細胞に1本生えたオルガネラ「一次繊毛」.小さいけれど、体軸の左右を決定し,網膜では光センサーとして働く生体で「最も重要な毛」です。繊毛はメカノセンサーか,シグナルセンターか?今最も熱い議論を紹介します
目次
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特集
一次繊毛の世界
〜細胞から突き出した1本の毛を巡る論争
企画/井上尊生
一次繊毛は細胞に生えた「毛」のように見える構造で,1世紀以上前の文献にすでに記述がある.しかし長い間科学者達は,一次繊毛が細菌の鞭毛などの痕跡器官ではないかと考えていた.一次繊毛は直径が約250 nmと光の回折限界に近いこと,1つの細胞に1つしかないこと,また他の細胞内小器官と異なり脂質膜で区切られていないために通常の生化学的・細胞生物学的実験の適用が困難なことも研究の障害となってきた.近年になって,一次繊毛の構造と機能がさまざまな遺伝疾患と強い結びつきがあることがわかり,研究が爆発的に進んできておりその結果,一次繊毛がわれわれの体のなかで非常に重要な役割を担っていることもわかってきた.最近では,さまざまな科学分野の技術や知識が一次繊毛の研究に集約され,この小さな「毛」のなかで一体何がおきているのかを可視化し,さらに操作することで,その機能を詳細に解明することが試みられている.これらの研究成果の一環として,比較的静的だと思われてきた一次繊毛が,時には動的なふるまいをすることもわかってきた.しかしながら,一次繊毛の構造や機能に関する分子レベルでの理解は端緒についたばかりである.本特集では,この古くて新しい一次繊毛の現時点での構造と機能,そして病態に関する知見をまとめ,さらに小さいがゆえの技術課題に特に焦点を当て,概観する.現在までの知識を俯瞰することで,直近および次世代の研究課題をあぶりだすことも期待している.さらにこの特集を通して,領域横断的に知識や技術を結集することの大切さも読者と共有したい.執筆に関しては,この研究歴史の長いオルガネラに挑戦する新しい精鋭達を応援する意味を込めて,比較的若い方を選定させていただいた.彼ら・彼女らのフレッシュで熱いメッセージや筆の勢いを,美しい一次繊毛の写真とともに楽しんでいただけたら幸いに思う.
一次繊毛は分裂期に紡錘体として働く中心小体を土台にして構築される.中心小体から一次繊毛へのダイナミックな構造変換は,細胞周期と連関してさまざまなタンパク質が有機的に働き厳密に制御される必要がある.一次繊毛構築の開始を司るトリガーは今なお解明されていない大きな謎である.本稿では,哺乳動物細胞において一次繊毛の構築がはじまる際に観察される事象と介在するタンパク質群について解説する.
繊毛基部でタンパク質の出入りを制御するゲートメカニズムと繊毛内の能動輸送メカニズムにより,繊毛機能に必要なタンパク質は適切に配置される.繊毛基部の幾何学的構造や繊毛内輸送プロセスの存在は古くから知られていたが,近年はシグナル伝達や繊毛病の観点からもその重要性が注目され,多くの知見が得られてきた.一方,アンテナである繊毛と細胞内のシステムとをうまく連携してシグナルを伝達する包括的なメカニズムの理解など,重要な課題も残されている.繊毛をただの突起ではない機能的コンパートメントに仕立て上げるメカニズムとは? 筆者が興味を掻き立てられるこの疑問に焦点を当て,繊毛の輸送制御メカニズムの実態を構造と機能の面から解説する.
一次繊毛は,細胞膜から突出する1本の不動性繊毛であり,細胞外刺激を細胞内へとシグナル伝達するアンテナ小器官として働く.一次繊毛は動的なオルガネラであり,細胞休止期に生成され,細胞周期の再進行とともに分解されていく.この一次繊毛の分解プロセスは,酵素活性,微小管安定性,膜脂質組成などの多くの因子の制御を通じて実現されていることがわかってきた.本稿では,一次繊毛の分解を担う分子機構について,特に最近明らかにされたイノシトールリン脂質動態によって制御される一次繊毛の分解経路に重点をおき,紹介する.
脳では,運動性繊毛は脳室上衣細胞と一部の脈絡叢上皮細胞に限られ,神経細胞(ニューロン)やグリア細胞の一次繊毛は非運動性である.一次繊毛に局在するタンパク質は脳の発生段階や部位に応じてさまざまであり,その機能の多くは,時期特異的・細胞(組織)特異的に一次繊毛を欠損させたモデルマウスを使って解析されてきた.これらの成果により,ニューロンの一次繊毛は,ヘッジホッグシグナル,Wntシグナル,細胞周期制御などを介して脳原基の初期パターン形成,神経幹細胞の増殖・分化・移動・成熟,がんなどに関与することがわかってきた.
嚢胞性腎疾患は,尿細管の一部もしくは全体が拡張する疾患である.この疾患は遺伝性のものが多く,多くの原因遺伝子産物が繊毛に局在することから,繊毛病の代表的疾患である.嚢胞発生における繊毛機能として,尿流を感知するメカノセンサーとして機能するという仮説がある.本稿では,まず,尿細管繊毛の構造,遺伝性嚢胞性腎疾患の原因タンパク質局在とその機能を紹介する.尿細管繊毛のメカノセンサー仮説とその問題と課題をのべる.さらに,われわれの研究による嚢胞発生には繊毛がシグナルセンターとして機能している結果を紹介する.
哺乳類の左右非対称性の形成には,ノード中心部の繊毛による水流の形成と,ノード周縁部の繊毛による水流の感知が決定的な役割を果たす.繊毛上のPkd1L1/Pkd2複合体がかかわるCa2+流入を介したシグナル伝達が左右決定に必須であると考えられているが,実際の刺激の実体は明らかにされておらず,繊毛からのCa2+流入も明確に可視化はされていない.本稿では,不明な部分の多いマウス胚における繊毛とCa2+,左右決定の関係について,特にPkd1L1/Pkd2に着目して概説する.
一次繊毛は心臓の正常発生に必須のオルガネラである.では,一次繊毛がどのように心臓形態制御にかかわるのだろうか.血流や拍動により生じる物理的な力を感知するのか?シグナル伝達の場として機能するのか? われわれはこのいまだ解明されていない謎を明らかにしたいと考えている.観察技術の発展に伴い可能となりつつある,小さく・動的である一次繊毛の詳細な特徴を評価することが謎に迫る鍵となるであろう.われわれはゼブラフィッシュを用いて心臓形成過程における一次繊毛機能の解析を行っている.本稿では近年明らかになってきた心臓形態形成と一次繊毛のかかわりについて紹介するとともに,われわれが得た結果を併せて報告する.
ノード,脳,腎臓における一次繊毛の機能は,よく知られている.一方で,骨・軟骨組織や歯牙組織にも一次繊毛が存在しているが,役割については不明な部分が多い.しかし,最新の知見から,硬組織における一次繊毛は独特な機能をもつことが明らかになってきた.軟骨組織や歯牙組織を形作る細胞は,規則正しく配列されている.この配列を制御しているのが,一次繊毛である可能性が考えられている.これを含めた硬組織における一次繊毛のさまざまな機能を,その異常により認められる疾患とともに詳細に記述していきたい.
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