大きな視点でとらえる考え方として生物心理社会モデル(bio-psycho-social model)を紹介したいと思います.これはEngelが提唱した概念で1,2),医療において生物医学的な理解は必要だが,同時に人としての側面,かかわる他人との関係や家族,コミュニティといった側面も理解していこうというものです.病いを抱えている人にはどのような現象が起きているのか?生物的,心理的,社会的側面が存在しており,これらの側面は「神経では?臓器では?」とよりミクロな階層で考えていく一方で,「家族内では?地域では?」とマクロな階層で考えていくことができます.それぞれの階層が互いに影響しています.私たちは,病いを抱えている人がこのような複雑なシステムのなかにいることを理解してかかわる必要があります.
図のように階層は多数に分かれていますが,ここからは家族の階層,地域の階層について述べていきたいと思います.
まず家族の階層として,家族志向型ケアを紹介します.これは患者さんに対する医療を家族という枠組みで捉えようとするものです.患者さんを家族という枠組みで捉える理由はいくつかあります.
このような理由から,私たちは家族という枠組みのなかで患者さんを診ていくことがあります.家族という枠組みの捉え方ですが,まず家族構成を把握することからはじまります.身近な家族だけでなく,遠方の家族も含めた構成員まで把握することが重要です.家族の構成員が把握できたところで,次に家族内での関係性や役割について把握します(例:親が親として,子が子としての立ち位置にいるか,家族内で距離感が近すぎたり,逆に遠すぎたりする関係はないか,家族内での責任者は誰か,など).またどのような家族でも家族ライフサイクルと呼ばれる,ある程度共通した歴史があります.家族ライフサイクルにはそれぞれの時期に対応した発達課題(表)というものがあり,達成できていないとストレスとなって,関係性や症状に影響を与えることがあります.
このような情報から,家族という枠組みのなかで患者さん本人を中心として何が起こっているのかを考えていくことが一般的な家族志向型ケアですが,岡山家庭医療センターの診療所では,付き添いで一緒に来院した家族や,また別の日に別の要件で来院した家族を中心に捉え直しながら,家族に丸ごと関わる診療を心掛けています.
次に,地域の階層について説明していきます.英語のCommunityには場所としての地域を意味することもあれば,人の集団を意味することもあります.今回は「地域に住んでいる人の集団」として扱います.
地域に住んでいる人の集団に対する医療のアプローチにはさまざまなものがありますが,いずれも一医療者として,その地域・集団の持続的な発展や幸福,安心のためにコミュニティとともに活動を行うものだと思います.
この「コミュニティとともに」が重要です.世界保健機構(WHO)は2008年にプライマリヘルスケア改革を提唱しています4).このなかの「サービス提供体制のあり方の改革」では,疾患や臓器ではなく「人」を中心に据え,包括的で統合されたケアを提供し,継続的な人間関係を重視すること,医療サービスの入り口としてこういった能力をもつ医師(家庭医・総合診療医)を含むプライマリ・ケアチームが地域・コミュニティの健康に関するハブとして機能すべきであるとしています5).わかりやすい例としては,他の診療科や医療機関に紹介することも1つのハブ機能でしょう.気になる患者さんがいた場合に地域包括支援センターなどの公的機関を紹介することもハブ機能の1つです.
医師がハブとしての機能を果たすためには,人と人とのつながりが必要ですが,診療所や病院の中にいるだけでは限界を感じませんか?時には私たちが診察室から出て,人とのつながりを求めていくことも必要です.敷居が高いものと感じられる人も多いかと思います(私も大変苦手です)が,コミュニティとともに持続的な発展や幸福,安心を実現していきたいという思いがあれば,まず大丈夫です.最近の私の例としては,町や社会福祉協議会,外部の法人と連携しつつ,町内の高齢男性と一緒に住みよいまちづくりに取り組んでみたり,市内の薬剤師や看護師,介護支援員などとカフェ形式で意見交換を行う会に参加したりしています.いずれの会も肩ひじ張らずに楽しく参加させてもらっています.
今回,岡山家庭医療センターで家庭医が日々実践している,家庭医ならではの診療ということで,生物心理社会モデルと家族や地域の階層に注目したアプローチの一部を紹介しました.家庭医療専門医を特徴づける5つの能力のうちの3つを一度に紹介しているため,かいつまんだ紹介となっていますが,これを読んだ皆さんに,家庭医の行う診療が少しでもリアルに想像していただけたら幸いです.