がん,肥満,糖尿病,高血圧,うつ病…人はなぜ病気になるのか?進化に刻まれた分子記憶から病気のメカニズムに迫る「進化医学」.診断,治療法の確立にも欠かせない,病気の新しい考え方をわかりやすく解説!
目次
第1章 病因論と進化医学~なぜ,ヒトは病気になるのか?
1.病因論について ─ゲノム研究に基づく進歩
2.単一遺伝子性疾患と進化
3.多因子疾患における進化の分子記憶
4.病因論の新しい展開 ─集団遺伝学
5.進化医学とは
第2章 生命進化38億年の歩みと疾患~生命の誕生,そしてヒトへ
1.生命の誕生と階層進化
2.原核生物の出現
3.真核生物の出現
4.性の進化
5.多細胞生物への進化
6.脊椎動物への進化
7.地上への進出
8.哺乳動物への進化
9.そして人類へ
第3章 人類への進化と疾患~ヒトが手に入れたものとその代償
1.人類の誕生 ─二足歩行を始めたヒトの祖先
2.原人への進化と脳の発達
3.現生人類(ホモ・サピエンス)への進化
4.ヒトの全地球への拡散と適応
5.農業・牧畜から都市の形成へ
第4章 進化生物学と医学~生物のしなやかな適応と,潜む落とし穴
1.自然選択と適応
2.自然選択の生物学的要因
3.自然選択の地球物理学的要因
4.自然選択の特徴
5.社会進化 ─進化のいま1つの要因
6.性選択 ─異性から選ばれることによる進化
7.種はどのように分岐するのか
8.進化論と遺伝学の矛盾を解決した総合学説
第5章 進化ゲノム学~せめぎあい,生まれ,消えゆく遺伝子の功罪
1.ゲノムの構成
2.遺伝子発現の調節
3.インプリンティングとせめぎあい仮説
4.インプリンティング異常疾患とトレードオフ
5.エピジェネティクスと疾患
6.ゲノムの進化 ─遺伝子重複の役割と試練
7.ゲノムの多型と疾患
8.分子進化の中立説と分子時計
9.進化発生生物学(Evo-Devo)が解き明かす形態の進化
第6章 感染と防御機構の進化~寄生体とともに共進化した人間と,そのために起こった疾患
1.感染症 ─生物を最も苦しめてきた疾患
2.温和な,しかし時として宿主に牙を剥く共生微生物
3.生体防御系の進化 ─自然免疫
4.生体防御系の進化 ─獲得免疫
5.寄生体の宿主への対応 ─巧妙なゲリラ戦略
6.抗生物質への耐性菌の出現
7.微生物の病原性,ビルレンス
8.感染症によって選択されたヒトの遺伝性疾患
9.自己免疫
10.アレルギー ─進化医学の難題
11.腫瘍免疫
第7章 栄養・エネルギー代謝と進化~肥満・糖尿病・高血圧はなぜ生まれたのか
1.生物とエネルギーの代謝
2.オートファジー(自食) ─飢餓への備えから細胞機能の維持へ
3.貯蔵脂肪 ─飢餓に備えた貯蔵庫
4.糖質 ─利用しやすい重要なエネルギー
5.インスリンの進化
6.エネルギーホメオスタシスの調節
7.肥満 ─太りゆく人類
8.2型糖尿病 ─“大流行”の兆し
9.メタボリックシンドロームと高血圧
第8章 捕食- 被食関係,体の大きさ,寿命の進化医学~すべては生き延び,子孫を残すために
1.捕食-被食関係と進化
2.体の大きさと進化
3.生活史1 ─成長
4.生活史2 ─生殖
5.寿命
6.加齢に伴う疾患の進化医学
第9章 脳と心の進化と疾患~文明が生み出した心の病
1.脳と心の進化
2.社会性の進化とその異常
3.脳の発達とその異常
4.精神疾患の進化医学
疾患クローズアップ
- ヘモクロマトーシス ~鉄欠乏から体を守る病?
- 嚢胞線維症 ~結核に強い病?
- 痛風 ~“帝王の病”にかかる現代人
- ミトコンドリア異常症~DNA変異と表現型の複雑な関係
- 多臓器不全症候群~ミトコンドリアも関与することがある多臓器不全
- 21水酸化酵素欠損症~偽遺伝子との近さゆえに
- ダウン症候群(21トリソミー症候群)~最も多い46+1の病
- がんとその転移 ~なぜヒトで多いのか
- 副甲状腺機能亢進症~カルシウムのバランス崩壊
- 子癇前症,妊娠高血圧症候群~母体をみまう,謎の多い疾患
- 起立性低血圧 ~立ちくらみに注意
- 旅行者血栓症(エコノミークラス症候群)~水分と運動が大事
- 椎間板ヘルニア ~椎間板があげる悲鳴
- 更年期障害 ~閉経を獲得したゆえの病
- 先天性言語・読字障害~知的能力に異常はないけれど
- くる病 ~日光浴のススメ
- セリアック病 ~農業によって生まれた疾患
- 慢性腎疾患(CKD) ~腎臓は低酸素の重要なセンサー
- 睡眠時無呼吸症候群~日中の居眠りを誘因する病
- 嚥下障害と誤嚥 ~長生きとのトレードオフ?
- 外傷後ストレス障害と適応障害~複雑な社会が生む病
- ED ~男の悩み
- 血友病 ~“王家の病気”の歴史をもつ病
- プラダー・ウィリー症候群,アンジェルマン症候群~インプリンティング異常が原因
- 偽性副甲状腺機能低下症~“三階建ての知能”の持ち主による発見
- レット症候群,およびその他の神経発達障害~女子に多いエピジェネティック異常
- 色覚異常(色盲) ~進化がもたらした多型
- シャルコー・マリー・トゥース病~パリで花開いた近代神経内科学
- 炎症性腸疾患 ~獅子身中の虫か?
- 大腸菌O157H7感染症と赤痢~志賀博士の偉業に連なる現代の感染症
- 結核 ~小説の主題にもなった,かつての国民病
- 腸チフス ~Maryのなかに潜んでいたチフス菌
- 梅毒 ~起源は大航海時代か有史以前か
- 慢性甲状腺炎(橋本病)および分娩後甲状腺中毒症~甲状腺に対する自己免疫疾患
- 中性脂肪蓄積病~脂肪分解のメカニズムに迫る疾患
- 糖尿病性細小血管症~糖尿病に特異的な細小血管病変
- インスリン受容体異常症~ヒトの寿命への複雑さを示す疾患
- 4型メラノコルチン受容体(MC4R)異常による肥満~ヒトの肥満のメカニズムを示唆する
- パニック障害 ~ダーウィンも襲われた?
- 巨人症 ~最高記録は270 cm超
- クレチン症 ~ホルモンまたはヨード添加で軽減できる
- ターナー症候群, クラインフェルター症候群~男性と女性のあいまいな境界線
- ウェルナー症候群~創始者効果により日本で広まった?
- 自閉症スペクトラム障害~“変わり者の天才”もいる
- ウィリアムズ症候群 ~発語は得意で社交的
- 注意欠陥・多動性障害~危険な環境では有利だった?
- 統合失調症 ~人間の創造性を強める面も?
- うつ病 ~うつとストレスの密接な関係
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現代の多くの人々が、病気に悩み苦しんでいる。たとえそこまではいかないまでも、治療で通院していたり、あるいはその病気の予防はできないものかと思案したりして自分なりの運動を日課としている人々はさらに多い。たとえば、がん・肥満・糖尿病・高血圧・うつ病・痛風などといった病気は、それなりの年齢になってくると、特に気になる病気である。
私自身も、毎年誕生月に近い時期に人間ドックを受けるようにしている。そして、その結果の数値を見ながら、肥満や老化から来る必然的な「未病」のような状況に落胆するとともに、優しそうな主治医の先生から厳しい意見をいただき、予防のための指導を受ける。その病院からの帰り道、ふと「人はなぜ病気になるのか?」と、ため息交じりに空を見上げることがあったりするのは、私だけではないのではなかろうか。
私たちのそのような素朴な質問に、世界的に有名な医学者である著者は、ありふれた医学の知識から答えようとはしない。その答えは進化のなかにあると確信する著者は、科学者として病気の本質的理解を求めようとする姿勢なのか、病気の歴史とメカニズムを深く理解しようとしてさまざまな考察を行ってきた。本書では、病気のメカニズムとして、その進化に刻まれた分子の記憶が著者によって大胆に披歴される。そして著者のこのような独創的で新しい視点が、病気の本質的理解を深めるだけでなく、疾患に対する新たな対策をも予見させるものであることを、読者は確信するのである。
これは、進化の本でもある。しかも、非常に優れた進化の本である。著者は私が心から尊敬する世界的な医学者であるが、医学者が書いたとは思えないほど、本書では進化についての基礎知識や最新の知見が正しくかつわかりやすく説明されている。卓越した著者の理解力と伝達力には、読んでいて感服する。さらに一方、医学者らしく、感染症や生活習慣病、寿命や加齢に伴う疾患、そして脳や心に関連した精神疾患までも、最新のゲノム的知見からみた発症メカニズムやその環境との関連が、明晰な解説と洞察力によって説明されるのである。まさに本書は「進化医学」という新しい分野の正当な幕開けを宣言する名著といえる本である。
つまり本書は、進化の本と言いながらも、進化学を学ぶものにとっても病気を例として進化の新しい視点が豊富にちりばめてある一方、もちろん医学に関係する人たちにとっては、疾患に関する最新のゲノム研究を知るうえで非常に有用な本である。
しかしながら、最もこの本を読んでほしい人たちは、大学生や大学院生、ならびに医学を学ぼうと志す若い人たちである。また、「人はなぜ病気になるのか?」といった素朴な疑問に、進化という新しい視点で真摯にその解を与えているという意味においては、専門とは全く関係ない一般の人々にも、ぜひ読んでほしい本でもある。
約10年以上も前に、私が日本の医学界を代表するような著者に懇願して、日本遺伝学会の大会の特別講演をお願いしたとき、進化医学のもつ重要性を魅力的にわかりやすく話をしていただき、私を含む多くの学会員が著者の講演を心躍らせて拝聴したことを昨日のように覚えている。その著者のライフワークとなる進化医学の研究がこのようなわかりやすい解説書として結実したことは、進化を学ぶものとしても、深い敬意を表するとともに、同慶の至りとして心から嬉しく思う次第である。
五條堀 孝(国立遺伝学研究所教授)
『Mebio 2013年6月号』より転載
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- 【本書名】進化医学 人への進化が生んだ疾患
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