タンパク質工学の発展により,従来の抗体に「機能」を付加した次世代型の抗体医薬が,複数点上市間近に迫っています.新薬の開発状況と,次の創薬開発で鍵となる最新の抗体工学を紹介します!
目次
特集
次世代抗体医薬の衝撃
新たな標的・新たな機序によりいま再び盛り上がる抗体創薬
企画/津本浩平
概論―現代の創薬における抗体医薬の位置づけ【津本浩平】
ゲノム創薬の成果の一つが抗体医薬といっても過言ではない.2,000 にものぼる候補品の提案はその最たる証拠であろう.標的枯渇,医療経済における問題など,解決すべき課題は多いものの,ターゲットバリデーションに基づく新薬開発,革新的分子設計,細胞療法や免疫療法を強力にサポートする分子設計など,抗体医薬が今後も拡大の一途をたどることは想像に難くない.本特集では,このような背景のもと,今再び盛り上がる抗体創薬について最先端の状況をまとめ,今後を議論したい.
バイスペシフィック抗体の技術開発と医薬品の創製ー特に血友病に対する次世代抗体医薬について【井川智之】
抗体医薬は,その標的に対する特異性やがん免疫療法を中心とした新しい領域の発展から,多くの製薬企業やバイオベンチャーが,有用なモダリティの一つとして開発に力を注いでいる.例えば,バイスペシフィック抗体は,その特性から通常の抗体では達成できない新たな機能を発揮することが期待され注目されている.通常の抗体では,1つの標的分子の作用を中和する一方,バイスペシフィック抗体では,2つの病原物質をしかも同時に中和することができ,薬効の増強が期待されている.また,バイスペシフィック抗体により,同一の標的分子に対して2つの異なるエピトープを認識することで新しい作用機序を提供できるほか,異なる細胞表面抗原を認識するバイスペシフィック抗体には,2種の細胞を架橋することによる薬効の発現,あるいは同一細胞上の異なる抗原を架橋することによる細胞内へのシグナル伝達などの作用が期待されている.本稿では,バイスペシフィック抗体の技術開発と,最近日米欧で承認を得た血友病Aに対するバイスペシフィック抗体であるエミシズマブ(HEMLIBRA®)を紹介する.
ここまできた次世代抗体薬物複合体(ADC)の創製と開発【中田 隆,阿部有生,我妻利紀】
抗体薬物複合体(ADC)は,選択的にがん細胞を死滅させるとともに,全身毒性の軽減も期待できる次世代抗体医薬品である.しかしながら,ADC技術開発にはいまだ改良の余地が多く残されている.われわれはADC薬物リンカー技術の構築を進め,抗HER2抗体にDNAトポイソメラーゼⅠ阻害剤を薬物部分に適用したDS-8201aを創製した.DS-8201aは,既存の抗HER2治療薬では効果が認められなかったHER2低発現乳がんモデルに対しても強力な抗腫瘍効果が観察された.この結果は,DS-8201aがHER2陽性がん患者の未充足ニーズを満たす医薬品となる可能性を示すとともに,本薬物リンカー技術の有用性を示唆するものと思われる.
免疫寛容を標的とした抗体医薬によるがん免疫療法【岡崎 拓,岡崎一美】
免疫応答が自己組織を攻撃して自己免疫疾患を惹起することを防止する機構を免疫寛容という.近年,免疫寛容を司るPD-1という膜タンパク質に対する阻害抗体が,さまざまながん腫に対して劇的な治療効果を示し,多くの分野に衝撃を与えた.現在,PD-1阻害療法と関連して,1,000以上の治験が世界中で繰り広げられており,その衝撃はさらなる広がりを見せている.今後,PD-1阻害療法を基盤技術としたより効果的ながん免疫療法,さらには免疫応答を自在に操作し,さまざまな疾患を完治させるような次々世代抗体医薬への発展が期待される.
糖タンパク質を標的とした革新的がん特異的抗体の開発【加藤幸成,金子美華】
タンパク質・糖鎖・脂質などを,高感度かつ特異的に検出するための最も簡便で有用なツールは抗体である.特に,単一のエピトープをもつモノクローナル抗体は,実験的ツールとしてだけでなく,あらゆる病気の診断や治療に活用されている.一方,がん細胞に特異的な抗体を樹立しなければ,常に正常組織への毒性が懸念される.しかしながら,がん細胞だけに高発現している分子は限られており,標的分子はもはや枯渇したと言われて久しい.本稿では,われわれが近年開発したがん特異的抗体作製法(CasMab®法)の開発に至った経緯を紹介する
遺伝子工学の技術が発展し,タンパク質工学に関するノウハウも蓄積してきている現在では,さまざまな非天然タンパク質を人工的につくり出すことが可能となってきている.抗体分子は,医療分野や研究分野におけるその利用価値の高さに加え,複数のIg(immunoglobulin)フォールドから構成されているという構造的特徴から,実に多様な分子形態の人工組換え抗体が創出されている.本稿では,このような「抗体工学」の基本となる技術の一つである小型抗体作製技術について解説する.
親和性ペプチドを用いた部位特異的修飾法による抗体の高機能化技術【伊東祐二,金山洋介,林 良雄】
次世代の抗体医薬の創製をめざした抗体のさらなる高機能化の手法として,親和性ペプチドを用いた化学修飾による部位特異的な抗体の修飾法(CCAP法)を開発した.本法は,親和性ペプチドにあらかじめ,抗体の高機能化のためのペイロードを導入しておけば,抗体と混合するだけで,抗体の機能を損なうことなく部位特異的にかつ定量的に,共有結合でのペイロードの導入が可能である.この技術による抗体の高機能化の例として,抗体薬物複合体とPETイメージングのための金属キレート剤付加抗体の作製とその利用について紹介する.
コンピュータ技術による抗体分子設計【黒田大祐,津本浩平】
今や日常生活にコンピュータは欠かせない時代になった.生命科学や創薬の現場においても同様である.コンピュータの役割は,研究現場をより効率化し,快適にすることにある.低分子化合物の分子設計と比べると,コンピュータを用いた抗体研究の歴史は浅い.しかし,近年のハード・ソフト両面でのコンピュータ技術の進展は目覚ましく,分子モデリング技術を用いたタンパク質の物性改変は日常的になりつつある.本稿では,そうしたコンピュータ技術の内側を紹介し,その現状と課題を概観する.
標的に抗体が結合できる部位はいくつあるか?ー効率よく新しい機能抗体を探索するためのエピトープ均質化抗体パネル【永田諭志,伊勢知子,鎌田春彦】
あるタンパク質抗原を認識する抗体は多種多様である.では,1つの標的上に提示されている抗体の結合部位(エピトープ)の数はいくつなのだろうか? 異なる抗体は,それぞれのエピトープに結合し異なる機能を示す.最も有用な抗体を見つけるために,1つの標的に対し膨大な数の抗体が際限なく作製され,エピトープ同定が特性解析に利用されている.しかし,もっと確実に,有限の抗体数で抗原のエピトープを網羅し,効率よく新しい機能抗体を探索できないか? 本稿では,「エピトープ均質化抗体パネル」の構築と,次世代のエピトープベースの抗体医薬の開発を目指すわれわれの取り組みについて解説する.
連載
News & Hot Paper Digest
イタコン酸によるマクロファージ免疫代謝制御系の解明【神﨑 展】
非構造生物学の時代ー天然変性状態のままで高親和性複合体を形成【田口英樹】
細菌から発見されたセルロースの新規な修飾【杉本真也】
科学の発展には何が必要か?ー科学の科学的分析に基づく提言【佐々木 努】
国際ヒトゲノム会議が13年ぶり日本開催ー高まるデータシェアリングの重要性【実験医学編集部】
カレントトピックス
コンピューターシミュレーションによる幹細胞状態遷移の予測【谷内江綾子】
細胞極性,Patronin,微小管ネットワークによる上皮折りたたみ形成機構【武田美智子,Mustafa M. Sami,Yu-Chiun Wang】
活性化CD8+T細胞から放出されるエクソソームはがん間質の間葉系細胞に働きかけ,がんの進行を抑制する【瀬尾尚宏,珠玖 洋】
2018年 Japan Prize 記念インタビュー
T細胞・B細胞の発見秘話ー2人の研究者の信念は長い歳月を経て患者のもとに【Jacques Miller,Max D. Cooper】
Trend Review
名古屋議定書?それは研究者にも何か関係がありますか?【鹿児島 浩】
クローズアップ実験法
細胞周期の可視化と自動追尾【阪上-沢野朝子,小松直貴,宮脇敦史】
Update Review
神経回路形成因子LOTUS の挑戦ー神経発生機能と神経再生治療への展開【竹居光太郎】
創薬に懸ける~日本発シーズ、咲くや?咲かざるや?
難治性そう痒症治療薬ナルフラフィンの創薬物語ー「痒み×オピオイド」の発見が生んだ新薬【内海 潤】
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Yをもたない不思議な哺乳類―トゲネズミ【黒岩麻里】
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Opinion
がんゲノム医療の臨床現場と基礎の現場に身を置いて【柳田絵美衣】
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