「メンデルの法則を化学で説明できますか?」「癌に効く抗生物質はなぜない?」など,独自の観点から分子生物学を柔らかく噛み砕いた入門書.なるべく専門用語を使わず,高校で生物を履修していない人もよくわかる!
『第5章 細胞,染色体,細胞分裂』より抜粋
DNAは身体の中のいったいどこにあるのか? どんな状態でいるのか? 身体を切り裂いて中身を見ることから始めよう.外から「見る」のは,身体があまりにも複雑で化学で分析できないからである.切って肉眼で見るだけでは,身体の構造はあまりにもミクロでできており,詳しくはわからないので拡大して見るために顕微鏡を使う.
一切の先入観なく見ていると,全ての生き物に共通するモノは細胞である.単細胞生物はもちろん1個の細胞で全身ができている.多細胞生物(高等生物)は細胞がたくさん集まって1つの個体の形を創っている.DNAはどの生き物にもあるから,細胞の中にある.
図1は細胞の中を模式的に簡単に描いた図である.その中にはいろいろな構造物がある.核とかミトコンドリアなどで,これらを細胞内器官という.ミトコンドリアも少量のDNAをもっているが,DNAの大部分は核に集まっている.この核というのは簡単に染めることができるので,昔から精密に観察されてきた.生き物の増殖とは細胞が分裂して増えることである.分裂する直前にはDNAも複製しており,分裂してできる2つの娘細胞(後述)用に準備完了している.
分裂するときに核はどうなっているのだろう? 図2に描いたとおり,分裂するときには核は消えて,ヒモのようなものがいくつか現れる.そこで,このヒモを染色体と名付けた.各々のヒモをつぶさに見ると,一カ所だけ塊の部分がある(これを動原体と呼ぶ).ちなみに染色体には動原体を交点としたX型のもの(メタセントリック染色体)とV型(テロセントリック染色体)のものがある.そして細胞が分裂する直前,その交点が二つに割れ,左右に分かれていく.つまり半分になる.そこで,分かれる前に動原体でくっついていたものどうしを姉妹染色分体と呼んでいる.しばらくすると分かれた間に仕切りができ(植物の場合.動物の場合は細胞が真ん中でくびれる)細胞も二つになる.その際にはヒモ(この場合は,染色体ではなく,姉妹染色分体の片割れ)は消え,核に戻る.ヒモも簡単に染色できるので,メンデルの法則が再発見される前から観察が盛んだった.核はどの生物を見ても,ただの丸い塊で同じである.しかし,ヒモの方は形や数が種によって違うものが多い.
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『第11章 遺伝子を眼で見る〜染色体の組換えと遺伝子地図』より抜粋
ところで話は変わるが,こういうバイオの話にはそこら中に,やれ,遺伝子だ,DNAだ,身体を創る設計図だ,遺伝暗号だなどという言葉が出てくる.実際問題,遺伝子ってどんなものなのか?
遺伝子1個1個までを染め分けて顕微鏡で見ることができれば,遺伝子というものが大変にわかりやすくなる.そんな都合のよいものはないのだろうか? うまい具合に,実際に,遺伝子が見える生き物がいるのである.
それは意外と身近なところにいる生き物なのである.小さなハエ,ショウジョウバエである.腐ったバナナを特に好む傾向があるので英語ではFruit Flyなどと呼ばれている.このハエの染色体の話ではないので早合点しないでいただきたい.ショウジョウバエの唾液を作る臓器(ダ腺)の中の染色体だけの話である.同じショウジョウバエでも他の身体の組織の細胞の染色体は,参考にもならないくらい小さい.
そもそも,人は食べ物を口に運び,まず唾液を混ぜてよく噛み,そのあと食物を胃に送って消化する.そして,それを腸で吸収することによって全身に運び,生きている.脊椎動物では例外なくそうである.そういう先入観をまず拭おう.ショウジョウバエには歯もなければ胃袋もないのである.どうしているのか? 唾液だけは作れる.だから,人から見たら身体の大きさに似合わず,もう恐ろしいくらいにたくさんの唾液をまず製造する.次に食物の上に停まり,その唾液をドーッと食物の上に吐き出す.しばらく放置して後,唾液で消化されたと思われる食物のジュースをズズーッと全部吸い込むのである.つまり外部を胃袋代わりにして消化するのである.人の観点で見ると非常に汚い.もう想像するだに身の毛がよだつ.この食い物が糞尿だと思ったりすると,もう震えがくるくらいに嫌になるが,それは人間の勝手にすぎない.ショウジョウバエにとっては至福の時間である.
するとこの際の大きな問題は,唾液を異常にたくさん年中生産しなくてはならないことである.ダ腺が大きくなる必要がある.実際にかなり大きい.しかしショウジョウバエそのものが小さいので,なかなか用が足りない.たくさん同じものを細胞の中で製造する最も手っ取り早い方法は,唾液の成分を作る遺伝子だけ増やしてやればよい.実際そういう現象は,多くの生き物で観察されている(遺伝子の重複あるいは遺伝子の多重化と呼ぶ).要するにその遺伝子部分のDNAだけが並んでドッとあるのである.ところが生き物によっては,これ以外に妙な方法で遺伝子を増やす場合もある.ショウジョウバエのダ腺の場合はこれにあたる.
どういう方法かというと,DNAが細胞周期のS期で合成された後のM期を止めて,次のG1期に入ってしまうのである.つまりDNAは合成されるが分裂しないのである.細胞中のDNAは倍になる.染色体の数も倍になるはずである.しかしこの際,倍の数になった染色体は,それぞれ同じ物が離れずにびったりと平行にくっついているのである.
このように1個の細胞の中の染色体を増やしても分かれないようにしてやれば,同じ遺伝子がドッと増やせる.これを実現するために,ダ腺細胞の中だけは,成長の過程でドンドン染色体DNAが倍加するが細胞は分裂しないように発達した.もちろん細胞も増えているので,そこだけそれ以上にDNAの倍加速度を極端に早くしたのである.1個のダ腺細胞の染色体は,9回複製しても分かれないようになっている.1個の細胞の中で1,000本以上のDNAの束になってしまう.この染色体同士(この場合は染色糸同士)が分かれないようになってしまったので,束になった棒になってしまい,染色糸は折りたたまれる以前の普段の状態でも,まるでミミズの大きいような図を呈するようになってしまった(図1).顕微鏡で簡単に見ることができる.染色糸は太りすぎになってしまい,もはや細胞周期のM期がきても折りたたむことができなくなってしまった.年中この姿で観察できる.
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『Column』より抜粋
以下は蛇足.ところで,突然変異の話をした以上,ゴジラの話をもっと聞きたい人は多いに違いない.SFではなく,本当に科学的な話に基づいたちょっと関係のある話をここに書こう.今では世界中でいろいろなゴジラが創られたので,同じには扱えない.ここでは最初に日本で生まれたオリジナルなゴジラの話に限定しよう.このゴジラの特徴の第一はとにかく恐竜よりも大きな陸上を動くことができる脊椎動物(ゴジラは一見では恐竜に似ているように見えるが脊椎動物の何類に属するのかは不明)ということである.もし本当に実在したら,地球が生んだ最大の陸上動物ということになる.これは放射線の被爆によって突然変異し超大型化して生じたわけだから,ゴジラの親はこんなには大きくなかったに違いない.オリジナルな日本のゴジラには砲弾が全くささらないのだから,その皮膚はものすごい厚さで,かつ極めて丈夫であるはずである.
この原点になる突然変異の遺伝学の現象はあるのか? 実は似たような話(?)があるのである.いろいろな小型の動物,例えば,ハエにはジャイアントミュータントというものがある.ある遺伝子の機能を突然変異で止めてしまうと,身体が幼虫のうちから大きくなってしまうのである.といっても,身体の長さがせいぜい2倍くらいになるだけのことですがね.でも長さが2倍になるということは体積にしてみると8倍になっていることになる.もしこれを人に換算すると4メートルくらいの身長になってしまう.やっぱり大きいですよね.
では能力や身体の機能もスーパーになっているかというと,実はそうではない.わずかな数の遺伝子の機能が止められただけの話なので,全身の身体の機能がすべてそれに対応しているわけではないのである.いや,むしろ全く対応していない.身体は大きくなったが筋肉はそれに見合って造られていないから,虚弱で非常にのろまである.他の臓器の機能も同じようなものである.ただ,身体の成長を司る遺伝子の機能が異常になったにすぎないから,病気と同じような状態なのである.でも観察している人から見れば,ひと際巨大な個体をたくさんのハエの中で発見すると,非常な驚きである.文字通りゴジラを見たときと変わらないくらいのインパクトがある.
このジャイアントミュータントというものはさほど珍しい現象でもなく,いろいろな生き物で観察されている.放射線を当てても観察されることがある.遺伝学者の間では,この現象は20世紀の前半にはすでによく知られており,ゴジラの映画が最初に制作された頃(1950年代)にはこんな知識はすでにあったのである.おそらく,ゴジラのアイデアはそのような知識を拡大解釈して作られたものなのだろうと思う.ゴジラ以後,しばらくは巨大サソリや,巨大アリが人を襲う話のようなホラー映画が多数ハリウッドで製作されたが,ゴジラのような脊椎動物より,このような節足動物の方が遺伝学的にはもっと現実に近い(?)ことなのである.
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