総 論
1 「自家薬籠」の選定
〜思考過程とリスト化する意義
木村琢磨
(東京医科歯科大学医学部 介護・在宅医療連携システム開発学講座)
- 「自家薬籠」とは,臨床的には,「使用するにあたっての知識・技術を修得したうえで処方できる薬剤」と理解される
- 「自家薬籠」を選定する際,「必須医薬品モデルリスト(WHO)」,「薬剤のスムーズな流通」,「基礎的医薬品」を考慮すると有用である
- 「自家薬籠」のリスト化は,エビデンス,副作用についての理解や,薬剤を変更・追加する際の “次の一手” を備え,臨床的慣性(clinical inertia)に陥らないためにも役立つ
- 個々の医師が処方する薬剤の種類を厳選して熟知し,臨床経験に応じて情報を更新することは,登場する新薬に無批判に飛びつくことなく吟味することや,生涯教育にもつながる
はじめに
元来,「自家薬籠」とは,「自分の薬箱に入れてある薬品のように,いつでも自分の思うままに使えるもの」,ひいては「すでに手中にあって絶えず使えて役に立つもの」という意味で使われます.これは臨床的には,「使用するにあたっての知識・技術を修得したうえで処方できる薬剤」と理解できるでしょう.薬剤の種類は増加の一途を辿っており,現存する膨大な薬剤のすべてを使いこなすことは適切ではないどころか,到底,不可能です.臨床医は,薬剤の使用に際して「自家薬籠」の視点をもつべきです.
個々の臨床医が「自家薬籠」を選択し,そのリストを認識しておく必要がありますが,「自家薬籠」に位置づけられる薬剤をどのように選択すればいいのでしょうか.
本項では,「自家薬籠」を選定する思考過程および,「自家薬籠」をリスト化する意義について考えてみたいと思います.
「自家薬籠」を選定する思考過程
まず,専門分野(臓器・領域,診療科など),診療領域(年齢や症状などを問わず,どこまで非選択的に診療するか),地域性(専門診療科へのアクセスなど),医療機関の規模(診療所,病院など)などによって,「自家薬籠」として選択する薬剤は異なるでしょう.
当然,個々の医師にとって使いやすいことが前提となりますが,使い慣れていることが真髄であると考えられます.つまり,「自家薬籠」であるからには,その使用法・効能のみならず,副作用の種類・頻度についても熟知し,これらを臨床経験に基づいて体感していることが求められ,それが患者に対して責任をもって処方することにつながります.「診療ガイドラインに記載されているから,自ら処方し患者に使用しても大丈夫であろう」という処方行動は「自家薬籠」とは言えません.「自家薬籠」には,医師としての薬剤処方に関する“行動目標”が込められていると思います.
筆者の感覚ではありますが,臨床現場で往時より使用されている薬剤は,ある程度,その有効性と安全性が担保され,「自家薬籠」とする薬剤の候補となるでしょう.医師として駆け出しの頃,既存の処方集や,先輩医師から伝授された “約束処方” は,その典型であり,当時は即製の “リスト” としてありがたかったものです.多くの医師によって長らく使用されてきた薬剤は,副作用などが少なく,比較的コストも抑えられており,新薬に飛びつくことに比べれば,無難であるという面もあるように思います.ただし,客観的な情報とは言えないので無批判に受け入れるべきではなく,何よりも,「使用するにあたっての知識・技術を修得したうえで処方できる薬剤」ではないので,「自家薬籠」と言うことはできません.
以下,「自家薬籠の選択」の際に考慮すべき背景として,「必須医薬品モデルリスト」,「薬剤のスムーズな流通」,「基礎的医薬品」について解説します.
1)必須医薬品モデルリスト1,2)
「必須医薬品モデルリスト(Model List of Essential Medicines)」1)とは,世界保健機関(WHO)が定期的に改訂し公開している「多くの人々のヘルスケア・ニーズ,有効な医療を実現するために,どんなときにも,適切な供給量,適当な剤形で,妥当な価格で優先的に広く使用されるべき『必須医薬品(essential drug)』」のリストとされています.薬剤の適応対象が,有効性と安全性プロファイルに関する臨床的なエビデンスについても記載され,世界150カ国以上の先進国・発展途上国で使用されています.
この「必須医薬品」は,あくまで,WHOによって提示されたモデルであり,医療システムや有病率,社会経済状況が異なる各国における医薬品政策の実情に合わせてリストを作成すべきとされています.また,地域や病院単位でリストを作成することや,この概念を教育目的として啓発することも推奨されています.
おのおのの医師における「自家薬籠」を選定することは,いわば個人単位での「必須医薬品モデルリスト」を作成することとも言えますので,同リストを参考にするとよいでしょう.
2)薬剤のスムーズな流通3)
近年では薬剤においても流通の影響を多大に受けることを実感しており,「薬剤のスムーズな流通」についても自家薬籠の選択に加味するべきです.薬剤においても,物流(商品の調達・生産・保管・輸送の流れ)と,これらを一元管理するロジスティクスがきわめて重要で,これを医師も知っておく必要があります.近年は,臨床現場で医薬品の不足を感じることが多いですが,最近では,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行によって,アセトアミノフェン製剤の需要が急激に高まり不足するということが起こりました.
また,数年前,一部の点滴抗菌薬が現場で使用できなくなったことがありました.当時,原薬は国外企業から調達されていたようですが異物混入のため滞り,さらに出発物質といわれる原材料の海外からの供給も停止したためであるとされています.こうした問題への対策として,物流における調達・生産を国内で強化する必要があります.
しかしたとえ国内で生産されていても,一部のメーカーに生産体制が集中しすぎると,一時的な工場閉鎖などの影響を多大に受け品薄となることがあります.近頃は国内でジェネリックを含む医薬品を生産する工場の一時閉鎖が相次ぎ,在庫が不足し処方不可能となる医薬品が頻発しています.ただし,ある薬剤の原薬が海外から調達され,国内で生産されることは珍しくはなく,完全国産化には限界があり,医薬品の物流はグローバル化が前提となっています.
医薬品の安定供給には,その生産体制をはじめ,在庫状況を含むロジスティクスを把握し,物流を確保することが強く求められます.そして,生産・供給体制のリスク評価を定期的に行い,供給不安の兆候を早期に見出し,早期に対策を講じる必要があります.しかし,わが国の現状では,これらには限界があると言われています4).輸入依存度が高いわが国では,いざというときの,原薬・原材料の調達先,生産可能な国内メーカーを把握しておくことも求められます5).不足すれば,患者に深刻な影響を与える可能性がある医薬品については,国内調達への切り替えを含め,その安定供給の確保が必須となります.そのためにわが国において,医薬品のロジスティクスの把握が可能な体制が一刻も早く実現することを強く望みます.
医薬品の調達が困難となる可能性を秘めている現状では,個々の医療機関において薬局と協力して,「必須医薬品」の品目を共有し,ある程度の品目を “備蓄” するような視点も必要でしょう.これは,災害時における備え,事業継続計画(business continuity plan:BCP)としても有効となります.
3)基礎的医薬品
「自家薬籠」に選択される薬剤は,比較的,使用経験があり有効性・安全性が確立された,比較的 “古い” 薬が自ずと多くなるのではないでしょうか.これらは,現場の最前線で今なお使用されている,古くても臨床上不可欠な薬剤であると言えます.
一般に薬剤は,発売後,一定の年数を経れば,しだいに薬価が下落し,25年間(特許の有効期限,および治験期間・承認審査期間)を過ぎれば後発(ジェネリック)医薬品の製造・販売も可能となります.もちろん,有効性・安全性が確立されている医薬品が安価であることは,エンドユーザーである患者や,増え続ける医療費の抑制に有益ですが,医薬品の製造には製造設備更新など,多くの費用(ランニングコスト)を要します.
各製薬企業は,たとえ薬価が安くても,医療現場から継続供給の要望が強い医薬品を,ある種の使命感から,採算を度外視して,継続した安定供給をめざしてきていますが,限界もあります.つまり,古くからある「自家薬籠」に選択される薬剤は,薬剤メーカーとしては不採算性となって,供給停止,製造中止もやむをえないという問題を秘めています.つまり,多くの医師にとっての「自家薬籠」である “良薬” であっても,商業的な理由から製造・販売が終了してしまうという懸念があるのです.
そのため,製薬企業の保護も必要な視点であり,薬価を下支えするしくみとして,平成28(2016)年度の薬価改定から「基礎的医薬品」制度,すなわち,「採算がとれない医薬品のなかで一番販売額が大きい銘柄の薬価を維持する試み」が試行的にはじまりました.これは,広く臨床現場で使用され,臨床上の必要性が高く,将来にわたって継続的な安定供給(製造・販売)が求められる医薬品の安定供給にきわめて有用と考えられます.「基礎的医薬品」には,古くから医療の基盤となっている薬剤である,病原生物に対する医薬品(抗菌薬など),医療用麻薬(塩酸モルヒネなど)などが多く含まれ,基礎的医薬品対象品目リスト(令和4年12月9日適用)には,300種類以上があげられています6).
比較的 “古い” 薬であっても,個々の臨床医によって「自家薬籠」に選ばれた薬剤が処方されることは,販売実績となり,ひいては「基礎的医薬品」に加えられることへつながる.つまり,個々の臨床医の「自家薬籠」リストは,基礎的医薬品対象品目リストに反映されることにつながるため,臨床医の力は大きいと言えます.
「自家薬籠」としてリスト化する意義
まず,医師として薬剤を処方する際に,患者が内服するメリット(エビデンス),副作用の実際について理解しておくことが基本ですが,いわゆる,「薬を飲みたくない」という患者の解釈モデルを聴取・傾聴することも,患者が納得して内服するための下準備となります.
次に,さまざまな疾患・症候にある薬物療法を開始し,薬剤を変更・追加する際の, “次の一手” を備えることにもつながります.これは,多忙な外来で,疾患のコントロール状況が良好ではないと認識しながら,それまでの処方を継続(いわゆるDO処方)してしまうという,臨床的慣性(clinical inertia)に陥らないためにも役立ちます.
また,特に高齢者では多疾患併存状態(multimorbidity:マルチモビディティ)が多く,ポリファーマシーとなり薬物相互作用も生じやすいので,頻用する薬物を,できるだけ少ない種類に絞り込む姿勢が求められます.個々の医師が処方する薬剤の種類が厳選されれば,患家や医療機関で服薬(与薬・配薬)される薬剤の数も減るため,臨床現場で少なくない,薬剤に関するエラーを減少させることも期待できます2).
「自家薬籠」の選定から生涯学習へ
近年,医学の進歩は目覚ましく,医学情報は氾濫しています.もちろん,近代医学の発展に薬物療法の進歩が寄与した恩恵は計り知れませんが,新薬がいつも良薬とは限りません.今後も数多くの新しい薬剤が登場すると考えられますが,リストをアップデートする際,新薬を闇雲に追い求める必要はありません.一般に,新薬には未知の部分も多く,無批判に新しい薬に飛びつくことなく,まずは「自家薬籠」を軸にするとよいでしょう.医師として自らの診療の場において必要十分な薬剤をリストアップし,自家薬籠リストに加えます.そして,使いこなしつつ熟知し,臨床経験に応じて情報を更新したり,薬剤を入れ換えていきます.長らくリストに残る薬剤は,まさに “古くてよい薬” と言えます.このような習慣を身につけることは,生涯教育としても大きな意味があるでしょう.
文 献
- World Health Organization:WHO model list of essential medicines - 22nd list, 2021.2021(2023年2月閲覧)
- 福井次矢:WHO必須医薬品モデルリストの選定 ―専門家委員会のセクレタリアートとして―.臨床評価(Clinical Evaluation),28:499-504,2001
- 木村琢磨:医療用医薬品・医療物品がフライドポテトの二の舞にならないために.日本プライマリ・ケア連合学会誌,45:1,2022
- 美代賢吾:メディカルロジスティクスの現状と未来.武見基金COVID-19有識者会議,2021(2023年2月閲覧)
- 日経産業新聞 電子版:コロナ下の医療物品不足 国産化に動くスタートアップ.2020(2023年2月閲覧)
- 厚生労働省:薬価基準収載品目リスト及び後発医薬品に関する情報について(令和4年12月9日適用)(2023年2月閲覧)