• インタビュー十人十色

患者さんを中心に広がったこの地域のつながりが僕の財産
小宮山 学 先生
ありがとうみんなファミリークリニック平塚 院長

小宮山 学 先生(ありがとうみんなファミリークリニック平塚 院長)

Profile

小宮山 学(Manabu Komiyama)
1999年 東京医科大学卒業.舞鶴市民病院,東京医科大学霞ヶ浦病院呼吸器内科勤務後,亀田総合病院(亀田ファミリークリニック館山)で研修を受け,家庭医療専門医を取得.神奈川県の湘南地域近辺にある森の里病院,湘南真田クリニックを経て,同地域に2015年9月ありがとうみんなファミリークリニック平塚を開院.外来診療のほか訪問診療にも力を入れている.

とにかく地域医療をやりたい,開業はそのための手段

—先生は2015年9月に開業されたばかりだそうですが,クリニックのお名前がとても印象的ですね.どのような思いでつけられたのですか?

まずは地域医療をやるので「平塚」を入れたいというのがありました.クリニックの名前のつけ方を調べていたら,地域に馴染むための1つとして“思いを込める”というのがあって,自分の思いは何だろう,理念は何だろうと考え,「感謝」を1つの軸にしたいなと.患者さん・ご家族,地域住民,クリニックのスタッフや地域の医療・介護・福祉で協力し合う人への感謝からはじめたいと思ったんです.その思いがはっきりするのが「ありがとう」だと思い,それで最初は「ありがとうファミリークリニック平塚」と考えたんですけど,周りの人の反応があまりよくなくて,「誰にありがとうって言ってるの?」って言われて(笑).それなら「みんな」に対してだなと思い,「ありがとうみんなファミリークリニック平塚」とつけたら,こんなに長くなってしまいました.

—クリニックのロゴも印象的ですね.

ロゴをどうしようかと考えていたときに,杉浦誠司さんという文字職人の方の本をたまたま見つけて,直感的にこの方にお願いするしかないと.平仮名を組み合わせて漢字を表現される方なんです.その方にいろいろ思いをお伝えして,どの漢字と平仮名の組み合わせにするかはお任せしました.そしたら「かんしゃ」に「命」をぶつけてきたんです.直球できたなと思いましたね(笑).頼むだけではもったいないのでメイキング動画もつくり,クリニックのホームページに載せています.

—地域医療を実践する場所として,この神奈川県平塚市で開業された理由は何でしょうか?

僕は山梨県出身で実家も開業しているのですが,大学を卒業後いくつかの病院勤務を経て,千葉県の亀田総合病院で家庭医になるための研修を受けました.研修後に神奈川県のこの近くの病院に派遣されてきたのをきっかけに,平塚市内のクリニックに移り,そこで5年間診療していました.そのなかで地域のネットワークができて,医師会活動をするなかで行政とのつながりができ,いろいろと役割もできてきました.他の地域でも同じことはできるのですが,すでにあるネットワークのうえでやっていく方が,より自分の思いを実現しやすいと思いこの地域で開業しました.実はもともと開業したいと思っていたわけではなく,開業は自分の思う地域医療をやるための単なる手段だったんです.

—先生のその実現されたい思いとは何でしょうか?

大きなことを言うと,これからの高齢社会に見合った新しいモデルを示したいと思っています.ただ地に足がついた言い方をすると,地域医療をやりたい,どこでもいいのでここと決めた所で地域に深くかかわっていきたいということなんですけどね.ここは地域としては,田舎でも都心でもない平均的な都市で,そういうところで地域医療を担うというのは,比較的どこでも通用する医療にはなるのかと思っています.

この地域でできた人間関係ひとつひとつが愛おしい

—地域の活動としてはどのようなことをされていますか?

地域から求められる役割として,学校医や,行政と連携した多職種の勉強会の企画,医師会の夜勤・当直があります.地域での医師会の仕事も小さなことからですが一生懸命やっていますね.だからこそこんな変わった名前をつけても「ああ,小宮山先生のところね」と思ってくれ,開業できたのかもしれませんね(笑).

—学校医はどのような仕事をされるのですか?

これは前の職場のときからやっているんですけど,近くの中学の学校医をやっています.実は僕はどうしても学校医をやりたくて.でもやりたいからやれるというものではないので,たまたま医師会から依頼をいただいたとき,「ぜひぜひ,やりたいです」と引き受けたんです.学校医は,年2回の健康診断と,感染症の流行で学級閉鎖にするときに学校と連絡をとりあったり,あとは稀ですが医学的な相談があったときに窓口になったりというのが主な仕事なのですが,それだけではおもしろくないので,中学校の先生に性教育をやらせてほしいと相談して,卒業前の3年生を対象に講義をやっています.生徒からはいろいろな反応があって楽しいですね.それを聞いて別の中学からも依頼があり,この3月にもやる予定です.

地域が望んだことをやるだけでなく,プラスαで自分が地域にかかわってできることがあるとおもしろいですよね.単に診療所で診ているというよりも,地域の一機能として診ているという感じになれるので,まさに自分のやりたいことに近づいているなと思っています.

—勉強会はどのようなことをされていますか?

この2年,平塚市の高齢福祉課主催の「人材育成セミナー」という多職種連携のワークショップにかかわっています.前回は90人くらい集まって今までで一番大きな勉強会となりました.いろいろな職種の方に入っていただいて10人くらいずつで症例ベースのディスカッションをしたりしています.

それから,「平塚の在宅ケアを考える会」というのがあり,医療・介護職の方のほかにも地域医療に興味ある人が集まり,月に1回勉強会をやっています.この地域の僕ら在宅医の兄貴分みたいな先生である上野善則先生が立ち上げられた会で,僕がこの地域に来たときにはすでに多職種のネットワークができていました.僕もここに来て早い段階からかかわらせていただいていて,当院の医師が運営に参加しています.

あとは,神奈川県摂食嚥下リハビリテーション研究会の県央地区の世話人の1人にもなっていて,多職種の方とともに企画に一部参加させてもらい,歯科医師やPT・OTの方も含めた勉強会を年1回行っています.そのほかには,薬剤師会や社会福祉協議会,訪問看護師の集まり,隣の市や医師会から呼ばれて僕自身が講師として在宅医療や多職種連携などについてお話をする機会もあります.

—まさに地域に根づいた活動をされていますね.先生のお話されている様子から地域への思いが伝わってきました.

先ほどお話したように,最初からこの地域に強い愛着があって来たわけではないのですが,ここでできた人間関係ひとつひとつがすごく愛おしいというか.ここで知り合った人たちとの実際のネットワークのなかにいられるというのが魅力というか.1人ひとりの患者さんを中心として広がった関係が,僕の財産ですね.

クリニックは患者さんの帰ってくるべき場所

—開業されて数カ月が経ちますが,診療の方はいかがですか?

予想以上に外来には患者さんが来てくれていて,訪問診療の依頼も多く来ています.以前のクリニックから一部引き継いで診ている方もいますが,ほとんどが新規の患者さんですね.開業にあたってはプロモーションもしっかりしましたし,クリニック名はもちろんストレートな思いでつけましたが,印象的なものにすることで覚えてもらえるという経営戦略的な意味もありました.今はかぜの時期ということもあって,外来は小児が6割くらいで,午後は待合室が小児科のようにお子さんでいっぱいです.

—待合室は入った瞬間,家のような暖かさを感じました.いわゆる「病院っぽい」雰囲気がありませんね.

待合室の雰囲気はかなり強く意識していて,「ただいま」というイメージで設計してもらいました.亀田総合病院で研修を受けていたとき,岡田唯男先生から「パーソナルメディカルホーム」という概念を教えてもらったのですが,つまり患者さん1人ひとりが医療面で帰るべき場所という意味で,その機能を地域のクリニックが担うということなんです.このクリニックもパーソナルメディカルホームでありたいと思ったんです.

クリニックは患者さんが健康であるための場所で,またそれをスタッフが表現する場所と思っています.なのであまり「自分のクリニック」という感じはしていなくて,開かれた場所にしたいと思いました.

外観も病院っぽくないとよく言われます.建設中はファミリーレストランができると思われていて,慌ててクリニックの看板を立てました(笑).

—先ほどクリニックの中を案内いただいてとても驚いたのですが,細部まで動きやすく使いやすいよう考えつくされていますね.

スタッフが作業しやすいよう,とにかく動線を考えて事務室や診察室を配置し,棚や物の置き場も工夫しました.キャビネットも先に選んでからそれにぴったり合うように建物を設計することで,コストを抑えながら造り付けのような形にしたんですよ.それから,診察室のデスクは,パソコンに入力しながらでも患者さんと向き合えるデスクをつくっている工房を見学して,とても気に入ったので特注でつくりました.あとは待合室を通らずに患者さんを救急搬送できるよう,処置室にも出入り口をつくり,出たところには救急車をとめられたり,普段はクリニックの車をとめてすぐ出入りできるようにしています.開業前に知り合いのクリニックをいろいろと参考に見させてもらい,細部も工夫しました.

「患者さんのため」という1点でつながるコミュニケーション

—開業にあたって1番こだわられたことは何ですか?

コミュニケーションをとれる組織にすることですね.理念としては,先ほどお話しました「感謝」を軸に「つながり」(クリニック・地域の人とつながり患者さんや地域住民の健康を支える),「学び続ける」(最善の医療を提供するために学び,共有する)という3本柱を掲げています.ただ理念は理念であるんですが,どこの部分で現実化できるかという面で,コミュニケーションがあることが大切だと思っていて,スタッフの組織をつくるときも,この建物の構造を考えるときもそのことを意識しました.日々の連携のなかで患者さんをベースにスタッフと対等に話せるような関係づくりであったり,建物の中の壁を少なくしたという構造もそうです.

—コミュニケーションがうまくいっているという実感はありますか?

それはありますね.ただクリニックは仲良し仲間でも家族でもないので,「地域に暮らす人の健康面を支える」ということを軸に考え続けないと,つい自分のことを優先して考えがちになりうまくいかないですよね.僕はよく「患者さんのために何ができますか」「それは本当に患者さんのためになりますか」とスタッフには聞くようにしています.患者さんのためと考えるとすごくシンプルなんですよね.そこで上司・部下とか職種ということを考えて話せないというのはすごく無駄だし,患者さんの不利益になりますが,それぞれのスペシャリティをもって知恵を出し合えるようになると,結果的にコミュケーションがしやすく,患者さんのための組織になると思っています.

「患者さんのために何ができるか」という1点でつながることで,フラットにコミュニケーションがとりやすい関係をつくることが,クリニックの中だけでなく地域づくりでも一番大切にしていることですね.

—きっとすでにスタッフの方といい関係が築けているのですね.開業時,スタッフはどのように集められたのですか?

実は開業にあたっては,スタッフのほかコンサルタントの方や設計にかかわった方も含めてすべて知り合いからの紹介や,知り合いのまたその知り合いの…といった“つて”だったんです.スタッフを集める際には人柄を重視していました.コミュニケーションをとれるかとも言い換えられますけど.人から紹介していただくことで,能力や知識にはばらつきがあってもそういった面では信頼でき,おかげでいいスタッフが集まりました.

—それも大切な縁ですね.

まさに縁ですね.縁は偶然ではなく,意識して巻き込むことが必要だなと今回強く思いましたね.以前診ていた患者さんで,書道家の方がいて,「随所作主」と書いて僕にくれて,すごくいい言葉だなと思って座右の銘にしているんです.どこの場所にいても主体的に動くことによっていい道が開かれるという意味なんですけど,偶然やタイミングはあるのですが,常に主体的であるということが,最終的に縁を引き寄せることにつながるなと思っています.

—最後に,これから地域医療を実践していきたいという読者の方にメッセージをお願いします.

最後に

実際の現場にいてわかるのが,地域医療への圧倒的なニーズです.概念とか学術的なことではなく,医療そのものの考え方がパラダイムシフトしていくのを現場で感じています.「病気を治します」「命を救います」ということだけでは対応しきれないことが多く,総合診療のコンセプトは社会のニーズにマッチしていると感じます.地域医療をやりたいという思いのある方は自信をもって迷いなくこの分野にきてほしいなと思います.

—ありがとうございました.

  • 聞き手:Gノート編集部
  • 撮影:石川 卓