はじめに
研修医の先生方にとってもパルスオキシメーターは気軽に使いやすく,便利なものだと思います.古典的なバイタルサインには含まれませんが,現代の病棟業務や救急外来対応では必需品です.パルスオキシメーターを使用する際の注意点や,SpO2(酸素飽和度)が低下した際の対応は,身につけることができれば多忙な診療に明日から役立てることができます.急変に強いレジデントをめざしましょう!
症例
胃癌で予定手術を受けた60歳代男性.
術後,3日目に突然の呼吸困難が出現しSpO2が88%に低下したため,コールがあった.どのように対応すればよいだろうか?
パルスオキシメーターの使用上の注意
パルスオキシメーターは動脈のヘモグロビン酸素飽和度を測定できる簡単で非侵襲的なツールです.受光部にあるセンサーが指や耳朶を介して拍動する動脈の血流を検出し,光の吸収値からSpO2を測定します.検査機器の特性上,つけ爪やマニキュアをつけているとき,体動が激しいとき,低体温,血管収縮,低血圧,局所の循環不全などの状況では正確に測定できないことがあるため注意が必要です1).センサーで測定された脈拍数はほかの方法(心電図など)で測定した脈拍数と一致しているか確認するようにしましょう.またSpO2が低値を示すものの本当に低下しているかどうかわからないときは,呼吸数が重要になります.呼吸が促迫していれば,本当に低酸素である可能性が高く,呼吸が平静であればうまく測定できていない可能性が高くなります.
SpO2低下をみたら
SpO2低下をみたら,図1のように患者さんに声をかけながらABC(Airway:気道,Breathing:呼吸,Circulation:循環)と第一印象の評価を行います.ABCに異常がある場合や一見して重篤な場合はOMI(O2投与,Monitor装着,IV lineの確保)を行いましょう.
ABCのなかでも特にAの評価は重要で,SpO2が低下して気道の問題があれば緊急性が非常に高いため,高度な気道確保の準備のためにもスタッフを集めて対応しましょう.気道に問題があってもかなり悪化した危険な状態にならないとSpO2に異常は出ないので,気道の異常についてはSpO2が正常でも安心はできません.SpO2を過信せず吸気性喘鳴(stridor)の有無や気道異物,気道分泌の亢進があるかを確認する必要があります.もし,いびき呼吸があれば舌根沈下と判断し,下顎挙上やエアウェイ挿入を行い,痰の貯留音があれば吸痰などの処置をただちに行いましょう(図2).よくある間違いは,Aの異常なのに,そこを対処せずにO2投与し血液ガスや胸部X線をオーダーしてしまう(Bの対処をする)ことです.Aの問題は,気道を開通させることが何より重要です.
ここがピットフォール
SpO2のみで気道の評価をしてはいけない!
ここがポイント
気道(A)の問題を放置して,X線撮影や血液ガス分析などの検査に進まない!
鑑別診断
SpO2低下の対処と並行して行う,的を絞った病歴聴取では,原疾患や入院の目的,随伴症状,最近の手術や処置の内容を確認します.発症が突然か否か,胸痛の有無などで鑑別すべき疾患を表1に示します.
ここがポイント
入院患者の急変時は的を絞ったリスク確認と病歴聴取を!
SpO2が低下した場合に行うべき検査
血液ガス分析
SpO2の低下を見たら,動脈血液ガスをチェックして,Ⅰ・Ⅱ型呼吸不全の有無を評価しましょう.チェックするステップは大きく3つです(図3).ステップを進める際には図3中の※1〜3に注意しましょう.
※1:PaO2の低下
まずは動脈血酸素分圧(PaO2)の低下を確認します.PaO2はSpO2の値から類推することができます(表2).
なおO2投与時には表2が使えないので,吸入酸素濃度(FiO2)の値を用いてPaO2/FiO2の比(<300であれば不良)で判断しましょう.
※2:HCO3−値と換気障害の経過
HCO3−の上昇(>30 mEq/L)がなければ急性発症のⅡ型呼吸不全と判断します.HCO3−値で急性の経過かどうかを見極められる理由は,呼吸性アシドーシスが続くと代償的に代謝性アルカローシスになるからです.ただしHCO3−値だけでの判断では,利尿薬などの影響を受けることもある点に注意です.慢性に代償された状態だと,pHはほぼ7.4に近いですが,急性であればpHが著明に変動していますのでpHとあわせて判断しましょう.
※3:O2投与でCO2ナルコーシスになるリスク
Ⅱ型呼吸不全へのO2投与でCO2ナルコーシスになるのは,慢性的なCO2貯留がある場合です.逆にいうとHCO3−値<30 mEq/Lと代償が効いていない(pHがかなり変動しているような)急性発症のⅡ型呼吸不全は,O2投与をしてもCO2ナルコーシスになることはほとんどないです.一方,慢性のⅡ型呼吸不全では,漫然とO2投与をするとCO2ナルコーシスになる可能性があります.とはいえ低酸素の方が害ですので,まずはO2投与してください.その際に必ずO2投与だけでなくバッグバルブマスク(BVM)や人工呼吸器で換気をするなどの対処をすればCO2ナルコーシスは防げます.
胸部X線
X線ではさまざまな低酸素血症の原因を探ることができます.状態が不安定でX線室への移動が危険であれば,胸部X線はポータブルで依頼しましょう.X線に異常がある場合には図4に従って鑑別診断を進めましょう.肺野に異常がなければ,特にAの異常(例:アナフィラキシー),喘息発作,肺塞栓症,急性冠症候群,神経筋疾患などを考慮します.病棟の患者さんは入院時にX線が撮影されていることが多いため,急変前と比較読影するようにしましょう.ポータブルの撮影〔AP(前後)像〕では入院時の画像〔PA(後前)像〕に比べ,心拡大が目立つ点に注意が必要です.
心電図
心電図は,特に急性冠症候群の鑑別で重要です.緊急時には,病棟に置いてあるポータブル心電図を使用します.ST変化以外にも異常Q波の有無,T波の変化〔超急性期T波(hyperacute T wave),冠性T波(coronary T)〕に注目します.
肺塞栓症の所見として,国家試験的にはSⅠQⅢTⅢが有名ですが,これは重症例に多く,肺塞栓症の2割程度にしかみられません.V1-4での陰性T波が診断に有用(陽性尤度比:20)で,そのほかV1-4の右脚ブロック,洞性頻脈もよくみられますのでこれらもチェックしてください.X線同様,心電図判読に自信がない場合には,入院時の12誘導心電図と比較して判断しましょう.
超音波検査
超音波はベッドサイドで簡便にできる非侵襲的な検査のため,すぐ行うことが可能です.POCUS(point-of-care ultrasound)という,評価項目を限定し簡単な手順で行えるプログラムがつくられており,研修医でもトレーニングが可能です.
救急外来での研究ですが,通常の診察に加え即座に超音波検査を行った群と,通常の診察のみを行って診断をした群では,搬入後15分時点での正診率に大きな差があり(80%対50%)3),研修医のうちに身につけたい手技の1つです.超音波所見と疑う疾患を表3に示します.これらの項目すべてを説明するのは本稿の範囲を超えてしまいますので,全国各地で開催されているPOCUSセミナーに参加してもらえればと思います.
血液検査(特にBNPとD-dimer)
研修医から「BNP上昇しているから心不全ですね~」「D-dimer陰性なので肺塞栓症は否定的です!」という声をよく聞きます.はたしてそうでしょうか? BNPが50〜100 pg/mL未満であれば左心不全は否定できます(陰性尤度比:0.08).しかし,加齢や腎不全(図5),肺疾患(右心不全)があれば,左心不全がなくても400 pg/mLまでは高値になりえるので解釈に注意が必要です.
D-dimer(ELISA法)は0.5 ng/mL以下であれば肺塞栓症の可能性はかなり下がりますが,検査前確率が重要です.Modified Wells’ criteriaで検査前確率を評価して,ハイリスクであればD-dimerが陰性でも造影CTなどを行う必要があります(図6).D-dimerは肺塞栓症以外でも大動脈解離,敗血症,下肢静脈血栓症の既往などでも上昇するため他疾患の除外が必要です.
ここがピットフォール
BNP高値=心不全の診断,D-dimer陰性=肺塞栓症除外としてはダメ!
状態が安定したときのSpO2の目標値
入院患者さんのSpO2が低下すると,病棟ではまず酸素を投与されます.病棟の看護師さんへの指示でも「SpO2>〇〇%維持」とされていることが多いのではないでしょうか? しかし,パルスオキシメーターのアラームは低値で鳴ることはあっても,高値で鳴ることはありません.実は,O2投与下でのSpO2 98〜100%はPaO2 100~500 Torrの間のどこにあるかわからないのです.高酸素はCOPD患者のCO2ナルコーシスの危険性以外にも,心筋梗塞患者や脳外傷でも有害である可能性が報告されています6).また,O2投与下でSpO2 98%以上をめざしてしまうと,本当は酸素化が悪化しているのに気づかれることがないまま患者さんの状態が悪化してしまうことがあります7).最適な目標SpO2値にはまだ議論がありますが,O2投与下でSpO2 98%以上が保たれている場合には酸素流量を下げていきましょう.
ここがポイント
O2投与下ではSpO2 98%以上をめざす必要はない!
症例のその後
ABCを確認すると,A(気道)は開通,B(呼吸)は荒く肩呼吸で頻呼吸,C(循環)は末梢冷感があり頻脈になっていた.OMIとバイタルサイン測定の指示を出しつつ診察をすると,内頸静脈の怒張があり,右下腿の腫脹を認めた.胸部聴診での左右差や気管の偏位は認めなかった.胸部X線では異常陰影を認めなかったが,血液ガスではⅠ型呼吸不全,心電図ではV1-4で陰性T波を認めた.D-dimerは陰性であったが肺塞栓症を疑い,心エコーを行ったところ右室拡大が著明であったため,造影CTをオーダーするとともに,循環器内科の先生にコンサルトを行った.
おわりに
SpO2の低下は病棟で出会う頻度の高い患者さんの変化(急変)です.ABCの確認と的を絞った病歴聴取・診察である程度疾患を絞ることができます.血液ガス,心電図,X線,超音波検査,血液検査を駆使して急変に強いレジデントをめざしてください.
引用文献
1) 片岡 惇:6章 酸素バランスと酸塩基のモニタリング.「FCCSプロバイダーマニュアル 第3版」(一般社団法人集中治療医療安全協議会/監,藤谷茂樹,安宅一晃/監訳),p100,メディカルサイエンスインターナショナル,2018
2) 「改訂第5版 外傷初期診療ガイドラインJATEC」(日本外傷学会,日本救急医学会/監,日本外傷学会外傷初期診療ガイドライン改訂第5版編集委員会/編),へるす出版,2016
3) Jones AE, et al:Randomized, controlled trial of immediate versus delayed goal-directed ultrasound to identify the cause of nontraumatic hypotension in emergency department patients. Crit Care Med, 32:1703-1708, 2004
4) 「ジェネラリストのための内科診断リファレンス -エビデンスに基づく究極の診断学をめざして-」(酒見英太/監,上田剛士/著),医学書院,2014
5) van Belle A, et al:Effectiveness of managing suspected pulmonary embolism using an algorithm combining clinical probability, D-dimer testing, and computed tomography. JAMA, 295:172-179, 2006
6) Farquhar H, et al:Systematic review of studies of the effect of hyperoxia on coronary blood flow. Am Heart J, 158:371-377, 2009
7) O'Driscoll BR, et al:BTS guideline for oxygen use in adults in healthcare and emergency settings. Thorax, 72(Suppl 1):ii1-90, 2017
太田 茂(Shigeru Ota)
藤井病院 内科
藤井病院(114床)で基幹病院から研修に来てくれる初期研修医の先生と一緒に日々奮闘しながら地域医療を展開しています.救急総合診療医と家庭医の先生とともに物理的にも心理的にも距離の近い医療を患者さんに提供し続けたいと思います.
宮阪 英(Ei Miyasaka)
藤井病院 内科
福山南部,鞆の浦という漁村の町で,救急と総合内科を軸に,地域に根ざした医療と若手教育を行っています.基幹病院から多くの研修医,大学の学生を受け入れており,病院は若い力にあふれています.また福山近辺で,若手医師向けの各種勉強会やT&Aコースなどのシミュレーションコースも定期的に開催しております.興味がある方はいつでもご連絡ください.