症例:30歳代,男性
主訴:発熱,咽頭痛
現病歴:午前中に,起床時からの咽頭痛を主訴に近医受診.痛くて唾が飲み込めないとの訴えあり.間接喉頭鏡で診察したところ,咽頭の軽度発赤を認めたが喉頭蓋に異常は認めなかった.急性咽頭炎の診断で対症療法の処方をされて帰宅となった.
既往歴:特になし
この症例は若く健康な男性であり,間接喉頭鏡でも異常を認めず,当初は急性咽頭炎の診断となりました.しかし,この症例には「怖い」続きがあります.
帰宅直後に「呼吸が苦しい」と本人から救急要請があった.救急隊接触時には心肺停止状態(心電図波形:心静止)となっていた.蘇生処置をしながら当院救急センターへと搬送された.来院後,緊急気管挿管のため喉頭展開をしたところ喉頭浮腫著明であったため(図1),輪状甲状間膜切開による気道確保を行った.急性咽頭蓋炎を起こしていた.その後蘇生処置を続け,自己心拍が再開した.
このような怖い咽頭痛を見抜くためには,どうしたらよいでしょうか.
咽頭痛をきたす症例のなかには上記のように致命的な怖い疾患が紛れており,killer sore throatと表現されます(表)1).表に示す通り,感染症が多いです.Ludwig’s angina(口腔底蜂窩織炎)は齲歯から発生することの多い顎下部間隙膿瘍であり,Lemierre症候群は菌血症による血栓性頸静脈炎です.killer sore throatには感染症以外の病気も存在します.アレルギーや外的要因は病歴聴取にて鑑別することが可能ですが,症状が咽頭痛のみの急性冠症候群(ACS)や大動脈解離があることを忘れてはいけません.
症例1において焦点となるのは,急性喉頭蓋炎が完成して窒息をきたす前にkiller sore throatであることに気づく方法はなかったのだろうか,という点です.そこで重要となるのが咽頭痛の際の警告徴候=red flag signです.
上気道閉塞を示すred flag signはくぐもった声,嗄声,唾を飲み込めない,流涎,副雑音Strider,呼吸困難,tripod position(三脚位)です1).tripod positionは前傾姿勢で呼吸補助筋を使う呼吸のことです.症例1においては痛くて唾が飲み込めないというred flag signを認めていました.red flag signは身体所見をきちんととれば確実に見えてきます.こういった症例はよくある咽頭痛のなかに突然紛れてくるということを常に頭のなかに入れておく必要があります.
症例:20歳代,男性
主訴:発熱,咽頭痛
現病歴:1週間前からの発熱,咽頭痛,体幹の軽度紅斑が出現し近医を受診.血液検査で汎血球減少(WBC 2,800/μL,Hb 10.4 g/dL,Plt 8.8万/μL),異型リンパ球8%,肝機能異常(AST 78 IU/L,ALT 94 IU/L)を指摘されたため,近医より紹介受診した.身体診察で咽頭発赤と白苔を認めた(図2).
咽頭炎において怖いのは前述のkiller sore throatだけではないという例を紹介します.症例2は一見すると発熱,咽頭痛を主訴に来院された伝染性単核球症の一例であると予想されます.実際この後,EBVの抗体検査を提出され,EBV VCA IgM +,IgG-,EBNA-でした.しかし,EBV感染に伴う伝染性単核球症というだけでは終わりませんでした.
発熱が持続し,当院を受診.追加の病歴聴取で,既往に急性B型肝炎があったことから,詳細に性交渉歴を聴取したところ,同性間の性交渉があったことがわかった.HIV抗体(ELISA)は陰性であったが,ウインドウピリオドによる偽陰性を疑い,HIV RNA PCRを提出したところ,陽性となった.その後ART(抗レトロウイルス療法)を開始した.
以上からEBV感染に合併した急性HIV感染症の診断となりました.B型肝炎の既往や男性の同性間性交渉などHIV感染症を疑う病歴がありました.EBV感染症では白血球増多の場合が多い,発疹もアミノペニシリン投与の場合以外ではあまり多くない,といったEBV感染よりもHIV感染が疑われるヒントがありました.しかしそういった知識以前の問題として,このケースからは標準的な病歴聴取や身体所見の重要さを学ぶことができます.発熱,咽頭痛だから,急性ウイルス感染だから,といって既往歴を聴取しなくてよいということはありません.
HIV感染6カ月以内に非特異的な症状を伴って出現する症候群を急性HIV感染症といいます.40~90%のHIV感染患者には何らかの急性症状が起こります2).症状は発熱,咽頭痛,リンパ節腫脹,発疹,筋肉痛,関節痛,下痢,体重減少,頭痛といった非特異的なものです3).
症状だけでは鑑別が難しいため,性交渉歴,麻薬静注といった病歴聴取が重要となります.粘膜皮膚潰瘍や下痢といった症状は他のウイルス感染との違いを示唆します.この症例において皮疹があったり,異型リンパ球の割合が低かったりしたことなどはHIV感染症の手掛かりとなっていました.
発熱・咽頭痛で受診する患者のなかで,「見逃してはいけない症例」をしっかりと見極めなくてはならないということを学びました.「見逃してはいけない症例」を見つけるためにはまず,red flag signを見逃さないようにすることが重要です.そのためには何よりの基本として,きちんとした問診・身体診察を行うことが重要です.