寿都町立寿都診療所は日本海に面する人口約3,000人の町にある有床診療所です.近隣に高次医療機関がなく町内で要請された救急車はすべて診療所へ搬送されるため,1次救急から3次救急までの幅広い初期対応が求められます.
雪が降るある日の待機当番で,22時に10歳の男児が腹痛を主訴に受診しました.診療所では夜間休日にできる画像検査として,担当医師自らがX線検査やエコー検査を行っています.当番の専攻医は身体所見から急性虫垂炎を疑い腹部エコーを行いましたが,虫垂は描出困難で他に明らかな異常所見も認めませんでした.小児科への紹介も考えましたが,最寄りの小児科までは車で1時間半かかります.
さて,皆さんだったらどうしますか?
小児の虫垂炎については,Pediatric Appendicitis Scoreというその名の通りのスコアが存在します(表).今回の症例では10点中4点となり虫垂炎が疑われるため,入院可能な小児科への紹介が望ましいでしょう.しかし紹介となると夜の雪道を運転して受診してもらわなければならず,悩んだ専攻医は電話で指導医に相談しました.
専攻医「スコアをつけると小児科へ紹介したほうがよさそうなんですが,夜間ですし,雪も降っていますし,大変ですよね…」
指導医「それならうちで入院して経過観察したらいいんじゃないかな.入院していれば状態の変化にいちはやく気づいて救急搬送等の対応がとれるから」
結局この症例では診療所に一泊だけ入院し,翌朝小児科へ紹介しました.その後は虫垂炎疑いとして入院のうえで抗菌薬投与を行い,保存的に治癒しました.
この症例のTipsは,「入院での経過観察をうまく使う」ということです.最寄りの二次医療機関が遠いセッティングでは,入院で状態変化にすばやく対応できるようにすることが有効なセーフティーネットとなります.
北星ファミリークリニックは旭川市(人口約30万人)にある無床診療所です.約200名の患者さんに対して訪問診療を行っていますが,そのうち160名以上が施設入居者であり施設職員との連携が欠かせません.
今回,ある介護施設から新規で訪問依頼がありました.訪問診療開始時には心肺停止時の蘇生処置について本人や家族,施設職員へ確認するようにしていましたが,この施設ではすでに冷たい状態で発見された場合であっても全例で蘇生処置・救急搬送を行うという方針でした.専攻医は,この方針は過度な延命行為を希望しない人の意に反すると感じましたが,施設側に意義を唱えても何も変わらないのではないか,むしろ関係性が悪くなるのではないかと悩みました.
専攻医「この施設の方針には困りますね.どうにかならないものでしょうか」
指導医「そもそもこの施設が看取りをしないと決めた経緯があるんじゃないかな? それを確かめるのが先だよ」
この指導医の一言にはっとした専攻医は,勇気を出して施設職員とのカンファレンスを開きました.するとこれまで訪問診療を担当していた前医が看取りのときにすぐに往診できず,救急搬送せざるを得ない状況だったことが判明したのです.そこで診療所として24時間の往診に対応できることを施設側へ共有した結果,以後この施設でも往診での看取りが可能となりました.
この事例でのTipsは「施設の背景を探る」(施設職員とのカンファレンスを開き,これまでの経緯を率直に尋ねる)ということです.介護施設とかかわるなかで「なぜこの施設はこうしないんだろう?」「なぜこれができないのだろう?」と疑問を持つこともあるかと思います.「だからあの施設はダメなんだ」と決めつける前に,なぜその方針となったかという背景を知ることで解決する問題も少なくないと考えます.
北海道社会事業協会帯広病院(通称,帯広協会病院)は帯広市内にある300床の中規模病院です.HCFMの家庭医が総合診療科を担っており,専門医不在の内科領域や高齢者を中心に診療しています.
ある日,80代女性が発熱・食思不振のため総合診療科に入院しました.既往に間質性肺炎があり胸部CTで肺炎像の増悪を認めたため,細菌性肺炎の合併を疑い抗菌薬を投与したところ,数日のうちに解熱し炎症反応も改善していきました.しかし血液検査の結果に反して食欲がもとに戻らず,リハビリをしたり漢方薬を試したりしても食べてくれません.ちょうどその頃,入院時に血管炎のスクリーニング目的に提出していたMPO-ANCAの結果が陽性で返ってきました.これまで間質性肺炎の原因は特定されておらず,病態としてANCA関連間質性肺炎が疑われましたが,院内にリウマチ科はなく,食思不振という症状だけのためにステロイドを使用してよいものか,専攻医は悩みました.
幸いなことに,専攻医は他科研修を行うなかで他科の医師に対して相談しやすいと感じていました.さらに院内にはリウマチ専門医の資格をもっている医師が一人いたため,専攻医は相談してみることにしました.するとステロイド治療を行う価値があるとの判断で,「転科してもいいけど,勉強したければサポートするから自分でやってみていいよ」と背中を押されたこともあり,総合診療科でステロイド治療を開始しました.その後は順調に食欲が戻り自宅退院となりました.
この症例でのTipsは「他科との垣根を低くする」(専攻医が他科研修を行うことで科の垣根が低くなる)ということです.帯広協会病院では総合診療科として他科からの紹介を積極的に受け入れていたこと,また専攻医が院内で他科研修を行っていたことで他科との相談・連携がしやすい環境となっていました.自ら他科との垣根を低くすることで,専門医の教育的配慮のもとさまざまな経験が可能となります.総合診療科でも専門的治療を提供できることは,診療科がそろっていない中規模病院としてもメリットと言えるでしょう.
ひとくちに総合診療といってもセッティングによって求められることは変わり,同じ症例でもその臨床判断は異なります.今回のTipsを皆さんの診療現場に役立てていただければと思います.