントトピックス
細胞死と生存を決定する2元的機能分子RIPK1の腸上皮細胞における役割【高橋のぞみ/Peter Vandenabeele】
血管周囲に形成される白血球クラスターは皮内でのT細胞活性化に必須である【江川形平/夏秋洋平/椛島健治】
網膜神経はVEGFを希釈することで血管形成を制御する【久保田義顕】
オキシトシンに反応する前頭葉抑制性ニューロン細胞群はメスの社会活動を制御する【中島美保】
神経筋接合部の形成不全を伴う神経筋疾患に対する新規治療概念の創出【有村純暢/山梨裕司】
連載
【短期集中連載】科学を愛するあなたのための研究費があります。[後編]
【金城政孝/三輪佳宏】
クローズアップ実験法
任意の遺伝子を哺乳類ゲノムに組込み,安定発現させるためのpiggyBacトランスポゾン活用術【中西秀之,樋口ゆり子,橋田 充】
統計の落とし穴と蜘蛛の糸
正規分布を踏まえたパラメトリック統計学の降臨【三中信宏】
DR 〜既存薬が新薬に生まれ変わる温故知新のサイエンス!
システム薬理学─ビッグデータを利用した創薬【堀本勝久】
Campus & Conference 探訪記
楽都ウィーンが奏でるサイエンスの調べ【「実験医学」編集部】
ラボレポート ─独立編─
The Pathway to Independence~ラボ独立への道標としてのグラント
―Cancer Science Institute of Singapore, National University of Singapore【三田貴臣】
Opinion ―研究の現場から
科学イラストの中のうそ―魅せることについて【原木万紀子】
関連情報