私から皆さんにお伝えする基本のTipsは「そうだ,母を診よう」です.できるだけシンプルなTipsを心がけました.この言葉に込めた思い,そして実践について解説したいと思います.
本邦の外来受療率は乳幼児と65歳以上の高齢者で高くなる二峰性であり,生産年齢層の医療機関への受診が少ないということがわかっています1).しかし,若い年代は本当に受診しないのでしょうか.
ライフキャリア・レインボー(図1)という考え方があります2).人生にはさまざまな役割があり,多かれ少なかれいくつかの役割をみな担っており,ライフステージごとに比重が変わっていくといわれています.特に女性においては,求められる役割が男性と比べて多く,変動も大きくなります.皆さん自身や友人,患者さんのことを思い返してください.想像は難しくないと思います.生産年齢層の女性は「患者」として受診する頻度は少ないですが,実はこの役割の多様さゆえ,子どもや親の受診,予防接種,健診など,むしろ「誰かの付き添い」として私たちの前に姿を現すことの方が多いのです.そう考えると,実は思いのほか「医療機関に訪れている」ともいえます.しかし,医療を提供する側の視点からすると,患者さんの診療に集中し,いつの間にか付き添いとしての女性はフレームアウトしてしまっています.
私たちは目の前の問題「前景」に気をとられ,得てしてその「背景」を見落としがちで,実は貴重な機会を見過ごしているのかもしれません.まずは,気づくことからです.その気づきを待っている人がきっといます.「そうだ,母を診よう」これが合言葉です.
日本プライマリ・ケア連合学会 女性医療・保健委員会は,女性医療を「女性特有の疾患や性差による病態の違いを考慮しながら,女性が生涯を通して健康な生活を送れるよう,ライフステージに応じて支援する医療」であると述べています(図2)3).つまり,女性医療は「産婦人科診療をしましょう」ということではなく,「ライフステージに応じて,生涯健康な生活を送れる支援」をすることが大切なのです.健康とは「身体・心理・社会的に満たされた状態(世界保健機関定義)」をいいますから,精神的・社会的健康に寄与するものも含まれます.先述のとおり,多くの女性は各ライフステージで比重の大きい役割によって生活が大きく規定されています.しかし,妊娠出産・子育て・介護などのために,一人の大人として自己実現に向かえない不全感や周囲との関係性に悩みを抱えているケースもあります.ライフステージごとに直面するだろう健康や人生の課題に気を配り,その声に気づき,声かけができる,そんなかかわり方でもよいのではないでしょうか.
それでは婦人科診察のいらない,簡単にできる介入を3つほどご紹介したいと思います.声かけだけで救えることもたくさんあるのです.
1つ目は子宮頸がん検診を推奨することです.有名人の罹患などで乳がん検診が周期的にとりざたされますが,子宮頸がんは欧米では「マザーキラー」と呼ばれており,より若年者で推奨されるのは子宮頸がん検診です(米国予防医療専門委員会では21〜65歳で推奨4)).子宮頸がん検診の受診で侵襲性子宮頸の危険性を著減させ,ヒトパピローマウイルス検査を併せることで死亡率の減少も認められています5).しかし,2016年の調査によると本邦での子宮がん(子宮頸がん)検診受診率は42.4%(過去2年での受診率)と低く,特に20代女性の受診率は低く6),チャンスを逃さず推奨していくことで,若い世代を守ることができます.
2つ目はマタニティブルース・産後うつ病の発見です.褥婦の30%程度にマタニティブルース,5〜10%程度に産後うつ病が出現するといわれており7),珍しくないことがわかります.産後は身体的変化に加え,家族構造が劇的に変化します.子どもが第一になり,母として,また1人の大人としての悩みを打ち明けられず悩んでいるケースに出会います.また,核家族化や地域社会のつながりの希薄化などの社会変化のなかで,子育てのうえで孤独感を感じている母親も少なくありません8).両親,特に母親の健康状態は家族機能,子どもの成長に影響を与えるため,母親のメンタルサポートが重要なのです.子どもの症状が軽いにもかかわらず,夜間救急などの不要な受診は,母親のメンタルの不調が隠れているサインかもしれません.小児診療や乳幼児健診の際に「何かお困りのことはありませんか」と声をかけられるといいですね.
3つ目は母子手帳の活用です.母子手帳は小児の予防接種歴確認時や乳児健診の際に確認することが多いと思います.しかし,母子手帳には「子」だけでなく,妊娠経過(血圧や尿糖),風疹抗体価など,「母」の情報も多く載っています.妊娠糖尿病は将来の糖尿病発症率が高いことなども知られており7),妊娠はその女性の未来を映す鏡ともいえます.また,家族背景などの情報も記載されており,育児の悩みや家族計画の相談など,家族を支援するきっかけとしても活用することができます.
いかがでしたか.少しでも「これならできるかも」と思っていただければ幸いです.もっと知りたい方は,日本プライマリ・ケア連合学会 女性医療・保健委員会の提唱する「お母さんに優しい医師/医療機関になるためのジェネラリストの手はじめ12ヵ条」9)を,ぜひご参照ください.
今回のTipsは「母」や「女性」に限ったことではありません.さまざまなライフステージで背景として現れる家族に対して,ケアの目を向けられるのは家庭医・総合診療医ならではの視点ではないでしょうか.皆さんの気づきで,救える幸せがあるはずです.「そうだ,母を診よう」この言葉を念頭においてみてください.