本連載のテキストは,実験医学編集部が著者(谷内江)へのインタビューを元に構成したものを,著者が加筆・編集して確定する形式を採用している.編集部ではインタビューでの雰囲気や感じたニュアンスを優先してテキストを作成しており,その結果,傲慢と思われたり誤解を招きかねない表現で著者も看過している部分があるかもしれないため,ご了承いただきたい.
大学院に進学するためには奨学金を得なくてはいけない学生の皆さんは多いし,そうでなくても日本学術振興会特別研究員になどに採択されて博士課程の研究生活に推進力を持たせたい方も多いだろう.また研究者の皆さんであれば,研究費を得ないことには研究をすることができない.奨学金や研究費を得るためには研究計画書を書かなくてはならず,これは研究に携わるものであればキャリアが終わるまで続く.
皆さんの周りには息を吸って吐くようにどんどん研究費を取る研究者達もいると思う.そのような研究者は研究計画書を書くのが上手い.決して業績があるからご褒美のように研究費を貰っているわけではない.もちろん業績があることはその人の能力の証明なので研究費獲得にプラスに働くことは間違いない.しかし,大御所教授やその研究室の出身者がいくら華々しい過去の業績を書き並べたとしても,それだけで彼らの研究費申請が採択されるほど研究コミュニティーによる査読システムは甘くない.そのような研究室は論文を書くのも,研究計画書を書くのも上手い.
科学研究費助成事業(科研費),科学技術振興機構(JST)や海外のさまざまなグラントでレビュアーとして携わった経験を振り返っても,多くの人が研究計画書の書き方をわかっていないと思う.ごく少数の上手な人たちが研究費をどんどん取っている.もう少し突っ込んだことを言うと,研究費の採択枠が緻密に設計された素晴らしい研究計画書だけで埋まって,誰を不採択にするか悩むような場面は超大型研究費を除いてほとんどない.だいだいレビュアーが付けたスコア順に上位研究課題を決めて枠が埋まる.
私は,これまで自分のやりたい研究を存分にやるために全く困らないくらい研究費をいただいたことはなくて,いつも大体ギリギリで頑張っているつもりだが,平たく言って研究計画書を書くのは平均よりは上手いと思う.学生時代とアメリカ,カナダでのポスドク時代にとても幸運なトレーニングを受けることができた.また以下に書くような視点を元に今も常に進化している.今回と次回は白紙の研究計画書のテンプレートを前に頭を抱えている学生や研究者の皆さんに読んでいただきたい.読んだ方の多くが,いつもよりちょっと良い研究計画書を準備して,研究費や奨学金を獲得できると良いなと思う.
本来,研究計画書はきちんとその中で達成すべきことをわかっていれば数日で書ける.もしいつもスルスルと文章が出てこないなと思っていたらぜひ参考にしてほしい.はじめに,研究計画書は誰のためのものであるか考えたあと,ダメダメな研究計画書の特徴,強い研究計画書の特徴と強い研究計画書が満たすべき要件を書こうと思う(今回).そのうえで,研究計画書には絶対に外してはいけない型があり,その型の中でどれだけ合理的な説明を極めるかが肝になると思うので,その説明をする(次回).型すら知らずに,研究計画書の体をなしていないものは多い.ほとんどの人が,研究の経験の浅い役人がつくった研究費申請書のテンプレートの流れに頼って説明をしようとしているように見える(役人がつくったテンプレートは科学的に伝えるべきことのガイドラインではない).
研究計画書は誰のために書くか
研究計画書はレビュアーによって査読され,スコアが高いと採択されて申請した額と近い額の研究費(あるいは奨学金)がもらえる.研究計画書はレビュアーを交渉相手としたコミュニケーションツールであり,レビュアーに向けて書く.しかしながら,研究計画書は自分のために書くことにもしなくてはならない.そもそもどんな研究も研究計画が先だつ.例えば仮に先にお金だけあっても(そんなことはほとんどないが),中長期の研究計画を立てずに行き当たりばったりで研究をする人は間抜けである.レビュアーになってみると計画にもなっていない間の抜けた作文を読むことがたくさんある.
まずは自分のために書く
どんなに素晴らしい研究計画をもっているつもりでも,それを理解しているのが自分だけでは意味がない.ある程度賢い頭脳をもっているレビュアー達に研究の価値が理解されないなら,彼女・彼らがあなたの素晴らしい研究の価値を理解できないのではなくて,あなたがふわっと価値があると信じているだけの何かを具体的な研究計画に落とし込めていないのかもしれない.
自分や自分の研究チームが実際に手を動かして成果が結実するようないくつかのシナリオを緻密に考え込めただろうか?それらを説明できているだろうか?失敗しそうな穴はすべて埋められているだろうか?研究費申請書に書くスペースが足りないとかそういう問題ではない.まずは,自分のために,最もその研究を見通せた人間になって研究計画を考え抜くことが重要である.最もその研究を知った人間になったうえで,研究計画書に書くべきことを取捨選択して説明できているだろうか?
そもそも研究費申請と関係なく,研究は計画を立てて実施するものである.研究計画書を書くことは,自分の研究プランが良いものかダメなものか見極めるための機会にできるし,研究プロジェクトが開始されたときに流れるように研究を推進させるための戦略手順書になる.だから,あるテーマを見つけたときに研究計画を書きながら考えて,強引にそのテーマで何か作文をしようとしてはいけない.先々を見通して,方向性が弱そうなら思い切って違う研究計画に転換するくらいのフットワークの軽さが必要である.自分の大切な人生の時間を使う研究は,良い計画の下になくてはいけない.研究計画書をつくるというプロセスはできるだけ効率よく良いアイディアをつくる絶好のチャンスである.一度自分と社会に対して契約した研究は3年から5年の時間を費やすことになる.
次にレビュアーのために書く
そういったことのうえに研究のアイディアと研究計画をつくり,レビュアーを説得させるための文章を書いて欲しい.後半で詳しい説明をするが,少し離れた分野のレビュアーがストレスなく,その未来の研究実施計画を追体験できるかが鍵である.日々の忙しさにかまけていると,つい研究計画書を目先の資金を得るためにしかたがないタスクとして捉えて,とにかくフォームを埋めるだけで締切時間が来てしまいがちである.でも,そんな研究計画書をレビュアーが「ああ,良い研究だな」と思うことは少ない.
また未来の科学と社会のために書く
多くの研究費が誰かが一生懸命働いて払った税金であるように,科学は社会や経済圏の中で支えられている.私は日本で基礎的研究のサポートが薄くなりつつあって,より出口指向な研究のサポートが厚くなりつつあることを憂いているし,基礎研究に携わる科学者の層の厚みこそがその国や社会を豊かにすると信じている.研究成果を短期間で社会実装をせよという命令は絶対に上手くいかない.そうであっても,自分の研究が科学や社会の未来にどう貢献するか語ることは綺麗事ではなく科学者の責任である.だから,ほとんどの研究費申請書テンプレートにある研究のインパクトを問われる項目についてはきちんと考えて書くべきだと思う.この仮説が正しかった場合に教科書が書き換わって次世代の知識がこういう風に増えるとかでも良い.こういう項目を見ると申請者がお金や自分の責任をどれだけ社会の中において考えられている人物かというのも透けて見える.また申請者にとっても長期で研究のビジョンを未来のアカデミアや社会の中で考えるのに良い機会である.
ダメダメな計画書の特徴
よくあるダメダメな研究計画書とはどういうものだろうか?力のある研究計画書を考えてみる前に,いくつか例を挙げてみたいと思う.あなたが書く計画書はこういう風に見えてしまってはいないだろうか?
- 研究ビジョンが何かわからない
- その分野で流行っているような実験を五月雨式にたくさんのことをやろうとしているだけに見える
- 実験内容が,この手の実験をします…といった曖昧な記述にとどまっていおり,レビュアーが実験条件や具体的な手法を評価することができない
- 特定の実験が想定通りに進まないとすべてドミノ式に研究計画全体が崩れてしまう
- 専門用語や略語が多い
- 下線とか太字が多い
- 申請者のアプローチが世界の潮流の中でどう新しく重要なのかわからない
- 社会的な意義や貢献について考慮が欠けている
- 目一杯書き込まれていない
良い研究計画書の特徴
研究計画書が備えなくてはいけない要件が2つある.それらは,①ある程度の分野のプロであればサクサク読めるということと,②文章を読むことで未来に行われる研究を追体験できるということである.
①ぼけっとしたレビュアーにサクサク読ませる
前回も言及したが,レビュアーは自分の大切な時間を割いて査読に協力している.研究費の場合はボランティアであることは少なくなって来たが大した謝金が支給されるわけでもない.研究費によっては一度に10〜30件以上評価しなくてはいけないこともざらである.だから,レビュアーでものすごい高いモチベーションを保ってすべての研究計画書を評価するような人はほとんどいない(たまにいる).またレビュアーは申請者がそうあって欲しいと思うほどその分野を知らないし,賢くもない.JSTのCRESTやさきがけで一緒に評価をしていると,拙い研究計画書の裏にある申請者の意図を最大限に汲みとって評価できるとてつもなく聡明な先生達がいるが,そういうレビュアーを期待してはいけない.疲れた中でぼけっと研究計画書のファイルを開いたレビュアーの眼を覚ますような,あるいはぼけっと20分程度で読んでもらっても理解してもらえる計画書をこちら側がつくる必要がある.
②自分がやった未来のシミュレーションを追体験してもらう
良い研究計画書は,読んでいて自然に実験風景が浮かび上がってくる.まるで自分が申請者と同じプロジェクトに存在しているように読める計画書がたまにある.何人くらいの規模の研究プロジェクトで,それぞれが大体どういう実験をどのくらいのタイムスケールで進めるのか.うまくいかなかったときにどういう風に回避策を打ってプロジェクトを先に進めるのか.しかしながらすべての情報を目一杯詰め込むのとも違う.こういうレビュアーが内容を肌で感じることのできるような研究計画書は強い.こういう計画書は自分自身がプロジェクト進行を具体的にシミュレーションできていないとつくることができない.
文章の力でレビュアーを研究プロジェクトの中にいるような感覚にさせることは大切である.なぜなら,中にいるような感覚になってもらった時点で心理的に仲間にしたも同然だからである.とても難しいように感じるかもしれない.でも,これは研究計画書を書くだけでなく,論文を書く時,学会で発表するときなどあらゆる場面で重要なスキルである.
これらのことは,しょせん理想論である.でも,そういった理想に近づくために実際にどういった実践的な努力ができるだろうか次に考えてみよう.
査読者のストレスと先回り戦略
ぼけっとしたレビュアー,疲れているレビュアー,あまり賢くないレビュアーに研究計画書をスムーズに読んでもらうためには次の4つのことを満たすとよい.レビュアーが自分の作文のどこで迷子になったり躓くか徹底的に考えて欲しい.大きく太い道路をつくることはもちろん,その道路の小石を徹底的に取り除き,彼女・彼らに楽に歩いてもらい,自分のおもしろい研究計画という景色を楽んでもらう.ストレスを感じた査読者は,研究計画書を好意的に読むどころか,粗探しに走るかもしれない.そういったことがないようにする.
①ゴールを常に明示する(大きく太い道路を一本歩いてもらう)
研究計画書を読んでいるレビュアーは意外と迷子になりやすい.申請者の方は最初にゴールを提示して,そのためにいろいろな実験計画を説明しているつもりでも,ちゃんと集中して読んでいないと「あれ,なんでこの実験必要なのかな?」と疑問に思うことは多い.まず大きなゴールを一つだけ設定してそれに向かう研究とすること,そしてそのゴールを研究計画書の頭からお尻まで常に意識させることが大切である.
例えば,「Xという仮説を検証すること」がゴールである場合,「Xという仮説を〜という角度から検証するためにはじめに実験1を行う」や「また,実験2も,Xという仮説を〜という方向から検証できる」など,段階ごとにゴールを忘れないようにアシストして明確に道筋を示すようにする.よくあるのが研究計画書のイントロダクションでゴールを設定した後に,実験1の説明だけをして,単純に「つづいて実験2をする」や「さらに実験3もやる」などと書いてあるものである.レビュアーが実験3を読んでいる時点でそもそもの仮説を忘れてしまったら,その実験についての説明を正当に評価できない.これはゴールがわかりきって書いている申請者からするとなかなか気がつきにくい事実である.
私は,一つの研究計画書を通して4回くらいはゴールの説明を意識的にくり返す.査読者に,一度めくったページを戻らせるようなことはしない.説明がくどくなることが心配になるかもしれないが,それはいったん計画書全体をつくってから精査すれば良い.またホーミングといって,いったん頑張って理解した概念に戻ってくるようなストーリーの流れは,高度な書類をストレスを感じながら読み進めるなかで,脳の緊張感を緩められるので安心感も与えることができる.
②査読者の脳リソースを浪費しない(小石を取り除く)
研究計画書の読みにくい理由が,申請者の身勝手な努力に起因していたということは珍しくない.例えば,良かれと思って,テキストの重要な部分を太字や下線で装飾する申請者がよくいる.これは避けた方が良い.過剰な強調は却って読みにくくなりレビュアーにストレスを与える.プレーンなテキストで,頭に自然と入る構成を心がけるべきだ.たまに,装飾テキストの方がプレーンなテキストよりも多い冗談のような申請書に出会う!
そもそも申請書に書いてあることはすべて重要であるべきである.太字や下線だけ注目して読めばいいなら他の文章はいらない.太字に無理やり注目してほしいのは申請者の押し付けであり,レビュアーは読みたいように読めなくなるのでストレスである.流れるように読める文章を作文することで何が重要か十分伝わるようにした方が良い.
同じことを違う言葉で言い換えるのも止めた方が良い.レビュアー=査読者=評価者みたいな言い換えが散りばめられていると「ひょっとしてちょっと違う意味のことを言っているのかもしれない」と喉に小骨が引っかかったような感覚で読み進めないといけなくなる.研究計画書は文学作品ではないのでレビュアーができるだけストレスを感じずに計画自体を理解してくれる方に全振りした方が良い.また,努めて専門用語や略語を避け,簡単な言葉を使うのが良い.こちらとしては,不慣れな専門用語の略語達がイントロダクションで紹介された後,計画書全体で使い続けたりしていると,どの略語がどれのことかわからなくなる.
文学的な表現や比喩を多用するのもお勧めしない.この国には,寺田寅彦や南方熊楠といった,言葉の美しさと科学の深淵を同時に追い求めた人物たちもいる.彼らの筆が紡ぎ出す詩的な世界と,科学が解き明かす宇宙の機微とが見事に調和する様は,まるで静寂の湖面に浮かぶ一輪の蓮のようである…この程度の,申請者の造詣や研究哲学が垣間見える程度のレトリックをわずかに添えることは良いかもしれないが,こういったコミュニケーションはレビュアーの感性が申請者と一致したときのみ成り立つ.レビュアーに期待してはいけない.たまに研究計画書全体が浪漫に溢れるものがあるが,少なくとも私は科学的な妥当性や価値を評価したい.
③査読者の疑問を先回りして解消する(レビュアーを心理的に肯定する)
レビュアーは研究計画書を読みながら疑問をたくさん抱く.読み進めるなかでそれらの答えがいつまでも見つからない場合,イライラが募り研究計画書全体の評価が下がる.一方で,疑問を抱いた瞬間,その次の段落で答えや道筋が示されている場合,レビュアーは申請者と同調しているように感じて,申請者が賢い人物であるように感じるだろう.このことを理解して,レビュアーが引っかかるポイントを予想し,疑問→解答,疑問→解答…とラリーをテンポよく生み出すことが大切である.人間なら誰でも自分は正しいと思う心理をもっているため,またレビュアーが疑問を次々に解決できる研究計画書はレビュアーをどんどん肯定することになるし,こういった同調を引き出すことが研究計画書の高い評価につながる.
④できるだけ多くの第三者に研究計画書を読んでもらってフィードバックをもらう
研究計画書のドラフトができたら,絶対に第三者に読んでもらってフィードバックをもらう必要がある.その際,特に①と②について確認してもらって欲しい.例えば,同級生や同僚が自分の意図した通りに読んでもらえない場合があるかもしれない.そのときに,「まあ,あの人はこの分野についてよく知らないからしょうがないな」と思うかもしれない.しかしながら,現実にはよくわかっていない人や不勉強な人がレビュアーになることはある.研究計画書が理解できないのはど素人のレビュアーが悪いのではなく,ど素人も玄人も両方速度の差はあれど楽しんで読めるものを作れていない申請者側の問題である.
だから,できるだけ第三者に目を通してもらって,どんなアドバイスも真摯に受け入れ,修正をくり返すことで,より良い研究計画書をつくり上げることができると思う.その第三者が目上であろうと目下であろうと関係はない.研究計画書も一度提出したら最後,その評価ラウンドでは誰がどんな酷い評価を下そうが弁明する機会はこちら側に与えられないので,誰かが躓いた箇所はすべて潰す.自分で良いと思って書いた文章を何度もダメ出しされるのはかなりプライドが傷つくし,耳を塞ぎたくなってしまうが,そこはドライに乗り越えよう.
シミュレーション
連載の最初にアカデミアにおける交渉の基本は相手の立場になるロールプレイだと書いた.研究計画書を書くときは自分がその研究を如何に正確にシミュレーションできるかと,レビュアーが研究計画書を読む様子をうまく想像できるかだと思う.レビュアーに自分の研究計画を追体験させてこちら側に引き込むためには,まず自分自身が圧倒的に高い解像度で研究計画をシミュレーションできなくてはいけない.
まず目を瞑って,まず自分が研究室の中にいる姿を想像してみて欲しい.学生の皆さんであれば,ピペットを握って,マイクロチューブを開けたり,細胞の培地交換をしたりしてどういうデータが出てくるかなど研究プロセスにおける全工程を想像しよう.研究室の主宰者で実験をしない人であれば,誰が研究室の中をどういう風に歩き回ってどういう実験を進めてどういうデータを出すのか想像しよう.やったことのない実験も少し背伸びをしてデータの読み取り方などきちんと理解しているだろうか?トラブルが起こったときに,その回避策としてどういうバックアップ実験をやるのか?研究室の特定の実験をしているキーパーソンがやむをえない事情で研究室を離れざるを得ない状況になってしまったとき,どうするか?
実験も解析も失敗も想像の中では瞬く間にできるのが利点である.リアルで正確なシミュレーションで,回避できない壁にぶつかれば,その実験は良いものではないと即座に判断できる.実際に研究計画を何度も修正することができる.強い研究計画書は,このような無数のシミュレーションのくり返しの上に成り立つ.一人でやる必要もない,こういう実験をしたらどうなる,こういう場合はどうなるというのを同僚や共同研究者と議論を尽くすのもありだ.シミュレーションが尽くされた研究計画書は物語として現れる.そういう計画書は読んでいて楽しい.
シミュレーションをすばやくたくさん行えるようになるトレーニングは優れた論文を読むことに限る.良い論文は研究成果も素晴らしいが,研究の流れをうまく説明できるように書かれている.さらに丁寧に実験手法と材料(Materials and Methods)のセクションもきちんと書き込まれている.したがって,自分がやったことがない実験も追体験して自分のものにできる.自分がその研究チームでその実験をやったメンバーだと想定して論文を読んでみて欲しい.そうすると,論文の上から下への流れが必ずしも実験で行われた時系列と一致しなかったり,書かれていない情報に疑問をもったり,一つの実験に圧倒的な人材リソースや時間が投入されていることにも気が付く.若い人は論文をそうやってたくさん読むことによって,どんどん自分がシミュレーションする能力を高めることができる.論文を読むということは最先端の情報を仕入れることだけではない.高いシミュレーション能力をもった人は他人の論文や研究計画書のレビュアーとしても質の高いサービスを提供できる.そして,自分自身がそういう能力をもつ人間になり,持たない人間であった過去をもつことで,多様なレビュアーが自分の研究計画書をどう受けとるかもシミュレーションできる.だから,論文をたくさん読んで欲しい.
さあ執筆しよう
さて,シミュレーションを尽くして,レビュアーのさまざまな心理を想像して彼女・彼らに寄り添って書くとよい研究計画書が作れそうだというのは納得していただけたかなと思う.本当は,1回で研究計画書の中で満たしたい要件と,それらをどういう文章構造の中に落とし込むかという話をしたかったのだが,また誌面の都合で次回に続けなくてはいけなくなった.次回(後編)はよい研究計画書がもつゴールデン構造やより短い奨学金の申請書を訴求力のあるものにするためにはどうしてほしいか説明したい.
谷内江 望:ブリティッシュコロンビア大学Biomedical Engineering教授,大阪大学WPIヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe)特任教授,東京大学先端科学技術研究センター客員教授,慶應義塾大学政策・メディア研究科特別招聘教授.2009年に慶應大学において生命情報科学の分野で学位取得後,ハーバード大学とトロント大学のFrederick Roth博士の下で研究員として合成生物学の研究に従事.2014年より東京大学准教授,2020年よりブリティッシュコロンビア大学准教授,2023年より現職.